第35章:一つの棚から始める
一店舗検証案の資料は、最初の売場案よりずっと地味だった。
華やかなイメージ写真は少ない。
大きな売上予測もない。
全国展開という言葉もない。
代わりに並んでいるのは、数量上限、納品日、返品基準、問い合わせ窓口、店舗スタッフ向けFAQ、作り手への報告方法、販促表現の確認手順だった。
柚木は、その資料を見ながら、何度も小さく息を吐いた。
「地味ですね」
会議室の机に資料を並べながら、彼女はぽつりと言った。
加賀がすぐに返す。
「いいじゃねえか。地味で」
「でも、大手チェーンに出す資料としては、もう少し見栄えがあった方がいいのかなって」
美崎が、表紙の文字を整えながら言った。
「見栄えは整えます。でも、見栄えで大きく見せる必要はありません」
「はい」
柚木は頷いたが、まだ少し悔しそうだった。
紬は、その横顔を見ながら、気持ちが分かると思った。
暮らしの森マーケットの売場は美しかった。
木目の棚に、食品と雑貨が整って並ぶ光景は、誰が見ても魅力的だった。
あの場所に、藤堂物産の取引先の商品が並ぶ。
その想像は、今でも胸を高鳴らせる。
だからこそ、一店舗。
一つの棚。
商品数も絞る。
その小ささが、時々ひどく頼りなく見える。
けれど、頼りなく見えることと、間違っていることは違う。
紬は、机の上の資料に手を置いた。
表紙には、美崎が整えたタイトルがある。
『地域の食と暮らし 一店舗検証案』
その下に、小さく一文が添えられていた。
『続けられる売場をつくるための初回検証』
進藤が、全員の前で資料の流れを確認する。
「まず、前提を整理します。こちらが提案するのは、一店舗限定、二週間、食品二種類から三種類、数量上限あり。販促表現は事前確認。返品・廃棄費用は取引先に一方的に負担させない。問い合わせ窓口は藤堂物産側で一次受けし、必要に応じて食品流通部と取引先へ確認。店舗スタッフ向けFAQを事前に作成する」
一ノ瀬が数字表を指で押さえた。
「収支は、ほぼ利益が出ません。むしろ検証費用を含めると、わずかに赤字になる可能性があります」
柚木が顔を上げる。
「赤字ですか」
「はい」
一ノ瀬は淡々と答える。
「ただし、売場データ、問い合わせ内容、返品発生有無、店舗スタッフの反応、購入者の声、作業時間を取得できるなら、検証費用として説明できます」
紬は、その数字を見つめた。
売れば売るほど利益が出る。
そんな単純な話ではない。
今回は、売場に立つための勉強代でもある。
だが、会社に余裕があるわけではない。
赤字の可能性を受け入れることも、簡単ではなかった。
「銀行には、どう説明しますか」
紬が尋ねると、一ノ瀬はすぐに答えた。
「短期収益ではなく、再建に向けた小規模実証と位置づけます。大手チェーンとの商談実績は好材料です。ただし、赤字の可能性を隠すと信用を失います」
「はい」
「それから、検証後に拡大判断を行う基準を先に決める必要があります」
進藤がホワイトボードに書く。
販売数。
欠品発生。
返品件数。
問い合わせ件数。
店舗スタッフの負荷。
倉庫作業時間。
食品流通部の確認件数。
取引先の継続意向。
購入者の声。
「これらを基準に、次へ進むか、条件を変えるか、止めるかを判断します」
加賀が言った。
「止める基準も入れろ」
進藤は頷く。
「もちろんです」
黒川から届いたメモも読み上げられた。
『通常出荷に影響が出た場合、即時停止を検討。返品動線が曖昧なまま開始しない。店頭用梱包を事前確認すること。』
松永からのメモ。
『森本食品、田宮農園の名前を出す前に、数量と条件を整理。大手案件という言葉だけ先に伝えないこと。期待と不安を同時に膨らませるため。』
相沢からのメモ。
『FAQは三種類必要。購入者向け、店舗スタッフ向け、社内向け。店舗から食品流通部へ直接連絡が来ない動線を作ること。』
