表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】安価で俺の人生変わった件について。  作者: ドラドラ
安価で俺の人生変えたかっただけだった

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/49

十一月二十四日 日曜日 転機

 目を覚ましたとき、最初に感じたのは体の重さだった。

 全身が、妙にだるく、腕も脚も、普段とは違う疲れ方をしている。

 筋肉の奥にまで、じんわりとした疲労が残っていたが、その疲れは不思議と嫌なものではなかった。


 むしろ――心地いい。

 まるで、長い夢を見たあとのような感覚だった。


 ぼんやりとしたまま天井を見上げる。


 ホテルの白い天井。カーテンの隙間から、朝の光が細く差し込み、柔らかな光が部屋の中に広がっている。


(……朝か)


 昨日の夜とは、まるで別の世界みたいだった。


 ゆっくりと視線を横へ向けると、そこに――照宮さんがいた。


 枕に髪を広げて、静かな寝息を立てている。


 長いまつげ。整った横顔。穏やかな寝顔。


 その姿を見た瞬間、昨夜の出来事が一気に頭の中へ戻ってきた。


(……夢じゃない)


 胸の奥が、じんわりと熱くなる。


 昨日、俺は――照宮さんと、交わった。それも一度だけじゃない。

 思い出すだけで顔が熱くなる。


(……いや、何回だ?)


 正直、途中から数える余裕なんてなかった。

 ただ――気づけば何度も交わっていた。信じられないくらい何度も。

 最初のとき、俺は慌てて言った。


『……あの、ゴムは持ってるんですけど』


 自分でも声が震えていたと思う。

 すると照宮さんは、落ち着いた声でこう言った。


『問題ありません』


 その言葉の意味を深く考える余裕は、そのときの俺にはなかった。

 ただ――照宮さんに導かれるまま、何度も体を重ね、そして、何度も中で果てた。


(俺、いつもなら……こんなに続かないのに)


 普段の俺からは考えられない。一度でスッキリして満足し、そのままぐったりするのが普通だ。


 それなのに昨夜は、信じられないくらい体が動いた。疲れるどころか、むしろ体が熱くなっていく。

 何度も、何度も。まるでどこかのスイッチが入ったみたいに。


(これが……人と一つになるってことなのか)


 体の奥に残る感覚を思い出しながら、しみじみとそう感じた。


 そのとき。


「……ん」


 隣で、小さな声がし、照宮さんが、ゆっくり目を開ける。

 数秒、ぼんやりと天井を見てから――俺に気づいた。

 視線が合い、そして、柔らかく微笑んだ。


「……おはようございます」


「お、おはようございます」


 自分でもわかるくらい声がぎこちない。


 少しだけ気まずい。

 いや、気まずいというより――照れくさい。

 

 昨夜あんなに近くにいたのに、朝になると急に距離の取り方がわからなくなる。

 照宮さんが、少し身を寄せてきた。


 そして――軽く唇が触れた。


 短いキス。それだけなのに、胸の奥が一気に熱くなる。


「……ふふ」


 照宮さんが小さく笑った。


「顔、真っ赤ですよ」


「す、すみません」


「謝らなくていいですよ」


 そう言って、もう一度キスされたその瞬間――体が反応してしまう。


「……あ」


 しまった、と思ったときには遅かった。

 照宮さんがくすっと笑う。


「ふふ。朝から元気ですね」


「い、いやこれは……男の生理現象というか……」


 言い訳しながら、自分でも情けなくなる。

 照宮さんは少しだけ目を細めた。


「……いいですよ」


 その言葉は、優しくて、少しだけ危険だった。

 そのまま、自然と距離が縮まっていき、気づけばまた、お互いの体温を感じるほど近くにいて、朝から愛を確かめ合っていた。


(……なんでだろう)


 昨夜、あれだけしたのに。それでもまた、したくなる。


(これが……一皮むけた男ってやつなのか)


