表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】安価で俺の人生変わった件について。  作者: ドラドラ
安価で俺の人生変えたかっただけだった

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/49

十一月二十日 水曜日② 芽吹き

 ビールは冷たいはずなのに、体の内側がじんわりと温かくなっていくのが分かる。


 照宮さんは、カクテルを軽く揺らしながら、こちらを見ていた。

 さっきから、何度か視線が合う。そのたびに、胸の奥が小さく跳ねる。


(……聞くなら今だ)


 さっきから何度も、言おうとしては飲み込んできた言葉。

 言ってしまえば、空気が変わるかもしれない。

 言わなければ、このまま、なかったことにもできる。


 それでも――俺は、意を決して口を開いた。


「あの……」


「はい?」


 照宮さんが、首を少し傾ける。その仕草が、妙に大人っぽい。


「俺の……髪の色って、気にしないんですか?」


 一瞬、間があった。ほんの一拍分だが、その沈黙が妙に長く感じられた。

 照宮さんは、きょとんとした顔をしている。


「……髪の色、ですか?」


「はい。銀色って……目立って、変じゃないですか」


 自分で言っていて、少し苦笑いが漏れる。

 だが、照宮さんは少し考えるように視線を上げ、それから、ふっと表情を和らげた。


「変……ですか?」


「え?」


「私は……素敵だと思いますよ」


 さらっと、そう言われた。


「銀色って、きれいじゃないですか。光の当たり方で表情も変わりますし」


 一瞬、頭が追いつかなかった。


「……ありがとうございます」


 反射的に、そう答えていた。

 照宮さんは続ける。


「それに……似合ってます。伊原さんの雰囲気に」


 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。


(……だめだ、これ)


 ビールのせいなのか。それとも、この落ち着いた個室の空気のせいなのか。

 普段なら、絶対に言わないことが、喉元まで上がってきてしまう。


「……実は」


 俺は、グラスを置いた。音が、やけに大きく響いた気がする。


「これ、自分を変えたくて……染めたんです」


 照宮さんの視線が、まっすぐ俺に向けられる。


「変えたくて、ですか?」


「はい」


 逃げ場を失ったみたいに、言葉が続いた。


「ずっと……なんていうか、うまくいかないことばっかりで」


 喉が、少し渇く。


「何か一つ、分かりやすく変えてみたら、自分も変われるんじゃないかって……思って」


 自嘲気味に笑う。


「単純ですよね」


 照宮さんは、すぐには答えなかった。

 カクテルを一口飲み、静かにグラスを置き、穏やかな声で言った。


「変わることって……決して、悪いことじゃないと思いますよ」


「……えっ」


「変わりたい、って思えるのは、それだけ前を向いてるってことですから」


 その言葉は、驚くほどまっすぐ胸に届いた。

 否定される覚悟はしていた。

 軽く流される可能性だって、十分にあった。


 でも、照宮さんは違った。


「それに……」


 少しだけ楽しそうに笑う。


「アニメのキャラクターみたいで、いいじゃないですか」


「……アニメ?」


 思わず聞き返していた。


「はい。銀髪って、結構人気ありますよ」


「……照宮さん、アニメ見るんですか?」


 自分でも分かるくらい、声のトーンが上がった。


「ええ、結構よく見ますよ」


 照宮さんは、何でもないことのように言う。


「日常にちょっと疲れた時とか、現実から少し離れたい時に」


「俺も……よく見ます」


 その瞬間、空気が変わった。


「え、本当ですか?」


「はい。休みの日とか、引きこもって一気見とかてます」


「じゃあ、映画とかも?」


「映画も……よく行きますね」


「分かります。映画館で見ると、全然違いますよね」


 会話が、自然と弾み始める。

 さっきまで感じていた緊張が、嘘みたいに薄れていく。


 好きなジャンル、最近見た作品、印象に残ったシーン。

 言葉が、途切れない。


(……楽しい)


 ただそれだけなのに、胸の奥が満たされていく。

 何も気にせず話せる相手がいることが、こんなにも心地いいなんて。


「それなら……」


 俺は、少し身を乗り出して言いかけた。


「今度――」


 その瞬間。


「失礼いたします」


 個室の扉が、静かに開いた。

 店員が、少し硬い表情で立っている。


「誠に申し訳ありません。先ほど、また例の事件が発生したとの情報が入りまして……」


 嫌な予感が、背筋を走る。


「お客様の安全を考慮し、本日はこの時点で閉店とさせていただきます」


「……え」


 思わず、声が漏れた。


「お食事の途中で大変申し訳ありませんが、ご理解いただけますと幸いです」


 店員が下がり、扉が閉まる。


 俺は、慌ててスマホを取り出し、ニュースを確認すると、東京都内で自爆テロ発生の文字。


 目の前が、一瞬暗くなる。


「タイミングが悪いですね。……せっかく、これからってところだったのに」


 照宮さんが、小さく呟いた。

 悔しさが、胸に広がる。


「仕方ないですね……」


 俺は、会計を済ませるために立ち上がった。


「私も払いますよ」


「いえ。最初くらい……かっこつけさせてください」


 自分でも、少し照れながら言った。


 店を出ると、外の空気は張り詰めていた。

 警戒する警察官。落ち着かない人の流れ。


(……本当に、物騒だな)


 そのとき、照宮さんが口を開いた。


「……まだまだ、話し足りませんね」


「え?」


「どこか……落ち着ける場所で、続きを話しません?」


 一瞬、心臓が大きく跳ねた。


(……いや、落ち着け。今の状況で、それは軽率すぎる。……二軒目、って言っても)


 この雰囲気で、営業している店がどれだけあるだろう。

 仮に開いていたとしても、落ち着いて話せる場所かどうかも分からない。

 頭の中で、選択肢を並べては消していく。


(……それなら、俺の部屋で)


 誰にも邪魔されず、静かで、落ち着ける場所。

 話すだけなら、何も問題はないはずだ。

 そう理屈をつけようとする自分がいる。


(……だめだ。まだ出会って二回目だぞ! ――今は、まだ早い)


 そう自分に言い聞かせて、俺は口を開いた。


「……この状況ですし、今日はこのあたりで」


 言葉にした瞬間、胸の奥に、ほんの少しだけ名残惜しさが残った。

 そう言うと、照宮さんは少しだけ残念そうに見えた。


「……そうですね。しょうがないですね」


 その言葉に、胸がちくりと痛む。

 だが、すぐに照宮さんは、柔らかく微笑んだ。


「じゃあ……今週の土曜日は、どうですか?」


「……!」


 思わず、顔が明るくなる。


「よ、喜んで」


「よかった」


 駅の改札前で、軽く会釈を交わす。


「今日は……ありがとうございました」


「こちらこそ」


 人混みに紛れていく背中を見送りながら、俺は思う。


(……次も、ある)


 それだけで、胸が浮き立つ。


 帰りの電車の中、自然と口元が緩んでいた。


 世界は不安定で、怖いニュースばかりだ。

 それでも――


(……俺の世界は、また前に進んだ)


 そんな感覚を胸に抱いたまま、俺は家路についた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