それぞれの言葉は短い。
けれど、どれも重かった。
紬は、それらのメモを資料の最後にまとめていた。
現場の条件。
取引先を守る条件。
会社を止めない条件。
それを大手チェーンへ出す。
考えただけで、胃の奥がきゅっと縮む。
暮らしの森マーケット側からすれば、面倒な相手だろう。
十店舗を求めた相手に、一店舗からと言う。
標準条件に赤字を入れ、返品費用にも販促表現にも確認を求める。
それでも、言わなければならない。
進藤が、紬の方を見た。
「星野さん。今日の面談で、先方から再び三店舗以上を求められる可能性があります」
「はい」
「その場で押し切られないために、言葉を準備しておきましょう」
紬は、手元のメモを見た。
そこには、何度も書き直した文章がある。
『できません』
ただ、それだけでは足りない。
なぜできないのか。
何ならできるのか。
できないことを認めた上で、どう進めたいのか。
そこまで言わなければ、ただの拒否になる。
紬は顔を上げた。
「私は、こう言おうと思っています」
五人の視線が集まる。
「十店舗は、現時点ではお受けできません。三店舗についても、取引先と現場の確認が必要です。私たちが責任を持って提案できるのは、まず一店舗の検証です」
自分の声が、会議室の中で少し硬く響く。
「ただし、一店舗だから小さいのではなく、一店舗だから丁寧に見られるものがあります。店舗スタッフの問い合わせ、購入者の反応、欠品、返品、売場での見え方、取引先への声の返し方。そのすべてを確認してから、次の店舗数を考えたいです」
進藤は、静かに頷いた。
「良いと思います」
一ノ瀬が言った。
「赤字の可能性についても聞かれます」
「はい」
「その時は?」
紬は、少し息を吸った。
「初回は短期利益ではなく、検証費用として考えています。ただし、赤字を前提に続けるつもりはありません。次回以降、どこを改善すれば採算が合うのかも一緒に検証します」
「よろしいです」
美崎が、言葉の調子を少し整える。
「“お受けできません”の前に、“御社の十店舗案の意図は理解しています”を入れた方がいいです。相手の売場側の事情を受け止めた上で、こちらの条件を伝える形にしましょう」
紬はメモを直す。
「分かりました」
柚木が言った。
「私からは、売場イメージを説明します。でも、最初に謝りたいです」
「謝る?」
紬が尋ねると、柚木は少しだけ目を伏せた。
「最初、大きく見せたいと思っていました。食品だけだと弱いなら、雑貨も足して、暮らし全体の提案にした方が通るんじゃないかって。でも、それをやったら、今の私たちには背負えないものまで入れることになると思いました」
加賀が黙って柚木を見る。
柚木は続けた。
「だから、今回は食品を中心にします。布巾や器は、暮らしの森マーケットさんの既存商品と組み合わせる形を提案します。私たちは、食品と作り手の情報、食べ方、声の返し方に責任を持つ。そういう売場にします」
美崎が、少し微笑んだ。
「良い整理です」
柚木の表情が、少しだけ明るくなる。
紬も、胸の奥が温かくなった。
柚木は、広げることを諦めたのではない。
今の藤堂物産が責任を持てる範囲を選んだのだ。
それは、前へ進むための小さな強さだった。
午後二時。
暮らしの森マーケットとの再面談は、オンラインで行われた。
画面の向こうには、野上、川辺、宮下が並んでいる。
野上は落ち着いた表情だったが、川辺の顔には少し慎重な色がある。
宮下は、前回より多くの資料を手元に置いていた。
野上が口を開いた。
「修正案、拝見しました。率直に申し上げて、当社の標準条件から外れる点が多く、社内でも確認が必要です」
「はい」
紬は頷いた。
「ご確認いただき、ありがとうございます」
川辺が言った。
「特に店舗数についてですが、やはり一店舗ですと、当社としては売場企画の検証データがかなり限られます。三店舗でもやや小さいという意見が出ています」
