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第10話 最高で最悪のパートナー

ep11はアイリーンとバーバラの一幕。

バーバラの隣に腰掛けたアイリーンの思惑とは。

ある日のお茶会での出来事です。

 一つの伝統として。


 舞踏会で踊るパ―トナーは生涯の伴侶になり得る。




 そう城内では囁かれていた。




 アイリーンは知らないわけではなかったが、しかし。




 選ばれたということは何か特別な意味があると。


 何となく感じていたのは確かだった。




 そしてそれは。


 アイリーンには忘れてはいけない『宿題』でもあった。






 アイリーンは頁をめくる手を止めると、本棚に本をごとん、と戻した。




「ありがとう」




 司書に礼を言って図書室を出る。




 リース城に設置されたそれは図書室と言うより資料室に近いものだった。




 少しばかり埃のかぶった本はどれもずっしりとしていて、アイリーンの知りえないこの世界の成り立ちがびっしりと書き記されていた。




「この城について知りたい? ……図書室に行ってみてはどうでしょう、アイリーン様」




 メイドのサラにそう言われて。




 それもそうだと、アイリーンはそれから暇があれば図書室に足しげく通っていた。




「でも今日も空振りね」




 アイリーンはそうつぶやいて、今日も何の成果もなく自室に戻るのだった。




「お帰りなさいませ」


「ただいま、サラ」




 テーブルに着くアイリーンをメイドのサラが迎えた。




「今日も何の成果も得られなかったのですか?」


「あら、よく分かるわね」


「顔に出ています」




 サラが、ふふ、と笑う。




「そうでしょうね」




 アイリーンは口をとがらせる。




 だってずっと通っているのにそれらしい本は全くないのだもの。




 字の読みすぎで強張った目元を指でぐりぐりと揉む。


 昔に戻ったみたい……。




 昔と言ってもほんの少ししか経っていないけれど……。




「お疲れのところ申し訳ありませんが」




 サラはアイリーンの前に淹れたての紅茶を置く。


 優雅な手つきである。




「宿題はお済ませになりましたか?」




 そして一通の手紙が置かれる。


 あて先はアイリーン。




 差出人はクリス王太子。


 アイリーンの体がぎくりと動かなくなる。




「べ、別に良いじゃない。次の舞踏会なんて今のところ目途が立っていないんだから」


「アイリーン様、いつまで先延ばしにするおつもりですか? 王太子様もお待ちしていますよ」




 それはまさに宿題だった。




 夏休み。


 最後の最後まで、最後の一日まで取り掛からないあの宿題のように。




 アイリーンはクリスへの答えを先延ばしにしていた。




 城内でクリスに出会った時には、アイリーンは物陰に隠れ。


 お茶会で出会った時には、目を合わせないように。




 アイリーンはクリスをあからさまに避け続けていた。




「アイリーン様。あまりにもそうしておられると、王太子様も気分が良くないものですよ」


「それは分かっているわよ」




 クリスのことが嫌いなわけではない。


 どちらかと言えば、むしろ好……。




 まあ嫌いではない。


 ないのだけれど。




 こう、面と向かって私はあなたに好意がある! と叫ばれたようなものでは少し気恥しいというか。




「……まさか断るおつもりですか?」


「それは……」




 現実的には私の身の内にいる呪いが何かしでかすのではないか。


 そう危惧しているのは確かだ。




 城の秘密を暴いて犯人を捕まえ、ヨルク家の呪いを解けば物語はハッピーエンド。


 王様だけでなく、クリス様、ついでにバーバラも救えて。




 晴れて私も生存確定、やったー!


 とは夢想するものの。




 それは即ち私が目立ってもよいと言うことにはならない。




「アイリーン様。良くお聞きください。王太子様はアイリーン様のことを愛しておられます」




 アイリーンは思わず手に持っていたカップを落としそうになる。




「いやいやいや」




 焦り。


 内心焦りである。




「それ、本当なの?」


「はあ……」




 そんなアイリーンを見て、サラはため息をついた。




「見れば分かります。というより舞踏会のダンスのパートナーに誘う時点でそれは明らかです」




 ……やっぱり?




