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第10章 極楽の密談、地獄の会談

 「それで、どのような結果になった?」

 アミターバは庭園のベンチに浅く腰掛け、帰還したジュナに報告を求めた。

 ガルティラーマが推測した通り、ジュナはスカーヴァティーの住人である。しかし寿命を全うした人間ではなく、神徒と呼ばれる非人間だ。神徒とは神の従者であり、神から授かった特殊な能力を持っている。

 ちなみにダクーラも、ヤマラージャの神徒である。元々は人間だが、寿命を全うせずにナラカへ行き、ヤマラージャの神徒になったのだ。

 ジュナは、アミターバが最も信頼する側近だ。彼はアミターバの指示を受け、人間界に赴いて行動していたのだ。


 「残念ながら、ガルティラーマは交渉に応じませんでした」

 ジュナは姿勢を正し、そう告げた。アミターバの前ではサングラスをしていない。神が炎の瞳に翻弄されることなど無いからだ。

 「まあ、想定内だな」

 アミターバは無表情で言う。交渉を持ち掛けるようジュナに指示したのはアミターバだが、それで事が収まるとは当初から考えていなかった。


 「それで、そのガルティラーマという男、強いのか」

 「ええ、それなりに骨のある相手ではありますね」

 「その言い方は、しかし自分の敵ではないという感情が含まれているようだな」

 「向こうも最大限の能力を披露したわけではないでしょうから、断言は出来ませんが。しかし、まあ私が出るまでもないかと」

 ジュナが薄ら笑いを浮かべた。

 「すると、誰か下僕を使うつもりか」

 「ええ、シンバンドゥーを使おうと思っています」

 「あいつか」

 アミターバが顔をしかめた。


 「あの野獣を、まだ可愛がっているのか」

 「そんなに嫌悪しないでください。あれでも一応、私の大事なペットなのですから。それに、アミターバ様にもスカーヴァティーにも、迷惑は掛けておりません」

 「当然だ、迷惑を掛けるようなことがあれば、すぐに追放する」

 アミターバは言いながら、ベンチに深く座り直した。

 「しかし、お前に免じて許しているが、本当は今すぐにでも追い出したいぐらいなのだ。あのような醜い生き物を、私は見たくない」

 「そこを普段から我慢していただいているので、恩返しとしてシンバンドゥーに働かせようと考えたのです」

 「まあ凶暴性に関しては、充分すぎるほどのものを持っているからな。きっと、そのガルティラーマとやらを始末してくれるだろう」

 「ええ、それは間違い無く」

 ジュナは自信を持ってうなずいた。


 ***


 「どうなっているんだ?」

 住処に戻ってすぐ、俺は待ち受けていたダクーラに尋ねた。

 「いきなり質問か。これは参った」

 飄々とした調子でダクーラが言う。

 「しかし何を聞きたいのか言わないと、答えようが無い」

 「お前が指示した通り、俺は廃校へ行った。だが、そこで待っていたのは標的ではなく、ヤクザの連中で、しかも命を狙ってきた」

 「相手は違ったが、凶悪犯という意味では同様だ。ナラカへ送り込むには、ふさわしいじゃないか」

 ダクーラは冗談めかして言った。

 「ふざけるなよ。なぜ標的がいなかった?それに、そのヤクザと一緒にいた奴は何者だ?ジュナと名乗っていたが」

 「とりあえず落ち着け、ガル」

 「その呼び方はやめろ」

 俺は怒鳴った。


 「まだ名前を気にしているのか、くだらない。まあいい、とにかく、まずは標的がいなかったことについて説明しよう」

 ダクーラは顎を撫でながら告げた。

 「断っておくが、私のミスではない。ただし、結果的には間違った情報を教えたことになった。それは、向こうに情報を知られたからだ」

 「向こうとは?」

 「スカーヴァティーだ」

 「やはり、そうか。ジュナという奴も、スカーヴァティーの手先だな」

 「そうだ。我々がお前をどこへ送り込むか、どの犯罪者を殺害させるかという情報を、ジュナは事前にキャッチしたに違いない」

 「そして標的を別の場所に移動させるなりして、そこで待ち伏せしたということか」

 「優れた推理力だな。たぶん、そうだろう。ただし、奴が単独で動いているわけではない。その上には、アミターバ様がいる」

 ダクーラは、アミターバに「様」を付けて呼ぶ。

 対立する相手であろうと、目上の存在としての敬意はあるようだ。


 「しかし情報を知られたということは、あっちの方が力は上だということか」

 俺は聞いた。

 「そうではない。そういう方法を取ると分かっていれば、こちらも対策は取る。今回は、向こうの作戦が成功したということだ」

 「俺を誘い出すために、そんな作戦を実行したのか」

