第2話 これがいわゆる転生ってやつ?
第二話は愛理転生前の一幕。
呪いによって愛理は死んでしまいます。
死後、出会った天使とは…。
高野愛理は小さな出版社に勤める編集者だった。
愛理は大学を卒業した後、上京し、新卒でこの小さな出版社に就職した。
愛理は小さいころから本が好きだった。
大学では文学科を専攻し、仕事も本にまつわる職を選んだ。
出版不況と言われる時代、この仕事につけたのはなかなかに幸運であったと彼女自身思っていた。
しかし幸福はそう長くは続かない。
本を読むのは好きである。
しかしこんな深夜、夜の十時を過ぎたオフィスでひとりホラー小説を読むのは少し。
いやかなり趣があった。
ありすぎるだろう。怖すぎるし。
それよりうちの会社のコンプラどうなってるんだ。
悪態をつきながら愛理はその小説を読み進める。
彼女のデスクには原稿が幾つも積まれている。
出版社が開催するホラー小説のコンテストに応募された物語たちである。
読まれるのは今か今かと待ちわびているが、彼女の体は一つしかない。
選考の締め切りに追われていた彼女は遅れを挽回するために、今こうしてひとり残業してオフィスに残っているというわけだ。
彼女は表紙の一枚をめくる。
あらすじ。
その城は呪われていた。
王が呪い殺される――。
そんな噂でもちきりの城内はいつにもまして薄暗く、妖しげな光を放っていた。
主人公アイリーンは呪われた城の秘密を解くべく頁をめくる。
城に隠された血濡れの秘密とは?
犯人を追うアイリーンはその日凶弾に倒れた。
……主人公死ぬの?
主人公死ぬのはちょっと面白いかも。
つかみとしてはまあまあかなあ。
愛理はそんな事を考えながら原稿をめくる。
パソコンの小さな排気音と紙の擦れる音。
集中するにはもってこいの環境だ。
終電までには一本読めるかなあ。
できるだけ早く、でも一字一句も逃さないように愛理は手と目を動かす。
ふと。
「きゃあっ!?」
……女性でホラーが好きな人はいるのだろうか。
愛理以外には誰もいないはずのオフィスで物音がした。
完全に集中していた愛理にとって、その破裂音は彼女の心臓を飛びあがらせるに足る物音だった。
「なになに!?」
彼女はあたりを見回す。
オフィスは何も変わっていない。
みんな何でもないですよーなんて顔をしていつもの場所にいた。
でも、何か腹に一物あるような気がしてくる。
幽霊の正体枯れ尾花。
なんて言葉があるように、何でも怖く見えてくる。
私は止めたらよいのに、立ち上がると音の出所を探ろうとした。
多分あっちの方から聞こえたはず。
オフィスの入り口付近だ。
もしかしたら忘れ物をした同僚が会社に戻ってきたのかもしれない。
なぜ破裂音?
などという些細な疑問は頭の片隅に追いやれられてしまっていた。
オフィス内には変わったところはない。
それじゃあ? と愛理はオフィスの入り口のドアを開けて外を見る。
外の通路は薄暗い。
非常口の緑の光と、非常警報の赤色のランプの周りだけがぼんやりと浮かび上がっている。
もちろん誰もいない。
「誰かいますかー」
念のため声をかけてみる。
無言を返してくる通路をしばらく眺めてみたが、何も起こらなかった。
まあそうだよね。
何だろう、ラップ音ってやつだったのかな。
建物が軋む音って聞いたことがある。
科学的に証明されている現象なんだってね。
何も怖いことはない。
なんにも怖いことはない。
愛理はため息をついた。
きっと今読んでいたホラー小説に影響されてしまっていたのだ。
……戻ってまた読み進めようか。
しっかし、いつ帰れるんだろうなあ。
なんて。
考えて振り返った私の前に闇がいた。
それは果てしなく黒い。
黒と呼ぶ以外何も言うことができない。
ぽっかりとそこだけ穴が開いたかのような純粋な黒が、その原稿から這いあがってきていた。
「え……」
言葉が出てこない。
愛理は呼吸さえ忘れてしまっている。
闇が愛理のもとにやってくる。
なにこれ?
見入られてしまったように動けない愛理の目の前でそれは立ち止まると笑った。
笑ったように見えた。
純粋な黒なのだから、濃淡も凹凸も、体を構成する何もかもがない。
何も分からないはずなのに。
でも愛理にはそう感じられた。
「見つけた」
愛理の口からそんな言葉がこぼれた。
私言ってない。
愛理の口が闇の言葉を代弁した。
次の瞬間、闇は愛理の口から体内に入り込む。
濁流に飲み込まれたかのように、彼女の意識は消えていった。
――――。
「というのがあなたの最期です」
そう言って女性はテレビを消した。
深夜のオフィスに一人倒れる私の姿が、ぷつん、と消えて黒い画面が残った。
「あなたは呪いに殺されてしまったのです」
女性は手に持ったリモコンをくるくると弄んだと思ったら、リモコンはまるで手品のようにどこかへ消えてしまった。
意味が分からない。
というより理解が追い付かなかった。
遥かな天空のように透明で青い空間。
どこまでも続く地平線。
その中で一つぽつんと置かれたこのテーブルに座る私たち。
私と彼女以外誰もいないこの空間で、私はひたすらクエスチョンマークを描き続けている。
どれだけ眠っていたかは分からない。
気が付いた時にはこのテーブルに座ってテレビを見ていた。
女性は私に話しかける。
「私ね、天使。ドロシーっていうの」
こんにちは、と挨拶してくる彼女を愛理は茫然と見つめる。
服は、やたら露出度が高い。
華奢な体は白い布切れ一枚で覆われている。
柔らかい曲線に縁どられた愛らしい顔に、腰まで届きそうな長い髪。
色は深い紫色だ。
今までこんな色見たことない。
光の加減で、何か紫色のジェルが根元から紙先まで流れているような、そんな流動的な色合いを帯びていた。
「あの、ここは一体……」
「ここ? ここはね天国」
そっかー天国なんだー。
死んだから当然だよね。
地獄にはいかなくてよかったー。
「そう、あなたは天国に来れたのです。前世の行いが良かったのですね」
ありがとうございますと反射的に感謝してしまう。
「私が選んだわけじゃないからさ。それは神様にしてよ」
神様もいるの?