「確かに王太子様は少々不器用な方です。ですが、好意があることは少し考えれば分かることでしょう」




 確かに言われてみれば、あの時もすぐにメイド長を私のもとに寄越したな……。




「うーん」




 考え込むアイリーン。




「でも、こんな私のどこが良いんだろう?」




 アイリーンは訪ねる。




「ねえ、変な質問かもしれないけど。私ってどんな人間だったの?」




 過去の私はクリスを惚れさせるだけの魅力があったということだろう。


 悪役令嬢だったということしか私は知らないけれど。




 アネモネの言うように、何かちょっとでも良いところがあったのかもしれない。




 むしろあってくれ。




 そうでないとクリス王太子が特殊な人間ということになってしまう。




「アイリーン様ですか? そうですね」




 ほんの少し時間が止まった気がした。




「とても良いお方でしたよ」




 サラは笑って、アイリーンにそう言った。






「あら、あなたから隣に来るなんて珍しいじゃない」




 アイリーンが隣に腰掛けると、バーバラはわずかに表情を変えてアイリーンを見た。




 どこかからか弦の音が聞こえてくる。


 絹の様になめらかなメロディーに芳醇な響きをたたえたバスの音色。




 麗らかな午後のお茶会にはうってつけのアンサンブルである。




「ごきげんよう、バーバラ」




 アイリーンはにこりと笑う。


 バーバラは、げぇ……と言った顔を見せた。




「良かったらご一緒しても?」


「良いけれど……一体どういう風の吹き回し?」


「別に深い意味はないんだけど」




 アイリーンは言う。


 少しは意味があるんだけどね。




「あなたともう少し仲良くなりたいなあって」


「それ本気で言ってる?」


「まあ一応? 本気のつもり」




 バーバラはありえないんですけど、とでも言いたげな表情だ。




「ずっと聞きたかったんだけど、どうしてそんなに私の事が嫌いなの?」


「とんでもない質問ね……」




 バーバラは呆れたような声を出す。




「分からないんだもの、仕方ないでしょ。分からなければ聞くしかないでしょう?」


「さすがだわ。それでこそアイリーンだわ」


「何とでも言って良いわ。ただ教えてくれれば」




 アイリーンはアネモネの言葉を思い出す。




 前王の呪い。


 現在、王座についているリチャード王の娘であるバーバラであれば。




 何か知っているのではないか。


 前王のこと、そして現在の王との繋がり。




 きっと犯人を追う手掛かりになるに違いない。


 何か聞き出すことができれば……。




 その為にはバーバラと仲良くなっておきたい。


 ほんのちょっとでも良い。




 心が通えば。




「そんなのあなた自身が良く知っているんじゃないの? ほら胸に手を当てて考えてみなさいよ」




 胸に手を当てる。


 そしてバーバラのことを見つめる。




 無言で。




 うん、分からないよね。




 だって転生前のアイリーンの記憶、ほとんどないんだもの。




「なんなのよ、もう……。じゃあ単刀直入に言ってあげるけど、私が一番嫌なのはね」




 バーバラは、人差し指をびしっとアイリーンに突きつける。


 なんとも可愛らしいお手々だ。




「あなた、お邪魔虫なのよ」




 お邪魔虫?