 「そうだろうな」

 「ジュナという奴は、俺に罪人の処刑係から外れろと要求してきた。邪魔者は排除しようということか」

 「察しがいいな。ハンターを人間界に送り込むという我々の実力行使に対して、今までは放置していたが、もう様子見の期間は終わりということなのだろう」

 「だったら俺のような下っ端ではなく、本丸を攻めないと意味が無いだろう」

 「ヤマ殿下に対して戦争を仕掛けろとでも言うのか」

 「そこが本丸だろうに」

 「正気か?」

 ダクーラは馬鹿にするように笑った。


 「何が可笑しいんだ?」

 「それはスカーヴァティーとナラカの全面戦争という意味だぞ。そんなことをしたら、どちらかの世界が滅びてしまうかもしれない。仮に勝利したとしても、ナラカが滅びたら六界の調和が崩れ、スカーヴァティーにも大きな悪影響を及ぼすだろう。さすがに、そこまでアミターバ様は愚かではないだろう」

 「それで、何の影響も無い、俺のような雑魚を選んだということか」

 俺は皮肉っぽく言った。

 「表現は悪いが、そういうことだ」

 ダクーラは否定しなかった。

 「つまりスカーヴァティーは、これから俺を狙ってくるということだな」

 「そうだ。ただし、もう情報を盗んで誘い出す方法は取れない。それを阻止するよう、こちらも対処するからな」

 「ここへ来る可能性もあるということか」

 「いや、ナラカまで来てお前を襲うことは出来ない。スカーヴァティーの住人で、許可無くナラカに入れるのはアミターバ様だけだ。だから襲う場所は人間界ということになる。そうなると、今度はどうやってガルを誘い出すのか、気になるところだな」

 「お前、楽しんでいるんじゃないだろうな」

 俺は疑いの眼差しでダクーラを見た。

 「とんでもない。向こうの出方が本当に気になるのだよ」


 「それにしても、変じゃないか」

 俺は疑問をぶつけた。

 「アミターバってのは死んだ人間を全て救おうという神様だろう?それなのに、殺しを実行してもいいのか」

 「何も矛盾することは無い。神だって、理由があれば殺戮もする。忘れたのか、アミターバ様が神なら、お前を処刑係にしたヤマ殿下だって神なのだぞ」

 「それは、そうだが」

 俺は言葉に窮した。俺の中では、死者を救うアミターバと、死者に罰を与えるヤマラージャは、全く別の存在だった。

 しかし言われてみれば、確かに両方とも神なのだ。


 「それで、どうするんだ?」

 「何がだ?」

 「アミターバやジュナが、俺の命を狙ってくるんだろう?それに対して、どういう対策を考えているのかと聞いている」

 「それは簡単だ。向こうが送り込んでくるであろう刺客を、お前が倒せばいい」

 あっさりとダクーラが言う。

 「それは、何の手助けもしてくれないということか」

 苛立ちを込めて、俺は尋ねた。

 「向こうがルール違反を犯せば、こちらとしても対応はする。だが、刺客を送り込んでくるという方法を取るならば、こちらとしては正々堂々と受けて立つだけだ。すなわち、お前に戦ってもらう」

 「あっちは神なんだぞ。本気になったら、勝てるはずがない」

 「心配するな、お前は自分が思っている以上に強い。それに、アミターバ様が直接、その力を振るうわけではない。何とかなるだろう」

 「他人事だと思って、気楽に言うな」

 俺はダクーラを睨み付けた。


 「やはり、お前は悪党だな」

 「だったら、アミターバ様やジュナが善だとでも言うのか」

 「お前が悪なんだから、そうかもな」

 廃校で見た限り、ジュナが善だとは思えなかったが、ダクーラへの憤りが、そんなセリフを俺に言わせた。

 「いや、それは違うぞ」

 ダクーラは軽い調子で否定した。

 「どちらが善で、どちらが悪というわけではない。これはイデオロギーの対立だ。お前は善悪など考えず、ただ向かってくる敵を叩けばいい」

 「どうせ考えようが考えまいが、敵は襲ってくるんだろう?」

 「まあ、その通りだが」

 「だったら、やるしかないじゃないか」

 俺はヤケ気味で言った。


 相手が誰であろうと、やられるわけにはいかない。

 決して死ぬことが怖いわけじゃない。もう俺のような存在は、死んでしまった方がいいのかもしれない。

 しかし、俺が死んだら契約は失効となり、用済みになった水夕はダクーラに殺されるだろう。

 本来は死ぬはずだったのだから。


 だが、そんなことをさせてたまるか。

 俺は胸元のペンダントに目をやり、心に強く誓う。

 絶対に、死ぬわけにはいかない。

 俺の命は、ある意味では水夕の命なのだ。


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