表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】安価で俺の人生変わった件について。  作者: ドラドラ
安価で俺の人生変えたかっただけだった

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/49

十一月十九日 火曜日 混濁

 目覚ましは鳴っていない。それなのに、目は覚めた。

 目が覚めて、最初に伸ばしたのは、枕元のリモコンだった。


 テレビをつけると、部屋の静けさを切り裂くようにニュース番組の音が流れ込んでくる。

 まだ頭が完全に起きていないのに、現実だけが強引に入り込んでくる。


 どの局も、同じ話題だった。


『――昨夜の連続自爆テロ事件ですが、現在も被害の全容は把握できていません』


 アナウンサーの声は落ち着いている。

 だが、画面の下を流れるテロップは違った。

 赤く、太く、強い言葉ばかりが並んでいる。


【連続自爆テロ】【各地で同時発生】【動機は不明】


 現場映像、専門家のコメント、そして何度も繰り返される調査中という言葉。

 場所はぼかされ、被害は数百人規模とはっきりしない表現ばかりだ。


(……結局、何も分からないじゃないか)


 画面を見つめながら、無意識に歯を食いしばっていた。


 テレビを見ているだけでは埒が明かず、スマホに手を伸ばし、ニュース記事を見る


 どの記事を開いても、書いてあることはテレビとほとんど同じだ。

 言い回しが少し違うだけで、中身は変わらない。


 新しい情報はほとんどないのに、記事の数だけが増えていく。


(……わからない、か)


 分からない、という状態が、ここまで人を不安にさせるものだとは思わなかった。

 何が起きて、どこまで広がっていて、もう終わったのか、それとも――まだ続いているのか。


 何一つ、はっきりしない。


 昨日と同じ部屋、同じ天井、同じ朝のはずなのに、どこか違う。


 歯を磨き、顔を洗い、作業着に着替える。

 いつもと変わらない動作のはずなのに、頭の奥が少し遅れてついてくる感覚があった。


 玄関を出ると、朝の空気は澄んでいた。

 空は青く、雲は薄く、あまりにも平穏だ。


(……昨日、あんなことがあったなんて、嘘みたいだな)


 世界は、何事もなかったかのように回っている。


 工場に着くと、いつもより騒がしかった。朝礼前の雑談が、妙にざわついている。


「なあ、ニュース見たか?」


「怖ぇよな、あれ……」


「どこまで本当なんだろ」


 誰もが同じ話題を、同じ温度で口にしている。声は軽いが、どこか落ち着かない。


 俺も、その輪の端に立ち、黙って耳を傾けていた。

 自分の言葉を挟む気にはなれなかった。


 朝礼が終わり、持ち場に向かう途中、経理のおばちゃんに声をかけられる。


「けいちゃん、怖い世の中になったわねぇ」


「……ですね」


 それ以上、言葉が続かなかった。

 何を言えばいいのか、分からなかった。


「ほんと、物騒で……何が起こるか分からないわ」


 おばちゃんはそう言って、ため息をつく。

 その表情には、年相応の諦観と、現実的な恐怖が混ざっていた。


「そういえば……信先輩は?」


 いつもなら、もう作業に入っている時間だ。

 信先輩の姿が見えないことに、今さら気づく。

 おばちゃんの表情が、少し曇った。


「あぁしんちゃんね。……連絡があってね。昨日の騒動に、ご家族が巻き込まれたらしいの」


「……え」


 思わず、声が漏れた。


「詳しいことは分からないけど……今日は休むって」


 胸の奥が、ぎゅっと縮む。

 昨日まで、当たり前のように隣で働いていた人の家族が、あの事件に巻き込まれている。


(……本当に、すぐそばの話なんだ)


 ニュースの中の出来事だと思っていたものが、一気に距離を詰めてくる。


 テレビの向こうの出来事じゃないと。


 ◇   ◆   ◇


 その後の作業中も、頭の中は落ち着かなかった。


 手は勝手に動く。身体は覚えている。


 それでも、意識だけが少し遅れる。


(集中しろ)


 何度も、自分に言い聞かせる。

 危ない仕事だ。ぼんやりしている場合じゃないと。

 

 昼休みも、話題は変わらなかった。

 誰もが不安を抱えたまま、無理に日常を装っている。


 それでも時間は流れ、仕事は終わる。


 ◇   ◆   ◇


 帰宅すると、夕食の準備に取り掛かる。

 今夜は袋ラーメンだ。

 冷蔵庫に残っていた野菜を切り、軽く炒める。

 それを乗せるだけで、少しだけ手をかけた気になれる。


(……野菜って、大事だよな)


 湯気の立つラーメンを前に、箸を取る。

 見た目は、悪くない。


 だが、味はどこか遠い。


 テレビを点けると、ニュースはまだ続いていた。

 そして、新しい情報が読み上げられる。


『犯行に関与した信者の中に、警察関係者や政治家が含まれていたことが判明しました』


「……は?」


 思わず、声が出た。


『自爆テロを起こしながらも生存した信者の証言によると、「教えに従ったまで」と供述しているとのことです』


(……教え、か)


 画面の向こうで語られる言葉が、どこか空虚に響く。


 教え。そんな言葉一つで、人がここまで、できてしまうのか。


 ラーメンの味が、完全に分からなくなった。

 箸を置き、深く息を吐く。


(……今日は、掲示板はいいかな)


 いつもなら、すぐにスレを覗いて、反応を確認してしまう。

 でも今日は、少し距離を置きたかった。


 明日は、水曜日。照宮さんとの食事だ。


 クローゼットを開き、服を確認する。

 何度も迷って選んだシャツ。


(……大丈夫だ)


 自分に言い聞かせるように、静かに呟く。


 世界は不安定で、何が起こるか分からない。


 それでも――


(水曜日、楽しみにしています)


 その言葉を思い出しながら、布団に入る。


 不安と期待が、胸の中で静かに混ざり合う。

 眠りに落ちるまで、少し時間がかかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