「それってどういう?」


「昔からずっとそうだった。あなたは私の愛するお兄様についてきた悪い虫なのよ」


「……」


「いつも大事な時に側にいるのはあなた……。それっておかしくない? お兄様を一番愛しているのは私なのに」




 想像しなかった答えにアイリーンは言葉がすぐに出てこなかった。




「えっと、そういうことだったの?」




 アイリーンは確認する。




「じゃあ私自身のことは嫌いじゃないのね」


「あなたのしてきたことは全て嫌いだわ!」




 ああ、私自身も嫌いなのね……。




「まあでも、もしあなたがお兄様から離れてくれたら、少しは仲良くなって差し上げても良いわ」


「そうしたいところだけれど……」


「できないの?」




 私が断ったところで、クリス様がどう出るかは分からないなあ。


 アイリーンはそう考えて言い淀んだ。




「できるかどうかは、よく分からない」


「何、その答え」


「私の一存では決められないというか……」


「まあそうよねえ。だってあなた愛されているものね、お兄様に」


「らしいわね」




 バーバラは言う。




「良い? お兄様が愛するのは私だけ。私だけのお兄様なの。あなたははっきり言って部外者よ」




 うーん……。




「ねえ、バーバラ」




 私にはもうどうしたら良いかよく分からないけど。




「もしもの時のために、今のうちから仲良くなっておかない?」


「もしもって何よ。それ宣戦布告ってこと? お兄様を奪いまーす的な?」


「それは……」




 正直なところ。


 よく分からない。




 クリス様のことが好きかどうか。


 だって出会ってからそんなに経っていないし。




 でもあの不器用でも真剣な目を見ると。


 これからのことは分からない。




 どう変わっていくのか……それに。


 それに。




 アイリーンは目の前のバーバラを見る。




 目の下には隠し切れないクマ。


 最近はよく寝れていないのだろう。




 それもそうだ、自分が呪い殺される可能性があるのだから。


 私にも分かる。




 私も少し前までは残酷な現実に打ちのめされて引きこもっていた。




 だから救ってあげたい。


 励ましてあげたい。




 こんな仲の悪いバーバラだけど。


 辛い思いをしているバーバラを放っておけないのは確かなことだった。




「まあそれでも良いんじゃない? それなら思う存分私を攻撃できるでしょ」


「はあ?」


「お互いにお互いを殴りあう仲……それでも良いじゃない。……ねえ、最近寝れてる、バーバラ? 思いつめてることがあったら私で良かったら聞くわよ」


「何よ急に」


「心配なの、あなた、呪いにかかっているんでしょ。怖くない?」


「……余計なお世話よ」




 それでも。


 アイリーンは小さなバーバラの手を握りしめる。




「!?」




 小さくて、そして冷たい。




「クリス様にも話しているかもしれないけど、話せる相手は多い方が良いわ」




 私が救われたように。


 あの陽だまりの様な笑顔に心から暖められたように。




 私にもうまくできるかは分からない。


 でも。




 私は私にできることをできるだけする。


 あの日私の部屋にやってきたクリス様のように。




 そう今まさに。


 私のもとに歩いてくるあのクリス様のように。




 クリス様のように?


 ……。




「アイリーン殿! やっと出会えた!」




 クリスは息を切らして言う。




「あまりにも出会えないから私の事を避けているのかと思っていたぞ!」


「……」


「ああ、バーバラ!」




 クリスは手を握る私達を見て笑顔になった。




「なんと。仲良くなったのか。仲直りしたのか」


「さあ、どうでしょう」




 バーバラは言う。




「いやあ、良かった! でも常日頃思っていたぞ、二人はきっと気が合うとな。ところで」




 クリスは少し緊張した面持ちになる。




「ところでアイリーン殿。あの件なのだが」




 人生とは上手くいかないものである。




 どんな人生を歩もうと。


 どんな世界を生きようと。




 簡単に足を踏み外してしまうものだ。




「舞踏会のパートナーの件、返事を聞かせてもらいたい」




 クリスは朗々と言った。




「舞踏会のパートナー?」


 


 バーバラの小さな声が耳元で聞こえる。


 感情のない、小さなつぶやきが。






 最高で最悪。




 道を踏み外して。


 最初のマスにでも戻ってしまったみたい。


 


 バーバラも道を踏み外して。


 彼女の二回目の転倒の音が広間に響き渡った。

ep12は執筆中です。

6か7日に出せるといいなあ……。

風邪が治らんぞ……泣

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