18 形だけの人間たち
また、あのオヤジだ。
私の服の袖を強くつかみ菜々子と呼んでくる。
いい加減ウゼーんだよ!!
自分の娘の顔も忘れるぐらいお前はバカなのか?
「嫌だ!!離しておじさん!!」
私は、そのおじさんをカッと睨み付けて力強く腕を振りほどき自分の病室へと向かった。
そして、途中で神辺さんと言うこの室内で一番まともな精神患者のおばさんが私のその行為を見ていたのか喋りかけてきた。
「あんまり怒らないでね、ワザとやっているんじゃないから、許してあげてね。」
「は~。」
「実はね吉野さんは、娘さんの菜々子さんを前に事故で亡くしているのよ。それもあってこの病気にかかった時に自分の娘の事を思い出して、まだ生きてると思ってるの。」
「そうなんですか。」
そう聞いていてパッと後ろを見ると、そのおじさんの目が妙に悲しそうに見えた。翌日からか、そのおじさんは、部屋にずっとこもったきり出てこなかった。
あの女の人は今日も同じイスに座って、天上をひたすら見ては、口の中にあふれ出た、だ液を垂れ流していた。
テーブルの上には、薄茶色いシミみたいな模様が無数に彼女の周囲についている。多分毎日、あの場所でだ液を垂れ流しているからこびりついているのだろう。
その染み込みの深さに彼女がこの病院にきて長い間経っている事を物語っていた。すると、神辺さんが私の横に来て言った。
「あの子ね幼い頃に両親を事故で亡くしているの・・・・その時から精神的に頭が変になって、その頃からずーとこういう状態なのよ。」
すると、その女子高校生くらいの歳の女の人は、天上を見ながら
「お母さん、遊ぼう、お母さん、遊ぼう。」
とだ液を息であちらこちらに飛び散らせながら同じ言葉を何回も何回も繰り返して言っていた。そしたら、急に席を立ち、
「お母さん、次あそこで、遊ぼう。」って言い出し、だ液の糸がテーブルに伸びて、その後に口のはしから、よだれがポタポタと落ち全て自分の服の胸元に染み込んでいった。
そして、廊下をゆっくり片足一歩一歩づつ滑り歩き私の横をスッと歩いて行った。
ハッキリ言って衝撃的だ。
自分とあまり年の変わらない女の子が狂ったような顔をして、今を生きている。
一体、あの女の人は何の為に生きているのだろう?
ただ同じイスに毎日座って病院の天上を見ては、お母さんを呼んでいる。
もう魂は抜き落ちて人形のように形だけの肉体を動かしているだけのように感じてしまった。
やっと退院の日がきた。
お母さんは私の係りつけの医者にお礼のあいさつをしていた。
そして、2人で院内を出ようとした時に、あのおじさんが「菜々子!!菜々子!!」と言ってきて急いで私の方へ歩いてきた。そして、何か色の着いた紙のような物を手渡した。
よく見てみるとそれは、折り紙だった。よくは、分からないけど猫のような形をしていて『お父さんは、菜々子の事が大好きだよ』と書かれていた。そして、すぐにそのおじさんは、その場を去って行った。
それから、横にあった、遊具室の中を見るとあの女の人が、よだれを垂らしパズルなような物を手に持って遊んでいた。すると
「お母さん!!お母さん!!」
と大きな声で言っていた、その顔は無表情だったが。
なぜか喜びに満ち溢れているような気がした。




