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第12章 策謀を巡らせる神徒

 「しくじったようだな」

 アミターバは穏やかな口調で言った。

 だが、その目の奥にある非情を、ジュナは分かっていた。

 「申し訳ありません」

 ジュナは深々と頭を下げた。

 「私の想像以上に、ガルティラーマが頑張ったものですから」

 「あまり上手くない言い訳だな。それで、どうするのだ」

 「もちろん、尻拭いは自分でするつもりです。今度は、私が出陣します」

 「ほう、ジュナが戦うのか」

 興味深そうに、アミターバが言った。


 「それほどまでに、ガルティラーマは強いということか」

 「いえ、そこまで強いとは思いません」

 ジュナはキッパリと否定した。

 プライドの高さが、その表情に滲み出ている。

 「少なくとも、私を脅かすほどの存在ではないでしょう。しかしながら、再び別のペットを送り込んで失敗する確率を考えると、私が行くという方法を選択しようかと。失敗は一度で充分ですので」

 「それで、お前が行けば間違いが無いというわけか」

 「いえ、まだ確実ではありません」

 ジュナの返答に、アミターバは意外だという顔をした。

 「分からんな。ガルティラーマは、お前を脅かすほどの存在ではないのだろう。ならば、どんな不安材料があるというのだ」

 「私の計算上は、シンバンドゥーでも容易に倒せるはずだったのです。にも関わらず、ガルティラーマは戦いに勝った。正確なはずの計算を狂わす何かを、奴は持っているのかもしれません。もちろん自分が出て行けば、必ず勝てると信じています。ですが、微々たる確率ながらも、負ける可能性を我が頭脳が示しているのです」


 「それで、どうするのだ?」

 アミターバは頬杖をついて尋ねた。

 「ある作戦を立てました」

 ジュナは静かに言った。

 「そこで一つ、アミターバ様にお願いがあるのです」

 「言ってみろ」

 「スカーヴァティーに、奴を招き入れる許可を与えていただけませんか」

 「何を言い出す?」

 珍しく、アミターバが困惑の表情になった。

 「いえ、この庭園に入れて欲しいとは申しません。果ての地を使わせていただければ」

 「なるほど、そういうことか」

 アミターバは、ジュナの意を察した。

 「お前は、黄金の砦を使う気なのだな」

 「ええ」

 ジュナが深くうなずく。


 果ての地とは、その名が示す通り、スカーヴァティーの果てにある広大な土地だ。そこはスカーヴァティーにおける唯一の荒野であり、住人はいない。

 その荒野に、黄金の砦は築かれている。

 そこは遥か昔、アミターバと修羅族の間に反目が生じ、戦争の危機が勃発した時に設けられた場所だ。幸いにもマハー・ヴァイローチャナの仲裁によって戦争は回避されたが、砦は取り壊されずに残されている。

 砦は黄金の煉瓦による城壁で囲まれており、中は正方形の平地となっている。砦の内側には、アミターバの特殊なパワーが投射されている。それにより、砦の中では、アミターバの祝福を受けた神徒の能力が通常より上昇するのだ。


