第8話 何やら不穏なまなざしで
ep9はロバートとジャックとの庭園での一幕。
アイリーンはロバートに苦手意識を持ちます。
何か見透かされていそう……。
物語の主人公『アイリーン』には果たして何があったのか。
それとも自分が転生したことを見抜かれているのか。
謎が深まりそうで深まらなさそうな、でもやっぱり深まりそうな。
そんな一幕です。
時折吹いてくるそよ風。
なびく髪を軽く押さえながら、眼前の光景をしばし眺める。
種々の色を湛えた薔薇。
色はまばらだ。
赤色、ピンク、白色、オレンジ。
まるで絵画の世界に迷い込んでしまったみたいだ。
「すごい……」
近づいてみる。
甘く華やかな香りがする。
「毎年の事ですが……今年は特に良く咲いています」
毎年の事と言われたが。
出不精のアイリーンにとっては新鮮な光景だった。
そもそもまだこの世界に来てからほんの少ししか経っていないし。
思えばよく周りに話を合わせられたものだ。
自分のことを褒めてあげたい、なんて思いながら。
「そ、そうね、今年は当たり年かしら」
文系出身の想像力で誤魔化し、今回も乗り越えるのだ。
「ええ。間違いなく」
ジャックは心なしか誇らしそうに言う。
「もう少し向こうまで歩いてみますか?」
見ると広い庭園の先まで薔薇の道は続いているようだ。
「もちろん!」
もちろん死の恐怖は、私の周りをひたひたと歩いているけれど。
この一瞬くらいは楽しんだって良いんじゃない?
こんな綺麗な花壇を見たらテンションは誰だって上がるよね?
「ここも案内よろしくね」
笑いながら後ろを振り向くと、思いのほかすぐ近くにジャックがいた。
アイリーンはジャックを見上げる形になる。
……近くで見ると結構背高いのね。
歳も私に近そう。
「!」
アイリーンと目が合うと、ジャックは何となく目をそらした。
……ように見えた。
「……分かりました。というか今までしてきたんですから。最後までしますよ」
「それもそっか」
アイリーンは、あははと笑う。
「ついてきてください」
アイリーンの脇をすり抜けて。
ジャックはすたすたと歩き出す。
「あ、ちょっと待ってよ」
アイリーンも小走りに追いかける。
ジャックからの返事はない。
足早。
あの、追いつけないんですけど……。
「すいません。つい早く歩きすぎてしまいました」
「その通りよ……」
白の庭の中ほど。
花に囲まれた小径のベンチに二人は腰かける。
「私の事を何だと思っているの? お姫様よ。か弱い女性なのよ」
お姫様は少し違うかもしれないが。
ヒールを履いた両足はもうパンパンだ。
「すいません」
ジャックは黒い短髪の頭をかく。
「こんなに体力がないとは思いませんでした」
――キッ。
アイリーンは頬を膨らましてジャックをジト目でにらむ。
ジャックは本当に申し訳なさそうにしている。
その姿がなんだかおかしくて。
「まあ、良いけど」
アイリーンは笑ってジャックの肩をぽんぽんと叩いた。
「私のわがままに付き合ってもらっているしね」
「自覚はあったんですね」
ありまーす。
「もちろんあるわ。ほら、でも掃除とかいろいろ手伝ってるし」
ほとんどジャックが済ませちゃっているというのは言わないでおいて。
「……思い出しました。もう一つ掃除するところがありましたね」
「そうなの?」
「ここにも石碑があるのです。これで掃除はたぶん終わりですので」
アイリーン様はここでゆっくりしていてください。
そう言って、ジャックが石碑へ向かおうとしたところで。
ジャックは動きを止めた。
アイリーンも同じ方向を見るとそこには。
白髪のロバート公爵がいた。
ロバート公爵が小径の向こうからゆっくりと歩いてくる。
彼もアイリーンたちの視線に気づきこちらを見た。
「アイリーン様……」
ロバートは歩みを止め、二人を順々に見た。
「本日はお日柄も良く……庭の散策ですかな」
「ええ、そんなところですわ」
アイリーンは立ち上がって挨拶を返す。
「ロバート様も散策ですか?」
「そうですな。私もそんなところです」
ロバートは無表情に答える。
豊かな白髪、丁寧に整えられた身なり。
何か心の底まで見られてしまいそうな鋭い眼光。
アイリーンはロバートとは数えるほどしか話したことがないが。
彼のことは苦手だった。
もともとお堅い性格の人間が苦手なアイリーンだが。
先日の一件で、ロバートには少なからず恐怖心を抱いていた。
あの視線……。
大広間でデニーズが倒れた後の一幕を思い出す。
私の事をじっと見つめるあの目。
私が気になったのだろうか。
あの眼光。
気にはなるけれど。
直接問いただしてみる勇気は……ちょっと出そうになかった。
「あの」
アイリーンが会話をつなげようとちょうど声を出したところで。
「それでは私はこれで」
ロバートはアイリーンたちの横を通り過ぎてしまう。
「あの、あれから進展はありまして?」
ロバートは足を止める。
「今のところは何も」
「そうですか……。ところであの方はどうなったのですか?」
アイリーンはデニーズの事を尋ねる。
「ああ……。聖女様ですか」
ロバートは一呼吸置いて言った。
「アイリーン様が知る必要はありません。いたずらに心を痛めるだけですので」
「……そうなのですね。お気遣いありがとう」
「いえ。城内はすでに様々な『噂』が流れています」
噂の部分だけほんの少し大きな声のように聞こえた。
「アイリーン様も噂に踊らされ、余計な心痛に悩まれないよう……」
そうしてロバートは見透かすような目でアイリーンを見た。
またこの目だ。
真意は分からないけれど。
ざらりと。
やすりをかけられたような。
そんなざわつきをアイリーンに残した。
何なのよ、一体。
アイリーンも意地になって見返す。
「そうね。ご忠告ありがとう」
あの日も私を見ていた。
私の「何」を見ていたの?
