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第5話 血のお茶会

第五話です。

ロバート公爵が司会を務めるお茶会という名の会議。

題目は城を覆う呪いについて。

その呪いは、アイリーンが知る小説の内容とは少し違うものだった。

 お茶会という名の会議が開かれたのは、それから数日後、午後一時の出来事だった。




「皆様をここに呼んだのは他でもない、この城に巣くう呪いについて、皆様と話し合いたかったのだ」




 会議はロバート公爵の言葉で幕を開けた。




 会場の大広間にはそうそうたるメンバーが揃っている。


 王太子クリス、妹バーバラ、ロバート公爵、この城のメイド長、その他大勢




 名前や肩書を知っているだけで、話したことがない方が大多数だが、この規模のお茶会は初めてだった。




 入口を固める衛兵の数も、普段よりも確実に多い。


 身分の高い令嬢たちに混ざって、アイリーンも司会役を務めるロバート公爵の言葉を聞いていた。




「皆様もすでに耳にされていると思うが、今この城は呪いに侵されている」




 大広間の端に置かれたひと際大きなテーブル。




 皆に見える位置にある、その横長のテーブルにクリス、バーバラ、ロバート公爵、メイド長、そして 見たことのない女性が座っていた。




「リチャード王が呪いによって命を落とす……そんな噂を聞いたことがあるだろうか」




 ロバート公爵がそう話すと、波のようなさざめきが起こる。




「それは本当のことだ。彼女もそう言っている。紹介しよう修道会のデニーズだ」


「皆さん、初めまして。ご紹介にあずかりましたデニーズ、と申します」




 そう言って、ロバートの横に座っていた女性が立ち上がった。




「彼女は西方の修道会から来た聖女だ」




 デニーズはロバートからの言葉を受けて静々と続けた。




「突然こんなことを言ってしまって不審がられてしまうかもしれませんが、単刀直入に申しますと、この城は呪われています」




 ざわめきが一段とその音量を上げる。




 黒を基調とした修道服。


 ウィンプルの裾からは暗い茶色の長髪が腰まで伸びている。




 そして黒一色の中に鮮やかな白をのぞかせる、色白で端正な顔。


 細く華奢なあごと、すっと赤い線を引いたような薄い唇。




 しかし、すっと際立つ鼻筋、その顔を縦断する鼻筋は、目元を覆っている白色の布の下へと消えていく。




 なにあれ……?




 アイリーンは目を疑った。




 デニーズは目元をすっぽりと覆う布で目隠しをしていた。


 彼女の手元には杖のような、歩行を補助する器具は一切ない。




 あれで「見える」ようだ。




 実はあの布が非常に薄く、本当は彼女には外の世界が見えているのか。


 それとも訓練のたまもので日常生活ができるようになったのか。




 アイリーンには分からない。


 だが、その姿はアイリーンのみならず大広間にいる遺族たちにも衝撃を与えたようだ。




「何の呪いかは分かりません。しかし私にはそれが確実にここに存在していることは分かります。それはリチャード王の命を奪わんと息まいているのです」




 一息で言い終えた彼女は間を置いて息を整える。




 アイリーンは両隣に座るロバートや、クリス達の顔を見る。




 ――皆、固い表情をしている。




 これからどんな話が飛び出すのか。


 アイリーンはデニーズの言葉を待った。




「これだけでも十分暗い話でありましょう。ですが、まだお話ししなければならないことがあるのです」




 デニーズは言う。




「呪いはリチャード王のみならず、クリス様やバーバラ様にも及んでいるのです」




 クリスとバーバラは立ち上がって、右の手首に浮き上がってきている痣のような何かを皆に見せた。




 アイリーンも目を細めて注視する。




 クリスとバーバラの手首には、何か不思議な形をしたそれがあった。


 痣はうねうねとした曲線で形づくられている。




 一見しただけでは、アイリーンにはそれは何か不思議な記号にしか映らなかったが。


 