 「あの砦のパワーを借りねばならぬほど、ガルティラーマは手強いのか」

 アミターバが尋ねた。

 「念には念を入れて、ということです。アミターバ様も御存知でしょうが、私は100パーセントの確率を望みますので」

 「だが、砦の使用許可を出したとして、どうやってガルティラーマを誘い込むのだ?奴が何の理由も無く、呼び出しに応じるとも思えんが」

 「そこは、ちゃんと考えてありますので」

 ジュナは瞳の炎を揺らめかせ、ニヤリと笑った。


 ***


 ダクーラは、ナラカの神殿でヤマラージャに接見していた。

 呼び出しを受け、ガルティラーマや人間界に関する報告を求められたのだ。



 「ヤマ殿下、やはりアミターバ様は仕掛けてきましたね」

 一通りの報告を終えた後、ダクーラが言った。

 「アミターバは、おとなしく黙っているような奴ではないからな。あいつは常に強硬だ。だからこそ、こちらとの契約も一方的に終わらせたのだ」

 ヤマラージャは、眼前にアミターバがいるかのように不快そうな表情を浮かべた。

 「しかし、これほど早く暴力に訴えるとは思いませんでした。アミターバ様も、かなり怒っているようですね。きっと、それを表情には出さないのでしょうが」

 ダクーラは皮肉っぽい言い方をした。

 「あいつは基本的に戦いが好きなのだ。それを普段は抑制しているから、こういう機会になると、ここぞとばかりに本能が疼くのだろう」

 「それにしても、いきなりジュナが出て来るとは思いませんでした。しかも、次は彼が自ら戦う気配です。ガルティラーマも、大変な相手と戦うことになりましたね」

 そう言ってダクーラは軽く息を吐いた。ジュナと戦ったことは無かったが、アミターバが戦闘において最も信頼している神徒だという情報は知っている。もっと下の連中を差し向けるだろうと、ダクーラは予想していたのだ。

 「そうだな、どう考えても、ガルティラーマは殺されるだろう。相手が悪いな」

 まるで他人事のように、ヤマラージャはそっけなく告げた。


 「それで、対策は打たないのですか」

 「何の対策だ?」

 「ジュナへの対策です」

 「それは、ガルティラーマを助けろという意味なのか」

 「形としては、そうなりますが」

 「トゥルダクでも差し向けるか」

 ヤマラージャは笑いながら言った。三途の川の番人を人間界に送ることなど、出来るはずも無いし、もちろん彼は微塵も考えてはいない。

 「そこまでしてやることもないだろう。最初から、ガルティラーマが狙われることは想定済みだ。それも考慮して、罪人処刑係を神徒ではなく人間から選んだのだ」

 「そうですね、使い捨てに出来るということで、人間を変身させたのでしたね」

 ダクーラも、そのことは計画が始まった当初から聞かされていた。その上で、安登間武浪を実験台に選んだのだ。


 「今さら、奴に情が芽生えたわけでもあるまい、ダクーラ」

 からかうように、ヤマラージャが言う。

 「そんなことはありませんが」

 ダクーラは真顔で否定した。

 「ならば、放っておけばいい。ガルティラーマが死ねば、計画を次の段階に移す。それだけのことだ」

 「ええ、彼が死ねばの話ですが」

 ポツリとダクーラが言った。

 その言葉を、ヤマラージャは聞き逃さなかった。


 「おいダクーラ、まさか、ガルティラーマがジュナに勝つとでも思っているのか。どこからどう見ても、勝ち目など無いぞ」

 「ええ、それはそうなのですが」

 馬鹿にしたようなヤマラージャの態度も気にせず、ダクーラは真剣な顔付きで語る。

 「おかしな話ですが、ひょっとするとガルティラーマがジュナを倒すのではないかと、そう思っている自分がいるのです」

 「ほう、それは面白い。なぜ、そんな風に思うのだ」

 「分かりません。特に根拠があるわけではないのです。ただ、シンバンドゥーとの戦いでガルティラーマが発揮した能力は、私が彼に与えたレベルを超えているのです」

 「と言うと、本来は負けるはずが、勝ったということか」

 関心を持ったらしく、ヤマラージャの表情が変化した。

 「そうです。苦戦はしましたが、最終的には勝ちました」

 ダクーラが言う。

 「以前から、奴を突き動かす原動力は尋常ではないと感じていました。しかし、これほどまでとは。強い思いが、極限を超えた能力を生み出すことがあるのかもしれません」

 「ふむ、それは気になる意見だな」

 「もちろん、これは私の勝手な考えですが」

 「いや、本当にガルティラーマは、与えた以上の能力を身に付けたのかもしれない」

 「だとすれば……」

 「しかし、そうであったとしても」

 ヤマラージャはダクーラの言葉を遮り、冷淡な口調で言う。

 「ジュナに勝つ見込みは、万に一つも無いな」


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