予想していた言葉だった。
それでも、実際に言われると胸が重くなる。
紬は、背筋を伸ばした。
「御社の十店舗案の意図は理解しています。売場として成立させ、社内で検証するには、一定の店舗数が必要だということも分かります」
画面の向こうで、野上が静かに頷く。
紬は続けた。
「その上で、現時点で十店舗はお受けできません」
会議室の空気が、少し止まる。
隣で、進藤が静かに見守っている。
一ノ瀬は表情を変えない。
美崎は、画面と紬の両方を見ている。
加賀は腕を組んだまま、何も言わない。
柚木は、資料を握りしめている。
紬は、言葉を続けた。
「三店舗についても、取引先と現場の確認が必要です。私たちが今、責任を持ってご提案できるのは、一店舗での検証です」
川辺の表情が、少し厳しくなる。
「一店舗では、売場として小さすぎると思います」
「はい」
紬は、その言葉を受け止めた。
「小さいです。ただ、一店舗だから確認できることがあります」
紬は、資料を画面共有した。
そこには、一店舗検証の目的が整理されている。
店舗スタッフからの問い合わせ件数。
購入者の反応。
商品説明の伝わり方。
欠品の有無。
返品発生時の動線。
売場での陳列負荷。
倉庫作業時間。
食品流通部の確認件数。
取引先への声の返し方。
「私たちは、初回から広げるのではなく、一つの棚で、売場の裏側まで確認したいと考えています」
宮下が資料を見ながら言った。
「販促表現の事前確認についてですが、制作スケジュールがかなり厳しくなります。店頭POPやアプリ告知まで個別確認となると、当社側の手間も増えます」
美崎が答えた。
「承知しています。すべての細かい文言を逐一確認する形ではなく、主要表現と作り手の写真・コメント使用について事前確認をお願いしたいです。たとえば、“地方を応援”“規格外を救う”“昔ながらの味”といった表現は、作り手の意図とずれる可能性があります」
野上が、少し考える。
「その点は、当社でも過去に課題になったことがあります」
宮下は、表情を少し和らげた。
「主要表現の確認に絞るなら、調整の余地はあるかもしれません」
川辺が、次に収支の話へ移った。
「一店舗検証の場合、御社側の利益はほとんど出ないのではありませんか」
一ノ瀬が答えた。
「はい。初回は利益を大きく出す企画ではなく、持続可能な売場モデルの検証と位置づけています。ただし、検証結果をもとに、次回以降の作業効率、返品条件、問い合わせ対応を改善し、採算性を見ます」
川辺は、少し眉を寄せた。
「大手チェーンとの取り組みで、初回から利益を取りに行かないというのは、御社として大丈夫なのですか」
紬は、その問いを受け止めた。
大丈夫か。
そう聞かれると、大丈夫とは言い切れない。
藤堂物産に余裕はない。
銀行も見ている。
社員も期待している。
それでも、ここで利益を取りに行くために、取引先や現場へ負担を戻すことはできない。
「大丈夫ではありません」
紬は答えた。
画面の向こうの三人が、少し驚いた顔をした。
「会社として、売上も利益も必要です。それは分かっています。ただ、初回から利益だけを取りに行けば、取引先や現場に無理が出ます。その無理で一度売場を作っても、次は続きません」
紬は、資料の最後のページを表示した。
そこには、大学の講義ノートから言葉を整えた一文が入っていた。
『大きな売場の条件を、そのまま小さな作り手と現場へ流さないこと。間に立つ流通会社として、その差を受け止め、調整すること。』
野上が、その文章をじっと見た。
紬は続けた。
「私たちは、御社の条件を否定したいわけではありません。大手チェーンの売場を維持する責任があることも理解しています。ただ、私たちは間に立つ会社として、その条件をそのまま小さな作り手や現場に流すのではなく、どこで受け止めるかを考えたいです」
