表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】安価で俺の人生変わった件について。  作者: ドラドラ
安価で俺の人生変えたかっただけだった

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/49

十一月二十三日 土曜日① 選択

 朝、目が覚めた瞬間、胸の奥が落ち着かなかった。

 まだカーテンの隙間から差し込む光は弱く、部屋は薄暗い。

 時計を見ると、まだ六時前だった。


 普段の休日なら、もう少し寝ている時間だが、今日は違う。


(……今日だ)


 胸の奥で、ゆっくりと心臓が強く鳴る。


 照宮さんとのデートの日。


 昨日、何度も頭の中でシミュレーションした。

 服装も決めたし、映画のチケットも、ホテルディナーも部屋の予約も済ませてある。


 それなのに――なぜか落ち着かない。


 ベッドから起き上がり、大きく息を吐いた。


「……よし」


 小さく声に出してみる。

 それだけで、少しだけ覚悟が決まる気がした。


 軽く朝食を済ませ、顔を洗い、シャワーを浴び、髪を整える。

 鏡の前でネクタイを締めるわけではないが、それでも何度も服を確認した。


(……変じゃないよな)


 鏡の中の自分を見つめる。


 どこにでもいそうな男だ。特別かっこいいわけでもない。


(今日は、これで行くしかない)


 自分に言い聞かせるように頷く。

 準備を終え、バッグを手に取った。


 そのとき、ふと思い出す。


(……あ)


 昨日、信先輩にもらったもの。

 財布から取り出し、改めてそれを見る。


 小さな包み。コンドーム。


「……」


 思わず、苦笑してしまう。


 葬儀のあとに渡されたものとしては、あまりにも場違いだった。

 でも信先輩は真面目な顔で言っていた。


『お守り代わりだ』


 その言葉が頭に浮かぶ。


「……お守り、か」


 小さく呟く。


 まだ、照宮さんとはそういう関係じゃない。

 むしろ、今日だってどうなるか分からない。


 でも――


(信先輩がくれたものだ)


 そう思うと、無下にする気にはなれなかった。


 俺はその包みを、バッグの内ポケットにそっと入れた。


「……よし」


 スマホを取り出し、いつもの掲示板を開く。


 俺の人生を、なぜか他人が見守っている不思議な場所。


 おはようと、行ってくるとだけ書き込んだ。


 すぐにレスがつくと、画面を見ながら、少しだけ笑ってしまう。


 顔も知らない人たち。

 でも妙に温かい。


「……変な感じだな」


 小さく笑って、スマホをポケットにしまった。


 映画の上映時間は十五時。


 でも照宮さんからのメッセージで、予定は少し変わっていた。


 照宮 灯

【せっかくなので、お昼を一緒に食べませんか?】


 その一文を見たとき、胸が少し跳ねたのを覚えている。

 断る理由はもちろんない。

 待ち合わせは映画館の近くの喫茶店。


(……よし)


 俺は家を出た。


 ◇   ◆   ◇


 待ち合わせの喫茶店は、映画館から少し歩いた場所にあった。


 ガラス張りの外観で、落ち着いた雰囲気の店だ。

 ドアを開けると、小さなベルが鳴る。

 店内はコーヒーの香りが漂っていた。


 休日の昼前。席はそれなりに埋まっている。


 俺は店内を見渡す。


(……いた)


 窓際の席に、照宮さんが座っていた。


 俺は一瞬、足が止まる。


 今日の彼女は、今までと違って見えた。


 柔らかい色のワンピース。髪もいつもより少し整えているように見える。

 それだけでも、十分きれいだった。


 そして何より――胸元。


 今までよりも、明らかに強調されている。


 布のラインが体の形をはっきりと浮かび上がらせていて、ほんの少しだけ、谷間も見えていた。


(……)


 心臓が一気に跳ねる。


(これは……)


 頭の中で、妙な期待が芽生えかける。


(いやいやいや)


 慌てて振り払う。


(落ち着け俺)


 深呼吸を一つしてから、席へ向かった。


「す、すいません。お待たせしました」


 声が少し裏返る。


 照宮さんは顔を上げて、柔らかく微笑む。


「そんなことないですよ」


 優しい声だった。


「私も、今来たところです」


「そ、そうですか」


 向かいの席に座る。


(目のやり場が……)