 確かに何かまがまがしいものを感じた。




「このままでは……」




 アイリーンはデニーズの言葉に息をのむ。




「クリス様とアイリーン様も命を落としてしまいます」


「命を落とす……」




 アイリーンは脳内を検索する。




 王太子とその妹の死。




 そんなことは知らない。




 そんなことはあの小説には書かれていなかったはずだ。




 アイリーンは深夜のオフィスで鳴り渡った破裂音を思い出す。




 アイリーンは思い至る。


 自分がいつ誰に殺されるのか分からないのと同じなのだ。




 私はあの小説を読んでいる途中で死んだ。


 つまり私がまだ読んでいない続きの出来事なのだ。




 自分がどこまで読んだかは、はっきりと覚えていないけれど。


 ここから先はきっと私の知らない話だ。




 アイリーンは背筋が寒くなる。




 これまではただ悪役令嬢という自分から逃げ続けていれば良いと思っていた。




 これからはきっとそうもいかない。




 私が正解だと思って選んだ行動が、実は本当に小説内での正解かもしれない。




 小説内のアイリーンも心を入れ替えるのかもしれない。




 まるで道しるべのない森の中を手探りで進んでいくようなものだ。


 そしてそれ以上に二人の死、とりわけクリスの死がアイリーンの胸を締め付けた。




「そこで皆様には、リチャード王のみならずクリス様、バーバラ様をお救いするためにご尽力いただくようお願いしたいのだ」




 ロバートの低く厳かな声が聞こえる。




「本当にすまなく思う」




 クリスが口を開く。




「この痣らしきものが現れたのはつい最近の事なのだ。病床に伏せる父と同じものが私とバーバラの体にも現れたのは」


「これこそが呪いの証なのです」




 デニーズは座っているメイド長を遮るように前を通り過ぎると、バーバラの手を取った。




 本当に見えているのだろう。


 バーバラにも出来た痣を手のひらでさすると、皆の方を向いて言った。




「何の呪いでしょうか」




 デニーズはつぶやく。




「あなたにも分からないの? あなた専門家よね」




 バーバラが初めて口を開く。




「私、死にたくないわ。まだまだやりたいこといっぱいあるもの。どうにかならないの、これ?」




 デニーズは答える。




「どうにもならないわけでは、ありません」


「なら教えてよ」


「ある意味簡単です。この呪いをかけた者を突き止めればよいのです」


「呪いをかけた者ですか」




 クリスが言った。




「皆さん不思議に思うかもしれませんが、呪いというものは単独では存在できないのです。近くにヒトという媒介するものがいなければ消えてしまいます」


「じゃあこの城の中に犯人がいるってわけ?」




 バーバラの発言だ。




「城の中かは分かりませんが……少なくともこの近辺にはいると思われます」




 再び大広間はさざめき立つ。




「皆様にはほんの些細なことでもいい、何か不審な人物、不審なものを見かけたら教えてほしいのだ」




 ロバートは皆に届くように大きな声で言う。




「犯人を見つけた者には何か褒美を与えることも厭わない。お三方の命に比べれば大抵のものは無価値に等しい」




 そうはいっても、という声が大広間から飛び出す。




「その犯人とやらがどんな奴か分からないと何もできないぞ」


「私も同意見ですわ。何か特徴とかないのかしら?」


「特徴……」




 ロバートが閉口する。




 メイド長は沈黙を貫いている。




「特徴ですか、そうですね」




 思案するデニーズを遮って、バーバラが言った。




「特徴も何も、私達を憎んでいる人たちでしょう? 炙り出せば出てくるんじゃない?」




 バーバラはご立腹で少し落ち着きを失っているようだ。




「私としては信じたくはないが……」




 クリスはあごに手を当てながら、言葉を選ぶようにゆっくりと言った。




「お兄様ったら。お兄様は本当に甘いお方。そこが良いところであり悪いところですわよ」




 バーバラは慈しむように、それでいて呆れたように言う。




「やるなら徹底的にやらないと。あなた、何か『見えて』いるんでしょう、教えて頂戴」




 デニーズは言う。




「全ては見えてはいませんが……」


「へえ、少しは見えてはいるのね聖女様」


「断片的には。これは王にまつわるものです」


「王……リチャード王の事ですかな?」




 ロバートが尋ねる。




「ええ、半分はそうで半分はそうではありません。もう少し事情は込み入っています。それは……過去の出来事です。忌まわしき……」




 デニーズは言いかけて、口をつぐんだ。




「どうかなされたのですか、デニーズ殿」




 皆息をのんでデニーズを見つめている。




 大広間に沈黙が降りてくる。




 ふと大きな咳が沈黙を破った。




 デニーズが咳とともに、赤い液体を口から吐いた。


 粘質でいて水っぽい音が、びしゃりと、大広間に響いた。




「デニーズ殿!?」




 クリスが真っ先に駆け寄る。




 デニーズは倒れこむ。




 何か大きな力で折り曲げられるように。


 不自然に身をかがめると。




「あ…あ」




 そのまま動かなくなってしまった。


 


 大広間が騒然とする。


 


 悲鳴。


 


 どよめき。


 


 入口を守る衛兵を突き飛ばし、外に逃げようとする者。


 目の前の光景に耐えられず泣き崩れる者。


 


 ひたすらにその場で動かずに、この災厄が去るまで待ち続けようとする者。


 無秩序の空間だ。




「誰か、衛生兵を呼べ! 早く!」




 クリスがデニーズを抱きかかえて叫ぶ。




 アイリーンは目の前の出来事が信じられず、ただ動かなくなったデニーズを見つめる。




 私じゃ……ないわよ。




 この呪いが人を殺したことは一度もないし、呪いが発動したときに感じるあの蠢きも感じなかった。




 アイリーンはめまいを覚える。


 ぐるぐると螺旋を描くように。




 酩酊にも似た気持ち悪さ。




 本当にこの近くに犯人がいるってこと?


 その誰かがこの広間を監視していて、邪魔者を排除したってこと?




 身震いがする。




 呆然としていると、ロバートがこちらを向いていることに気が付いた。


 彼と目が合う。




 ロバートはしばらくこちらを見つめた後、ふっと目をそらした。




 なん、だろう……?




「アイリーン様」




 突然の呼びかけにアイリーンは驚いて横を向く。


 そこにはメイド長がいた。




「私はメイド長のアンと言います。クリス様からのお言付けで参りました」




 メイドのサラとは少し違うデザインの服を着ている。




 初めて彼女をこんな間近で見たが、品の良い淑女といった感じだ。


 それでいてどこか張り詰めたような緊張感を身にまとわせている。




「そ、そうなの」


「顔色が悪そうなので、お部屋までお連れするようにと」




 アンはどこか真面目さや固さも感じさせる表情でアイリーンに言う。




 こんな時でも優しいのね……。




 アイリーンは横目でクリスを見る。




 クリスはいまだにデニーズが息を吹き返すという希望を捨てていないようだった。


 衛生兵に引き渡すと、自分も一緒に大広間を出ていくのが見えた。




「ありがとう。それじゃあお願いするわ……」




そうしてアイリーンは差し出された彼女の手を取った。




「はい、アイリーン様」




 アイリーンは道すがら考える。


 全てが謎のまま終わってしまった今日のことを。




 ――その日のお茶会は。


 アイリーンにとって最悪のお茶会になった。




 いや、違う。


 きっと二番目に最悪のお茶会の言い間違えだろう。

第六話はクリスとアイリーンのお話です。

塞ぎ込んでしまったアイリーンの部屋にクリスが訪れます。

クリス……大胆な子!

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