会議室は静かだった。
画面越しにも、野上がその言葉を慎重に受け止めているのが分かった。
川辺は、まだ納得していないようだった。
「一店舗から始めるとして、当社側のメリットは何ですか」
柚木が、そこで口を開いた。
「売場を小さくする代わりに、検証の密度を上げます」
声は少し緊張していた。
でも、震えてはいなかった。
「一店舗で、購入者の声、店舗スタッフの問い合わせ、陳列のしやすさ、商品説明の伝わり方を細かく拾います。御社の既存雑貨と組み合わせた売場にすることで、食品だけではなく“食べる前後の暮らし”も見せます。ただし、私たちが責任を持つのは食品とその情報です」
宮下が関心を示す。
「既存雑貨との組み合わせ案はありますか」
柚木は資料を切り替えた。
そこには、森本食品の惣菜を中心にした食卓提案と、田宮農園の野菜を使った保存・調理提案の売場イメージがあった。
ただし、以前のように大きなフェアではない。
一台の棚。
上段に商品説明。
中段に食品。
下段に関連する既存雑貨。
横に小さなカード。
『作り手の声』
『購入者の声を返す仕組み』
『保存方法・食べ方』
「派手さはありません」
柚木は言った。
「でも、商品だけを置くのではなく、届くまでの手間と、食べた後の声まで見える売場にしたいです」
紬は、柚木の横顔を見た。
その表情には、もう大きく見せたい焦りはなかった。
小さくても、ちゃんと売場にする。
その覚悟があった。
野上が、静かに言った。
「面白いです」
川辺が少し驚いたように野上を見る。
野上は続けた。
「当社の通常の売場企画とは違います。正直、売上規模は小さいでしょう。ただ、地域商品企画の課題を検証するには、一店舗で密度高く見る方が意味があるかもしれません」
宮下も頷いた。
「販促としても、“まず一店舗で丁寧に検証する”という見せ方はできます。ただ、過度に美談化しない表現が必要ですね」
美崎がすぐに言う。
「そこは一緒に作らせてください」
川辺は、まだ慎重だった。
「社内で通すには、十店舗案との比較が必要です。一店舗案だけでは弱い」
進藤が答えた。
「承知しています。比較資料はこちらでも作成します。十店舗展開を現時点で受けられない理由も、負荷とリスクを含めて提示します」
一ノ瀬が加える。
「三店舗案も試算します。ただし、初回で推奨するのは一店舗です」
野上は、少し考えてから言った。
「分かりました。一店舗検証案として、当社内で再度検討します」
紬は、静かに息を吐いた。
終わらなかった。
また、話は続いた。
野上は最後に紬を見た。
「星野社長」
「はい」
「正直、御社の提案は簡単ではありません。当社側の手間も増えます」
「はい」
「ただ、簡単な企画では見えないものが見える可能性があります」
その言葉に、紬の胸がわずかに熱くなる。
「ありがとうございます」
「次回までに、当社側でも一店舗検証の社内説明が可能か確認します。御社側では、取引先候補と現場条件をもう少し具体化していただけますか」
「はい。持ち帰ります」
面談が終わり、画面が暗くなった。
小会議室に、しばらく沈黙が残る。
最初に息を吐いたのは柚木だった。
「通ったんでしょうか」
進藤が答える。
「まだです」
「ですよね」
「ただ、閉じませんでした」
一ノ瀬が資料を閉じた。
「次は、数字の精度が問われます」
美崎も言った。
「言葉もです。美談にせず、地味にしすぎず、売場として成立させる表現が必要です」
加賀は、紬を見る。
「よく言ったな」
「何をですか」
「できません、って」
紬は、少しだけ肩の力が抜けた。
「怖かったです」
「だろうな」
加賀は、短く笑った。
「でも、言わなきゃ始まらねえ」
柚木が、紬に向かって小さく頭を下げた。
「星野さん、ありがとうございます」
「どうして柚木さんが謝るんですか」