 視線の置き場に困る。


 照宮さんは気にする様子もなく、メニューを差し出してくれた。


「お昼、何にします?」


「え、あ……」


 俺は慌ててメニューを見る。


 オムライス、ナポリタン、サンドイッチ。


 喫茶店らしいラインナップだ。


「じゃ、じゃあ……オムライスで」


「私もそれにします」


 店員を呼び、注文をする。


 そこから少し会話をした。


 仕事の話。最近見たアニメの話。そんな、取り留めのない話。


 ……だったと思う。


(何話したっけ)


 あとで思い返しても、ほとんど覚えていない。


 理由は単純だ。

 目の前にいる照宮さんに、意識の大半を持っていかれていたから。


 やがてオムライスが運ばれてきた。ふわふわの卵。ケチャップの香り。


「美味しそうですね」


「ですね」


 スプーンを入れる。


 味は――たぶん、美味しかった。


 ◇   ◆   ◇


 食事を終える頃、スマホを見る。映画の上映時間が近い。


「そろそろですね。行きましょうか」


「はい」


 席を立ち、レジへ向かい、財布を取り出した。


「ここは――」


 払おうとした瞬間、照宮さんが先にお金を出した。


「あ」


「この前は、おごってもらいましたから」


 彼女は微笑む。


「今日は私の番です」


「いや、でも……」


「いいんです」


 優しく、でもはっきりした声だった。


「こういうのは、順番です」


 そう言ってから、照宮さんは少しだけ照れたように笑った。


「それに……私、奢られるのが当たり前の女性だなんて思われたくないんです」


「え?」


「もちろん、好意でごちそうしてもらえるのは嬉しいですけど」


 少しだけ視線を落としながら続ける。


「でも、その分ちゃんとお返ししたいんです。そういう関係のほうが、私は好きなので」


 その言葉は、軽い調子なのに妙に真っ直ぐだった。


 俺は一瞬、言葉を失う。


「……ありがとうございます」


 そう言うしかなかった。


 照宮さんは、少し楽しそうに笑った。


「どういたしまして」


 ◇   ◆   ◇


 映画館に入り、席に座ると、館内が暗くなり、上映が始まる。


 タイトルは『ネクロマンサー建国記』


 物語は、ネクロマンシーのスキルを授かった主人公ネクロ。

 だが、その力は禁忌で、彼は国から追放される。


 旅の末、やっとたどり着いた村。しかし、そこはすでに滅んでいた。


 人はいない。あるのは死体だけ。


 ネクロは死体に手をかざし、蘇らせる。


 アンデッドとして。


 そこから物語は一気に進む。


 アンデッドを増やし、軍勢を作る。

 そこにはネクロ以外の生者はいない。


 そして最後には――自分を追い出した国へ攻め込む。

 国を滅ぼし、アンデッドの国に変える。


(……なんだこれ)


 正直、最初はそう思った。


 作画はすごい。戦闘シーンも迫力がある。


 でも内容はめちゃくちゃだ。


(なんでこんなのが流行ってるんだ……?)


 そう思っていた。


 でも――あるシーンで、ネクロが言った。


『俺はこのスキルに選ばれた』


 静かな声だった。


『選ばれたからには――』


 ネクロが前を向く。


『この力を使いこなすだけだ』


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が、ざわついた。


(……あ)


 頭に浮かぶ、掲示板。安価。変わっていく自分の人生。


(……俺も)


 選ばれているのかもしれない。


 そう考えた瞬間、ネクロの言葉が、他人事じゃなくなった。


 気づけば、映画に引き込まれていた。


 ネクロの決意。ネクロの孤独。ネクロの狂気。


 それに、自分の気持ちを重ねていた。


 エンドロールが流れ、照明がつく。


 俺はまだ興奮していた。


「……すごかったですね」


 思わず言う。


「この映画、誘ってくれてありがとうございます」


 照宮さんは微笑んだ。


「伊原さんにぴったりだと思ったんです」


「え?」


「なんとなく、ですけど」


 意味深な笑み。


 俺は少し照れた。


「……そうですか」


 映画館を出ると、外はもう暗くなりかけていた。街のネオンが少しずつ灯り始めている。


「このあとは、予約しているホテルのディナーなんですけど」


 言いながら、少し緊張するが、照宮さんは、すぐに微笑んでくれた。


「はい、楽しみにしていました」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で、心臓が大きく鳴った。


(ここからが本番だ……)


 俺たちは並んで、夜の街を歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