 そんなことをぼんやり思いながら、また時間が流れていった。


 ◇   ◆   ◇


 そのあと、シャワーを浴びた。朝のシャワールームは、窓から差し込む朝の光が、白いタイルを明るく照らし、昨夜とは少し違って見えた。


 温かいお湯が肩に当たり、疲れていた体が、体の奥に残っていた疲れが、ゆっくり溶けていき、思わず息が漏れた。


「……はぁ」


 隣には照宮さんがいた。

 距離が近いが、もう昨夜みたいな緊張はない。


 触れ合うたび、胸の奥が落ち着かなくなるが、それが嫌ではない。


 むしろ安心する、不思議なくらいに。


 結局シャワーを浴びながら、また体を重ねた。


 ◇   ◆   ◇


 長いシャワーを終え、ようやく落ち着いた頃、ふと、現実に引き戻された気がした。


(……もし今回のことで、照宮さんに子供ができたら……)


 俺はどうするのか考えたが、答えはすぐに出た。


(責任は取る。男として。逃げるつもりはない)


 そう静かに覚悟を決める。


 服を着て、ベッドの端に腰掛けていると、照宮さんがこちらを見ていた。


「啓人さん」


 その呼び方に、少し驚く。


(……啓人?)


 下の名前だった。そういえば、昨夜も呼ばれていた気がするが、そのときは余裕がなかった。


「はい」


「少し、大事な話をしてもいいですか」


 声のトーンが、少し真面目だった。


 思わず背筋を伸ばす。


「……あの」


 俺は先に口を開いた。


「もし、責任の話なら――」


「違います」


 きっぱりと言った。


「そういう話じゃありません」


 少し安心すると同時に、何の話なのか気になる。

 照宮さんは一度息を整えた。


「実は、啓人さんにご相談があります」


「相談?」


「はい」


 そして、静かに続けた。


「私の会社に来ませんか」


 一瞬、意味がわからなかった。


「……会社?」


「簡単に言うと、スカウトです」


 思わず苦笑した。


「いや、俺ただの溶接工ですよ?」


 現場で鉄を溶かしてるだけの男だ。企業にスカウトされるような人間じゃない。

 でも照宮さんは、真っ直ぐな目で言った。


「だからいいんです」


「え?」


「変わろうとしている啓人さんだから」


 そう言って、俺の手を握った。温かい手だった。


「……俺でいいんですか」


「あなたがいいんです」


 迷いのない声だった。

 頭の中でいろんな考えが回るが最後に残ったのは、一つだけだった。


「……わかりました」


 気づけば、そう答えていた。


「ただ、仕事の引き継ぎがあるので、明日、会社に辞めるって伝えます」


「もちろん」


 照宮さんは嬉しそうに頷いた。


「申し訳ありませんが、仕事内容はまだ言えません。守秘義務があるんです」


「なるほど」


「でも」


 少し微笑む。


「今より待遇が良くなるのは間違いないです。それと――」


「?」


「これを機に、私と同棲しませんか」


 思わず固まった。


「え?」


「住む場所は都内になります」


「……」


「家賃とかも心配しなくていいです」


 断る理由が、見つからなかった。


「……お願いします」


 そう言うと、照宮さんは柔らかく笑った。


 ◇   ◆   ◇


 照宮さんは会社に報告すると言ってホテルで別れた。

 俺は、まっすぐ家に帰った。

 

 頭の中は、ずっとふわふわしていた。

 まるで夢の続きを歩いているみたいだった。


 家に戻り、スマホを手に取り、掲示板を開く。


 報告を書こうとして――名前欄を見て、少し考え、そして打ち込んだ。


【30歳の村人】として。


 すぐに祝福のレスがつき、画面を見ながら、思わず笑う。


 そして、ゆっくりと昨夜のこと、これからのことを報告した。


 祝福もあった。疑いもあった。批判もあった。


 でも――


(これは俺が選んだ選択だ。他人にどうこう言われる筋合いはない)


 スマホを置き、ベッドに倒れ込む。


 朝から何度も交わったことで、体は疲れていたが、心は不思議なくらい満たされていた。


 新しい人生が始まる気がした。


 そのまま、俺は静かに眠りについた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