「私、まだ少しだけ三店舗にしたかったです。十店舗は無理でも、三店舗なら大手に近づける気がして」
柚木は、自分の資料を見つめた。
「でも、今日、一店舗案を説明していて思いました。小さくすることは、諦めることじゃないんですね」
紬は、静かに頷いた。
「はい」
「ちゃんと見るために、小さくするんですね」
その言葉に、美崎が優しく微笑んだ。
一ノ瀬も、わずかに表情を緩めた。
進藤は、いつもの穏やかな声で言った。
「では、次の仕事に移りましょう。一店舗案を、取引先と現場に持っていける形にします」
加賀が立ち上がる。
「倉庫だな」
柚木もすぐに立ち上がった。
「私も行きます」
「スニーカーで来いよ」
「はい」
そのやり取りに、紬は少しだけ笑った。
五人が、それぞれ動き出す。
進藤は全体の段取りを組む。
一ノ瀬は数字を見直す。
美崎は言葉を整える。
加賀は現場へ向かう。
柚木は売場案を抱えて走る。
紬は、その背中を見ていた。
前は、五人が自分を囲んで守ってくれているように感じていた。
今は少し違う。
五人は、それぞれの方向へ走りながら、同じ一点へ戻ってくる。
その中心に立つことの怖さとありがたさを、紬は同時に感じていた。
夕方、紬は倉庫へ向かった。
北側区画の棚の前で、黒川、加賀、柚木が箱を並べている。
店頭用に見せるなら、箱の高さをどうするか。
ラベルはどこに貼るか。
店舗スタッフが開けやすいか。
返品時に状態確認しやすいか。
ただの箱に見えるものを、三人は真剣に見ていた。
黒川が、紬に気づいて言った。
「一店舗になったそうですね」
「まだ決まっていません。でも、一店舗検証案として話は続いています」
黒川は、箱を一つ持ち上げた。
「一店舗なら、確認できます」
その言葉は短かった。
けれど、紬には大きかった。
「ありがとうございます」
「ただし、楽ではありません」
「はい」
「店頭用の梱包は、ECより気を使います。店舗で見られる。触られる。戻る可能性もある。そこまで考えてください」
「はい」
柚木が、箱の中の仕切りを指差した。
「ここ、少し変えた方がいいですか」
黒川は、すぐには答えず、実際に商品サンプルを入れてみせた。
「見た目だけなら今のままでいい。でも戻ってきた時に崩れやすい」
「戻ってきた時……」
「売れる前だけ見るな」
黒川の言葉に、柚木は真剣に頷いた。
「はい」
紬は、その光景を見ながら、胸の奥に静かな温かさを感じた。
柚木が、黒川に教わっている。
黒川も、拒絶するのではなく教えている。
加賀は少し離れた場所で、二人のやり取りを見守っている。
そこに、小さな信頼の形があった。
夜、本社に戻った紬は、社長室で今日の面談メモを開いた。
『現時点で十店舗はお受けできません』
自分で言った言葉が、画面の中に残っている。
怖かった。
今でも、正しかったのか分からない。
でも、あの場でできる最も正直な答えだった。
紬は、ノートを開いた。
『できませんと言うことは、諦めることではない。できる形を守るための線を引くこと。』
その下に、もう一つ書いた。
『一つの棚から始める。そこに関わる人の顔を、最後まで見失わない。』
窓の外には、夜の街が広がっている。
どこかの店舗では、今日も棚が整えられ、商品が並べられ、誰かが手に取っている。
その一つの棚を作るために、どれだけの人が動くのか。
紬は、少しだけ分かり始めていた。
大手の扉は、まだ完全には開いていない。
けれど、無理に押し開けるのではなく、自分たちの幅で通れる扉を探す。
そのために、五人がいる。
現場がある。
大学で受け取った問いがある。
紬は、机の上の一店舗検証案に手を置いた。
小さな資料だった。
でも、その小ささの中に、今の藤堂物産が守ろうとしているものが詰まっていた。
一つの棚から始める。
そこからしか、次の景色は見えない。