「ロバート様の方こそ大丈夫ですか? ご多忙な身に今回の事、少しお疲れではなくて?」
ロバートは表情を変えない。
「私なら大丈夫です。これも仕事のうちですからな」
「仕事のうちですか」
「そうですな。ヨルク家をお守りすることが私に与えられた使命。使命……」
言いかけて首を振る。
「いや、少しお喋りが過ぎましたかな」
ロバートは再び前を向く。
そして顔も向けず、
「そこの衛兵」
ジャックに声をかける。
「……」
「そこの衛兵、貴様の事だ」
「なんでしょうか?」
ジャックはぼそぼそと答える。
「そうだ。お前だ」
ロバートはそこで初めて。
横目でジャックを見た。
「お前の仕事は何だ? よもや花いじりだけだとは思っていないだろうな?」
……ジャックは答えない。
「もし何か犯人の手掛かりを見つけたら、私のところに持ってこい」
「分かりました」
「なんだって良い。おまえ自身の事でもな」
二人の間に微妙な空気の流れが通り過ぎていった。
「……それでは」
ロバートが口を開く。
「それではアイリーン様、またお茶会でお会いしましょう」
「え、ええ……」
そうして。
ロバートは今度こそ本当に小径に消えていった。
「……なーんか疲れたわ」
アイリーンは、ふう、とため息をついた。
あの人と話すと、なんか緊張してしまう。
「あなたもそうじゃない?」
「俺はまあ、別に」
ジャックの朴訥な表情からはうまく感情を読み取れない。
本当になんとも思っていなさそうだ。
「あなた……強いのね」
「上司なんてあんなもんです」
ロバートの視線は常に下向きだ。
アイリーンが小さいというのもあるだろうが。
なぜかジャックを見ると、常に下の方を見ているように感じる。
「大変ねえ」
私が会社員だった頃もいたなあ。
ああいう詰めてくる上司。
もしこれが現代だったら。
この後、ジャックを誘って飲みに行くところなんだけどなあ。
なんて。
そんなことを考えながら。
とにかく早くこの『仕事』を終わらせちゃおうとアイリーンは思うのだった。
「ねえ。疲れちゃったから、さっさとその石碑を掃除して一緒に帰らない?」
「俺一人で大丈夫ですよ」
「いいの、いいの。せめて少しくらいは手伝わせてよ」
ジャックのモップを奪う。
「あ、また」
ジャックは困ったような顔をする。
ひょいひょいっと。
「やめてくださいって」
「やめませーん」
はあ、と。
アイリーンからモップを取り返すのをあきらめると、
「わかりました。じゃあお言葉に甘えて」
そう言って、苦笑いした。
「オーケー! 任せなさいよ」
「……体力的にちょっと不安ですが」
――キッ。
キッ、キッ!
「うるさいわね。大丈夫ったら大丈夫よ」
良いの!
これくらいなんてことないんだから!
……道案内だけでなく、ロバートにもあんな風に言われて。
心の中では。
少しは申し訳ないなと思っているのよ。
「でも……」
ジャックは言い淀む。
「なあに?」
アイリーンは尋ねる。
「驚きました」
「何が?」
「アイリーン様についてです」
私?
アイリーンは首を傾げる。
「アイリーン様ってこんな方だったんだなと思って」
こんな方?
「こんな方って……私どんなイメージだったのよ」
「いや、なんというか」
「はっきり言いなさいよ」
どんなイメージよ。
「もっと悪人だと思っていました」
……そうだった。
私、悪役令嬢だったわ。
そりゃ悪人だと思われるよね。
「意外と、優しいんですね」
ジャックはぼそぼそと言う。
「優しいかは分からないわよ」
優しいかは分からない。
……誰にでも優しくあろうとはしているけれど。
誰にも本当の優しさなんて分からないと思う。
「いや、優しいですよ」
ジャックは初めてアイリーンに笑顔を見せた。
朴訥でどこか生真面目で。
私なんかよりよっぽど優しい笑顔をする男だった。
「……とにかく今日はありがとう。おかげで楽しかったわ」
アイリーンはジャックに感謝をするとジャックはぼそぼそと喋った。
「いえ。しばらくこの庭園にいると思うので何かご用命があれば、いつでも言ってください」
その後、アイリーンは自室に、ジャックは庭園の持ち場に、すぐ帰ることになるのだった。
掃除をする必要なんてなかったのだ。
二人で訪れた石碑は、すでに誰かの手によって綺麗に清掃されていた。
Ep10は心優しい女性アネモネとの一幕です。
アイリーンは彼女に『アイリーン』について訊ねます。
転生前のアイリーンはどんな人物だったのか……。