本当にいるんだ。
愛理が頭の中で考えると、天使は思考を読み取って言った。
「そうそう、この果てしなく続く回廊のその先にね」
会いたい?
天使は愛理の頭に直接話しかける。
ちょっと。
愛理はもう何も驚かず、脳内で返事をした。
「残念。私も会わせてあげたいけど、あなたは無理なんだ」
「そうなんですか」
天使は本当に残念そうに首を振った。
「本当だったらこのまま神様に会って天国に住まわせてあげたいんだけど」
天使は言いにくそうにその事実を告げる。
「あなたには転生してもらわないといけないのです」
転生……?
漫画かアニメでしか聞いたことのない単語が出てきた。
私は夢でも見ているのだろうか。
愛理は頬をつねる。
いささか古典的が過ぎる。
「あなたのその体に隠れている呪いとの取り決めなのです」
呪い……。
フリーズしていた愛理の頭はようやく動き出す。
今まで疑問となって胸の内にたまっていた言葉が、堰を切ったようにあふれ出してきた。
「私が死んでしまったのはもうこの際どうでも良いとして……転生の話も意味わからないけど、私、最後何があって何がどうしたの?」
「あなたは呪いに殺されてしまったのですよ」
何か蠢くものを感じませんか?
天使の問いに、愛理は体に意識を集中させると、自分以外の存在を確かにその身の内に感じた。
何か動いている気がする。
気持ちわる……。
「これって、もしかして私が最後に見たあれ?」
「そうです。あなたは読んでいた原稿から出てきた呪いに取りつかれて死んでしまったのです」
天使は言う。
「それは今でもあなたの中にあります」
「これが呪い……」
実感は沸かないけれど、存在は確かに感じるのだ。
「そしてそれがあなたがここにとどまれない理由でもあるのです」
「理由って……」
「その呪いは私たちの手に余ります。その呪いはあなたから離れようとしません。となるとあなたにはここを出て地獄に赴くか、違う世界に行ってもらう必要があるのです」
天使は続ける。
「そこで私たちは呪いに聞いてみました。そうしたら、ここにいられないなら転生したいと」
勝手に決めるなし。
つい言葉が悪くなってしまった。
でも地獄に行くよりかは良いか。
「私たちがお願いしたわけですから、転生先は呪いさんに指定してもらいました」
やっぱり勝手に決めるなし。
「転生先は小説内の世界。あなたが最後に読んでいた小説の世界です」
「え、あの世界ですか?」
愛理は思わず聞き返してしまう。
「呪いさんたっての願いです。私たちも全力を尽くしたんですから」
天使はなぜか少し誇らしそうだ。
「さて、では今から転送を開始します」
ちょいちょいと。
「え、色々まだ話したい事あるんだけど!?」
いやいや、ちょっと待ってよ!?
「実はですね、私怖いんです」
天使は慌てる愛理に申し訳なさそうに言う。
「その呪いさん、かなり強いです。私なんか簡単にヤラレちゃいそうなくらい」
愛理の体が光に包まれ始める。
「危険なものは遠くへポーイですよ」
この天使、結構イカレテルヨ。
私もっと天使って慈悲深いものだと思っていたよ……。
「私、あなたを恨むかも」
「やめてください。その呪いさんの分だけでもう充分です」
天使の姿が光の中に消えていく。
「とりあえず楽しんできてください」
もう見えなくなった天使が光の向こうで言った。
「ハラハラわくわくの愛憎渦巻く世界へ。退屈はしないと思いますよ?」
不穏な言葉を残して。
そうして私はその小説の世界に転生した。
「……。……」
誰かの声がする。
目を開く。
久方ぶりに光を受けたような瞳は、眩さに全てが白く映る。
「どうされたのですか? 急にお眠りになってしまうものですから」
少し慌てたような声の主の方を向く。
女性だった。
まるで映画に出てくるような、メイドが着るような服を着ている。
シックな色合いをした、仕立ての良い生地だ。
一目見ただけでも分かる品の良さがある。
――紅茶の香り。
私は午睡でもしていたのだろうか。
目の焦点が合ってくる。
視界は徐々に私のもとに戻ってくる。
私を見つめる女性と目が合った。
綺麗だ。
女性が同じ女性に抱く感想としては正しいだろうか。
……この世界で初めて見たものを特別に思うひな鳥のように。
私は心が揺れ動くのを感じた。
「えっと……」
記憶が混濁している。
私が言葉を紡ぎ出せないでいると、彼女は私の方に身を乗り出して言った。
「ベッドでもう少しお休みになられますか?」
全てが白く輝く世界の中で、
「私に身をゆだねてください。アイリーン様」
彼女は私の事をそう呼んだ。
物語の主人公に転生した私は。
湖の中に建つリース城内の一室、アイリーンの自室にて。
第二の生に目覚めたのであった。
第三話はお付きのメイド、サラとの一幕。
クリスからの手紙が届きます。




