第3話 サラ、あなたって子は……
第三話です。
メイドのサラとの心休まる一幕……?
王太子クリスからの謝罪は果たして何回目なのか……。
「この前は、私の妹が騒ぎを起こしてしまって申し訳なかった」
その手紙はそのような文章から始まっていた。
「果たしてこの言葉、見たのは何回目になるかしら」
アイリーンはつぶやいて、その手紙をテーブルの上に置いた。
「アイリーン様も大変ですね」
うんざりしているアイリーンに微笑みかけるように、サラが紅茶を持ってやってきた。
サラは慣れた手つきでアイリーンの前に紅茶の入ったカップを置く。
「聞いてちょうだい。ほとんどは向こうが先に突っかかってくるのよ」
「存じ上げております」
サラは恭しく頭を下げる。
「悪いのは向こう。それもアイリーン様の口癖でございます」
「だって本当なんだもん」
アイリーンは口をとがらせて言う。
「売り言葉に買い言葉よ。言われてばっかりは、いやだわ」
何がおかしかったのか、サラは、ふふと小さく笑った。
「アイリーン様らしくて可愛らしくございます」
「そうよ。私、可愛いでしょ!」
そう言って、ふんとアイリーンはそっぽを向く。
だって本当に悪いのは向こうなんだもん。
駄々をこねる子供のように、アイリーンは自分のことを棚に上げてバーバラを非難した。
このような子供じみた振る舞いができるのも、お付きのメイドのサラの前だけであった。
一歩部屋の外を出れば、政敵がうごめく城中。
常に気品高く、機知に富んだ行いを求められる。
アイリーンは外でため込んだ鬱憤を自室で晴らすのだった。
「でもクリス様も大変ね。バーバラとは上手くやれているのかしら」
「王太子様ですか? そうですね。バーバラ様はお兄様であるクリス王太子の前では、とても良い子だそうですよ」
クリス・ヨルク王太子。
この国を統べるリチャード王の子あり、いずれは王の座を継ぐ王太子である。
そしてその兄の妹にして、通称お人形様ことバーバラ。
この二人が実質、このリース城内でのヒエラルキーの頂点。
優しいクリスはまだしも。
バーバラの傍若無人ぶりにはみな閉口していた。
アイリーン相手だけでなく、城内で気に入らない者にはすぐに悪意をぶつけてくる。
逆らえる相手は兄のクリスと、リチャード王と、その他数人。
その数人の中にアイリーンが入っているのである。
アイリーンの位が城内の中ではなかなかに高いらしい、というのもあるが……。
自負するのも引けるが悪質さで言えばアイリーンはバーバラと同等であった。
悪質さ、そして悪辣さ、陰湿さ、アイリーンの意地悪さはバーバラに全く引けを取らない。
転生したばかりでアイリーンの過去の記憶を愛理は持たないものの、心のどこかにその名残がある……。
三つ子の魂百までと辞書にはあるが。
アイリーンは彼女を前にすると、鋭い舌鋒がよみがえるのであった。
「お兄さんの前ではしっかり妹、ということなのかしら」
まあ、そうでなければ、こう何回も衝突するたびに私に謝罪の手紙は出さないか。
あの妹でも兄にとってみれば可愛い妹なのかもしれない。
あの性格もクリスの前では、少しは大人しくなるに違いない。
「ええ、仲睦まじいことで有名なくらいですから」
サラは指を折りながら、そのエピソードたちをアイリーンに教える。
「そうなのね。まあ仲が良いのはよいことだわ」
アイリーンは興味なさげに話を聞いた。
その愛嬌を私やその他大勢の迷える貴婦人たちにも、もう少し見せてくれないものかしら。
見た目だけならあんなにも愛らしいのだから。
「ところで王太子様への返事はいかがいたしますか?」
サラはアイリーンに尋ねる。
「どうしましょうか。いつも通り『ちっとも気にしておりません』とでも書いておきましょうか」
「アイリーン様、その言葉はこれで連続五回目です。今後のことも考えて少しは変えた方が良いかと」
「今後の事なんて何かあるのかしら」
「ええ。色々、でございます」
「いろいろ」
アイリーンはその言葉を繰り返す。
「まあそれもそうね。これからお世話になることもあるかもしれないし」
アイリーンは一人で頷く。
「それに敵は作らない方が良い。絶対に」
アイリーンの心に巣くう憂いの「悪い」方。
それを思うと、アイリーンはにこりと笑顔を作った。
「私、死にたくないもの」
アイリーンはあれを思い出す。
……死ぬ直前に見た小説のあらすじ。
その日、アイリーンは犯人の凶弾に倒れる。
死にたくないなら城の呪いなんて追わなければよい。
その為には誰とも敵対せず、深入りもせず、目立つこともなく日々を過ごす。
死んでしまうリチャード王には申し訳ないが。
悪役令嬢なんて役回りは捨てて、私はわき役に徹しよう。
……バーバラの前ではかなりやらかしてしまっている感もあるが。
「死にたくない、ですか」
サラはアイリーンの目を見て言った。
透き通るような茶色の瞳だ。
「何かあったのですか?」
サラの問いにアイリーンは何でもない風を装って答える。
彼女が知らないのは当たり前だ。
転生のことは誰にも言っていないのだから。
「いえ、何でもないわ。ただこの命を大事にしたい。常々そう思っているだけ」
それにもし本当のことを話したって不思議がられるのは私の方だ。
それは何かいやだ。
波風立てないためには、転生なんてこと絶対に口にしてはいけない。
「そうですね。私もそう思います、アイリーン様」
アイリーンはサラに紅茶のお代わりを求める。
アイリーンはこの時間が一番好きだった。
肩ひじ張らず話せる相手。
けん制ばかりの政敵との会話は何よりアイリーンの心をすり減らすのだ。
「かしこまりました、アイリーン様」
「ありがとう」
目をそっとつぶり、再び香り高い紅茶が注がれるのをしばし待っていると。
何か。
違和感。
「あっ」
サラの声が耳元で聞こえて。
頭に何か熱いものを感じた。
手を滑らせたサラが、やった。
そう、アイリーンの頭に紅茶が降り注いだのだ。
……良いにおい。
サラ。
それはね。
この場にはそぐわないの。
あなたにこういうのは似合わないって何度言えば分かるのかしら。
「ちっとも気にしていないわ、サラ」
笑顔でアイリーンは言う。
ほんの少しの怒りを込めて。
この後、二人で新しいドレスに着替えた……。
第四話は王太子クリスとの一幕です。
謝罪をしたいだけには何となく見えないクリスだが……。
呪いが発動しそうな予感がアイリーンにはするのだった。




