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第9章 怪物と極道、廃校での戦い

 三蛇奇一家本部での取引が成立してから3日後。

 ブレゲの腕時計に目を落とした三奈垣は、午後4時40分を確認した。

 「本当に、ここへ犯人が来るんだな」

 三奈垣が確認のための質問をする。

 「ええ、間違い無く」

 ジュナはサングラスの位置を整えながら、落ち着き払って返答した。

 そこは王浄市郊外にある、廃校となった中学校の講堂である。

 三奈垣とジュナは、石井を始めとする三蛇奇一家の精鋭10名と共に、舞台の上で標的を待ち受けている。


 「この期に及んでも、まだ犯人について詳しく教えるつもりはないのか」

 三奈垣が尋ねた。

 午後3時頃、ジュナは再び三蛇奇一家の本部ビルに現われ、犯人の元へ案内すると告げた。だが、詳しいことは何も語らず、ただ講堂へ行けば現われると告げただけだった。

 「教えても、どうせ信じませんよ」

 ジュナは口元を緩めて言った。

 「それに、知りたければ本人に直接聞けばいいのです。ここに現われるのですから」

 「それはそうだが」

 「まあ、落ち着いて待つことです」

 「う、うむ。そうしよう」

 なだめるように言われ、三奈垣はうなずいた。

 その様子に、石井を除く組員達は不可解な表情を見せる。彼らはジュナのことを良く知らないため、なぜ会長が低姿勢で従っているのか分からないのだ。彼らは三奈垣から、とにかくジュナには逆らうな、彼が失礼な態度を取っても歯向かうなと厳命されていた。


 「ほら、来ましたよ」

 ジュナが講堂の真ん中を指差した。

 全員が一斉に目を向ける。

 するとジュナが指差した方向では、空間に歪みが生じ、暗黒の穴が開いた。

 「なんだ、あれは?」

 石井が漏らした言葉は、全ての組員の心を代表していた。

 だが、ジュナだけは眉一つ動かさない。彼は、それが何かを知っている。


 すぐに黒い穴から、あの怪物が出現した。

 ガルティラーマだ。

 異様な人間型生物の出現に、三蛇奇一家の連中は激しく動揺した。小さい呻き声を発する者、明らかに怯んだ態度を見せる者、軽いパニックで震え出す者。

 「これは、悪夢なのか……」

 石井が固まったまま、ポツリと言った。


 穴は消え、ガルティラーマが辺りを見回した。

 すぐに彼は、舞台の上の面々を捉えた。

 (どうなっているんだ?)

 ガルティラーマは、心の中で言う。

 ここには、爆弾テロの犯人である大学院生が潜んでいるはずだ。そういう情報をダクーラから聞かされて、やって来たのだ。

 だが、視線の先にいるのは、どこからどう見ても極道と称される連中だ。

 それと、何やら奇妙な奴が1人。

 その男からは、神々しさと禍々しさの両方が入り混じったオーラが放たれている。


 「あれが、三奈垣修を殺した犯人です」

 どこか嬉しそうに、ジュナは告げた。

 「さあ皆さん、やるべきことをやってください。復讐を果たしてください」

 しかし石井達はガルティラーマを見つめたまま、全く動こうとしない。想像力の外にある敵が現われたため、脳の命令中枢が一時停止し、どう動けばいいのか肉体が迷っているのだ。


