ep8 庭園にて薔薇の咲き誇る
第二章です。
ep8は美しい花の咲く庭園での一幕です。
衛兵ジャックとアイリーンとの会話です。
「悪役令嬢」らしくアイリーンは半ば強引にジャックにお願い事をします。
春の陽ざし。
朝露のまだ残る庭園にアイリーンはいた。
春とはいえ、朝夕はうすら寒い。
アイリーンは両腕を抱くようにさする。
あんな格好つけたことを言ったものの。
アイリーンはため息をつく。
正直私は何一つ分からない。
まずは何からすれば良いのか。
アイリーンは足を組み直す。
とりあえずこの庭園に来たのも気まぐれに過ぎない。
主人公『アイリーン』は足をこの庭園に運んだ。
そう書かれていたなあ、なんてことを思い出しただけなのだ。
主人公がここを訪れたということは、ここには物語の進行上、何か重要なものがあるはず。
あるはずなのだが。
アイリーンの頭では、それがさっぱり分からなかった。
知能指数が人より特段劣っているという訳ではないわよ。
そう願いたいけれど。
アイリーンができるのは、美しい花々が咲き誇るのを愛でる事だけだった。
朝早い時間から城を出て、庭園に来たが。
アイリーンは庭の一つを見て回ったところで、この石の上にもう座り込んでいるところなのだった。
「あの……」
何も分からないわね……と考え込んでいると、アイリーンは唐突に声をかけられた。
「そこ、掃除したいんですけど、どいてもらえませんか?」
「え?」
アイリーンは後ろを振り向いて下を見る。
灰色の石の塊がある。
ベンチじゃ……ないんだよね、きっと。
「それ、石碑です」
私に声をかけてきた男は困ったような顔をして言った。
「あら、ごめんなさい」
アイリーンは『アイリーン』風に答える。
「俺の方こそすみません。仕事なので」
ぼそぼそと少し聞き取りづらい声で話す男を見る。
赤と黒の簡易的な制服。
この城の衛兵ね。
衛兵って掃除もするんだ。
「あなた、衛兵なのに掃除もするの?」
「ええ、まあ」
よく見ると、手にモップのようなものとバケツを持っている。
さらに腰にはハサミやら熊手やらが入ったウエストポーチもつけている。
「……何か大変そうね」
多分、庭の手入れもしているな、これは。
「まあ、これも俺の仕事ですから」
「庭師とかいないの?」
「庭師は先日の騒ぎで怖がって辞めてしまいました」
「……そう」
不憫な男である。
手入れの仕事を押し付けられたのだろう。
「あの、そこ掃除したいんですけど……」
男の二回目の催促でアイリーンは慌てて立ち上がった。
「ごめんごめん、そうだったわね」
アイリーンはスカートの裾についた泥を払う。
「すいません」
不愛想な顔で掃除を始める男の後ろ姿を見て、アイリーンはひらめく。
「私も手伝うわ」
アイリーンは男の横に来て言う。
「は……? いえいえ、貴族の方々に手伝ってもらうわけには」
男は困惑の表情を浮かべる。
「いいの。私が手伝いたいんだから。それにあなたにお願いしたいことがあるの」
アイリーンは男からモップを奪うと笑った。
「……もしかしてそっちが本命ですか?」
「正解。良いでしょ? 二人でやった方が早く終わるわよ」
「……お願いくらい聞きますよ。それも衛兵の仕事なんですから。掃除は俺一人でしますんで返してください」
男の手をひょいとかわす。
「遠慮しないで良いわ。二人でやりましょう」
「高貴な方に掃除なんてさせるわけにはいきません。返してください」
伸びてくる手をひょいひょいとかわす。
「はあ……」
男は呆れた顔をアイリーンに見せる。
「お願いするんだから、これくらい手伝って良いでしょ。あきらめなさい」
「……分かりました」
男は降参しました、とでもいうように肩をすくめると手を戻した。
「まずはこの石を掃除すれば良いんでしょ?」
「石碑です」
男はバケツに入った水を石碑にかけた。
「私、あなたにこの庭を案内してほしいの」
「お願いって、そんなことですか?」
男は拍子抜けたように言った。
「俺なんかよりあなたの方が良く知っているのでは?」
「い、いえ、いろんな人の話を聞いてみたいなあなんて思って。ほら、他の人にはいろいろ違って見えるでしょ? 視点が違えば見える世界も違う、なんてね」
