第十五章
「何?」そればっかりは認められない。
「人を喰うことが、牛や豚を食べることと同じだ、とでも言うのか?」
「そうだよ」篠本は深く椅子の背にもたれる。
「ふざけんな! お前がやっているのは人殺しだ! 犯罪者なんだよ、お前は!」
「だからさ、どうして、犯罪者、なんだい?」
篠本が右側の窓から、灯に光る銀河のような街を眺めた。
「牛や、豚を殺して食べるのはいい、人間を食べるのはダメ……なんで?」
篠本の顔が、嘲りに歪んだ。
「まさかあんた、鯨を食っちゃダメって傲慢な神気取りの連中と同じメンタルなの? 自分を神の似姿だと思い上がっている、真の意味の差別主義者達」
「違う!」幸都は激しく頭を振る。
「なら、理解してくれてもいいだろ? 僕たちの人間の肉への嗜好を」
「出来るわけないだろ! 貴様らは社会を破壊しているんだ!」
「社会を、破壊? それは違うよ。僕らは、この『世界』から望まれて誕生したんだよ」
「何を言っている!」
嫌悪感に顔をしかめる幸都の前で、篠本が視線を天井に浮かせた。
「人間、てはのそんなに高尚かい? 人間の社会は、それほど優れている? いいや。あんたも知っているはずだ。
『人間の社会』が地球に行っている破壊行為を……大気は汚染され、森林は失われ、海はビニール袋だらけ、資源のためにあちこちの地面に穴を穿ち、山を削り、どうしてか捕鯨だけに拒否反応を起こし、鯨の大量繁殖による生態系のバランスを顧みる知能もない、
……あんたらが『凶人』と呼ぶ僕らは『答え』なんだよ、地球のね」
「地球? いきなりどんな話しだ! この異常者が!」
「異常者か? それは地球に住む他の生命を尊重できず、ぶくぶくと太り、ただ資源と命を犠牲にして、爆発的に増えていく生命体の事だと思うけどね……つまり普通の人間だ」
──コイツ、頭でもおかしいのか?
幸都は目の前で得々と話す男が、人間に見えなくなっていた。
「僕らはね、その人間の『天敵』なんだよ。
今まで人類には『天敵』がいなかった。だから異常に増殖したんだ。だから世界は僕らを生んだ。人間の『天敵』として。しかし僕らも人間だ、故に自滅装置を仕込んである」
「……自滅……」
「プリオン病だよ……僕らはみんな、プリオン病に感染している……じきに立つ事さえままならなくなり、死ぬ……あんた達『特務処理』係は、無駄なんだよ」
「むだ、だと?」
「そうだよ。僕らは確かに人間を主食としている。
だけど、僕らは同時に人間だ。つまり僕らが人類社会を脅かす事はないんだよ。だってそうだろ? 人類社会を破壊して人類がいなくなったら、僕らは誰を食べればいいんだ?」
篠本がふっと相好を緩める。
「だから僕たちのコミュニティは結局、限定される。あんたらの呼ぶ『凶人』に耐性を持つ人間も世の中には少なくはない。
そして、僕らは食人に付きもののプリオン病で自ら滅んでいく。ほら、『特務処理』の必要はない。僕らを放っておいて欲しいな」
「無理だな」幸都は篠本の言葉を切り捨てた。
「その間に何人の人が失われるんだ? 誰かの愛する誰かを、お前達は殺して喰らう。だから俺達は狩るんだ。お前達は何を言おうとも、社会を破壊する害悪だ」
「そっか」と失望したように、篠本は大きく息を吐いた。
「わからないなぁ、そんなにこの世界の社会は大事かなぁ?」
「当たり前だ! 人類が長い間争って、ようやくこの段階の平和な文化を手に入れたんだ!」
「へいわ」くっくっく、と篠本は笑った。
「何だ、大衡さん、何も知らない人じゃないか」
「どういう意味だ」
「……あのさぁ、大衡さん、企画営業って知っている?
まあちゃんとして語義の企画営業もあるけど、僕のいた広告会社は違った。簡単に言うと、営業した先の宣伝広告を紙面に載せるんだけど、企画営業は、営業の他に、コピーライティングも広告のデザインもしなければいけない。
つまり営業がデザイナーやコピーライターも兼業しているんだ。
当然、未経験からだぜ。それでいてノルマはあるし、バカなマッチョが偉そうに朝から大声張り上げて、テレアポ十件百件と怒鳴る。
でも僕は必死にがんばった……低い給料で、毎日の食さえも満足に選べなかった……なのに、社長は違う。
社長は会社の金でクルーザーを買っていて、誕生日の日には女の子を集めて大パーティ……これが、平和で文化的な『社会』かい?」
篠本の瞳に、形容しがたい輝きがたゆたう。
「僕は限界だった、限界で限界で、おかしくなりそうだった……そんな時、女神にあったんだ」
うっとりと篠本の顔が、夢を見ている少年の物となる。
「誰よりも美しく、誰よりは優しい……僕の女神……」




