第十四章
アーバンタウン北千住は確かに高級マンションの名にふさわしい物件だった。
地上14階の部屋それぞれにぴかぴか光るガラスのバルコニーがあり、やはりガラス張りの入り口のすぐ先には吹き抜けのエントランスがある。
──呆れるほど豪華だな。
まさに、成功者の住まいだ。
幸都は管理会社に連絡し、玄関のロックを解除して貰いエントランスホールに入った。
篠本の部屋は最上階のプレミアムフロア、1402号室。やや迷ったが、小細工無しにエレベーターのボタンを押した。
静かに自動扉が開き、上昇しているのかも分からない滑らかさで、彼は14階に到着する。
カーペットが敷かれた廊下はショーウィンドゥのように明るく、どこか現実感を欠いた。
ショルダーホルスターからSIG P226を抜く。
今度はキング・ジムのように失敗する訳にはいかない。何せ一人だ、あの時は加東の登場により喰い殺される運命を回避したが、今回彼の頼もしい仲間はそれぞれ散っている。
再び凶人に組み敷かれたら、終わりだ。
幸都の脳裏に、妻の聖女のような顔がよぎる。
再びあの美しい妻を抱きしめるためにも、死ねない。
──恵麻、待っていてくれ。
幸都は足音を消して1402号室の扉の前まで歩いた。
インターホンは不必要だ。警察手帳を見せびらかして、既に鍵となる磁気カードは受け取っていた。
磁気カードをそっとドアノブの上に近づける。
かちり、と解錠の音がした。
ここで幸都は深呼吸する。実は万が一があるのだ。
頼りは小さな折り鶴と不可思議な生活費だけだ……偶然の悪魔が潜んでいるかも知れない。
──篠本が宝くじでも当ててたら、小さな折り鶴が今の流行りなら……。
しかし、もし凶人関連ならば、ここで逃せば国家の危機に直結する可能性もある。
幸都は呼吸を整え雑念を払い、銀色のノブを回した。
扉をがばっと開けて、拳銃を構えたまま1402号室に突入する。
「警察だ! 動くな!」
玄関には誰もいない。間接照明がぼんやりと辺りを照らしているだけだ。
幸都は靴を履いたまま上がり、リビングルームの扉を開いた。
大きな窓から都会の夜景が見渡せる広い部屋だった。天井のLEDライトはつけっぱなしにされていて、中心に大きなベッドが二つ置かれている。人の気配はない。
どうやら寝室+etcとして使われていたようだ。今は誰もいないが、女の香がどこかに残っている。.
──空気が淀んでいる。嫌な臭いだ。
浅く呼吸をし、ダイニングルームの扉を開く。
人影があった。
「動くなっ!」
幸都は拳銃を構える。
篠本大志は、口辺に笑みに浮かべて待っていた。
星の海が写り込んでいるような窓の傍らに漆黒の長テーブルがあり、その一番端の椅子に、彼は座っている。
まるで幸都の来訪を知っていたかのように、高級なスーツで、恵まれた身体を装飾していた。
「ようやく来たか、刑事さん」
篠本が親しい者にでもするかのように片手を上げ、時刻故に鏡のようになった窓ガラスに、その様子が映る。
「篠本大志だな?」
「ああ、そうだよ。ちゃんと調べてきたんだろ?」
「お前には重要な容疑がかかっている」
「うん、僕が『凶人』だ、て奴だろ」
密かに幸都は驚く。目の前の男は『凶人』を知っている。つまり、警察内の情報が漏れている。
──機密情報が漏洩しているのか……。
「そうだね」と篠本は窓に写る自分を眺めた。
「確かに僕は『凶人』だ」
幸都の人差し指に力が入る。このまま引き金を引きべきだ、彼の中の誰かが主張し、この男の正体を見極めろ、ともう一人の誰かが囁く。
「戸田亜美を殺したのはお前か?」
幸都は後者を選んだ。『凶人と話すな』、これは『特務処理』官の鉄則だ。だがどうしてか、今の篠本とは言葉を交わしておきたかった。
「亜美ちゃんか……」篠本は思い出すように目を一瞬つむる。
「確かに、亜美ちゃんは僕が食べた……でも、それがなんだと言うんだ? 大衡さん」
「何だと?」幸都は密かに身構えた。
──俺の名前を知っている? 何故だ?
「大衡さんは、ヴィーガン? 野菜を作る畑も、農薬や開墾で動物や虫を犠牲にしている事実を考えられない人?」
幸都は拳銃で篠本の頭を狙う。これ以上の『会話』は危険だ。
精神耐性が高い故に『特務処理』官に回された幸都だが、本物の凶人との接触で、どれくらい『影響』を受けるか、未知数だ。
「あんただって、喰うでしょ? 牛や豚や鶏、それと同じだよ」