「はあ…・・?」
男は分かったんだか分からないんだかよく分からない返事をした。
大丈夫、私もよく分からない。
「まあ良いですけど……俺が分かる範囲で良いなら案内しますよ」
「本当に? ありがとう! じゃあさっさと掃除を終わらせちゃいましょう。ハリーハリー!」
アイリーンは腕まくりをして、手に持つモップに力を入れた。
「ねえ、ところであなたの名前、なんて言うの?」
「俺の名前ですか? 俺はジャックって言います」
「ジャックね。よろしく。私はアイリーン」
ジャックは少し驚いた顔をした。
「あなたがあのアイリーン様でしたか……」
「そう、アイリーンで良いわ。と言いたいところだけど、さすがに呼び捨てはまずいか」
私が、あははと笑うとジャックは眉を困らせて言った。
「……当たり前です。俺とあなたでは立場が違うのですから」
「まあ私はジャックとって呼ぶけどね」
「お好きにしてください。なにより俺には否定する権利がないので」
「じゃあジャック、ここの掃除も終わったし、あっち行きましょうよ。早く終わらせて教えてもらわなくちゃ」
私が歩き出そうとすると、私の肩にジャックの手が置かれた。
「アイリーン様、まだです」
「え?」
「ここにまだ汚れが残っています。ほら見てください、ここも汚れています」
もう一度磨いてください。
ジャックは私に向かってそう言った。
この男、こう見えて妙に細かいのだった。
リース城の庭園は、大きく四つに分かれている。
一つはアイリーンたちの住む城にほど近い南の庭。
離れた位置にある北の庭。
そして東の庭と、西の庭。
城の北側にある『女王の庭』を中心に、東西南北四つの方角に一つずつ、特徴的な園庭が造られていた。
アイリーンがジャックに出会った南の庭は、小さな池がある『入口の庭』。
複雑な文様が描かれる北の庭は『継承の庭』。
薔薇の咲き誇る東の庭は『白の庭』。
古いホールの遺構の残る西の庭は『恋の庭』。
「歩くと、結構時間がかかるのね」
端から端までまで歩いて一時間弱。
それぞれしっかり散策するとさらにかなりの時間がかかるだろう。
北の庭の小さな小屋や、西の庭の遺構はあまり見ずに歩いてきたが、全部見て回ると半日はかかるかもしれない。
アイリーンとジャックは東の庭の小さなベンチに座る。
途中途中で、石碑や目についたところを掃除しながら来たから、この東の庭に着いた頃には正午近くになっていた。
「でも、そんなに掃除とか手入れするところなかったじゃない」
アイリーンが隣のジャックに話しかけると、ジャックはぼそぼそと言った。
「まあ、毎日していますから」
「男なのにずいぶんマメね」
今の時代では時代錯誤だが、アイリーンは率直に感心してジャックに言う。
「そういう性分なので」
ジャックにとっては当たり前の事らしい。
「実はしごできなの?」
「しごでき? なんですかそれは」
「あー……何だろう、有能ってこと」
「有能だったら、こんなところにいませんよ」
ジャックはため息交じりに言った。
アイリーンは言う。
「そうなの? ここも立派な仕事場だと思うけど」
「色々あるんですよ、いろいろ」
「ふーん……」
ジャックの手さばきを見ていると、アイリーンはそうは思えなかった。
掃除をするにも花の手入れをするにも、ジャックは器用だった。
要領も手際も良い。
有事になっても後れを取ることはないだろう……。
軽い身のこなしも相まって、アイリーンはそんな想像をするのだった。
話し方は少し朴訥としているが。
「ねえねえ、この庭には何があるの?」
アイリーンは話題を変える。
「この庭ですか? ここは花ですね。ここから少し見えますが、向こうの方にたくさんの花が咲いています」
ジャックが指さした先には、確かに無数の花が咲いていた。
「この季節、ここ白の庭には薔薇が咲き乱れます」
――咲き乱れる。
ジャックの言葉の通り、そこには色とりどりの薔薇が咲き誇っていた。
ep9は引き続き庭園での一幕です。
ロバートが再登場します。
彼は何やら腹に一物抱えていそうで……?