 そんな中で、三奈垣は違っていた。彼だけは、驚愕よりも復讐心が先行した。舞台を降りて腰のベレッタM92を手に取り、ガルティラーマに向けながら歩いていく。

 「貴様、死ねっ」

 そう叫び、いきなり彼は発砲した。

 その弾道は、ガルティラーマの太股の辺りへと向かう。

 だが、それは命中しなかった。

 ガルティラーマは発砲の瞬間、鷲のように飛び上がった。その肉体は一陣の風となり、講堂の天井スレスレまで到達した。

 急に視界から標的が消え、三奈垣は焦った。彼には、ガルティラーマの動きが見えていなかった。左右を見回すが、どこにもいない。

 「くそっ、どこだ」

 「上ですよ」

 背後から、ジュナが冷静に告げた。戦いの緊張感には似つかわしくない、淡々とした口調だった。


 三奈垣はパッと見上げた。その時には、既にガルティラーマが上空2メートルの距離に迫っていた。彼は天井から急降下し、スピードを速めて接近したのだ。

 慌てて三奈垣が拳銃を構えようとするが、間に合わない。

 ガルティラーマは空中で勢いを緩めずに体勢を整え、三奈垣の脳天に手刀を落とした。

 まるでスイカ割りのように、三奈垣の頭がパックリと真っ二つに割れた。

 ガルティラーマはスタッと着地し、三奈垣の鼻筋まで到達した手刀を抜いた。すぐに後方へジャンプし、距離を取った。

 脳を露出させた三奈垣の頭部から、血の噴水が沸き上がった。それでもまだ、彼には生命が残されていた。虫の息で、彼は口を動かした。

 「お前が、息子を殺したんだな」

 弱々しくも憎しみに満ちた質問を、三奈垣は投げ掛けた。それは、父親としての執念だったのかもしれない。相手が日本語を理解するのかどうかなど、考えもしなかった。いや、もはや彼の中に、まともな思考能力など残されていなかった。


 「息子?」

 幸いなことに、ガルティラーマは日本語が理解できた。しかし質問の意味が分からず、彼は重厚な口調でそう聞き返した。

 「三奈垣修は俺の息子だ。なぜ殺した?」

 「……なるほど、父親というわけか」

 ガルティラーマは理解した。

 答えを待つ間に、三奈垣はガルティラーマにベレッタの狙いを定めようとする。だが、思うように腕が上がらない。

 「奴は地獄へ行くべき凶悪犯だった」

 ガルティラーマは、淡々と答えた。

 「だが、その父親が、なぜここにいる?」

 そう尋ねたガルティラーマだが、三奈垣は返答する力を失っていた。

 三奈垣はヨロヨロと3歩、後ろに歩いた。自分の意思で歩いたわけではなく、足がふらついたのだ。

 そこでグシャッと潰れるようにして倒れ込み、彼は動かなくなった。

 絶命。

 それが彼に訪れたのだ。


 皮肉なことに、三奈垣の死によって、石井や組員達の金縛りは解けた。親分を殺された怒りは、彼らを蛮族に変えた。怪物に対する恐怖は消え失せ、報復への使命感が肉体を突き動かした。

 「てめえっ、よくも会長を」

 石井が怒鳴り、舞台から飛び降りてグロック19を構えた。他の組員達も後に続き、マカロフを握った。

 「殺せ、奴を殺せ」

 石井の号令で、組員達がガルティラーマを取り囲むようにしながら一斉射撃を開始した。 最初の発砲のタイミングで、ガルティラーマは高くジャンプして回避しようとした。だが、ちょうど頭の高さにナイフが飛来した。それをかわそうと体を屈めたために、跳躍のタイミングを失った。

 ガルティラーマは視界の奥に、冷笑するサングラスの男を確認した。ナイフは、ジュナが投げたものだった。

 連続する激しい発射音が、講堂に響いた。回避行動を妨害されたガルティラーマは、銃弾を体全体に浴びた。首に、胸に、腕に、脚に、弾丸が突き刺さる。

 ガルティラーマは、その場でうずくまり、動かなくなった。


 「死ねっ、死ねっ、死ねっ」

 石井は、取り憑かれたように同じ言葉を繰り返す。他の組員も、鬼の形相で引き金を引く。あっという間に、全員が弾を撃ち尽くした。

 銃声の余韻が、講堂の中で共鳴する。

 石井と組員達は、仕留めた標的をじっと見つめた。

 グラリ。

 怪物の体が揺れた。

 だが、それは命を落として倒れ込む際の動きではなかった。

 そのまま、むっくりと彼は立ち上がった。

 ガルティラーマは両腕を真横に伸ばして胸を張り出し、グッと全身に力を込めた。

 その途端、体に刺さっていた全ての弾丸は、ポトポトと床に落ちた。


 「馬鹿な……」

 石井が呆然と立ち尽くし、思わず銃を落としそうになった。他の組員達は、顔面蒼白となった。

 あれだけの弾丸を受けて、死なないはずがない。

 それでも死なないとすれば、そいつは普通の生き物ではない。

 怪物だ。

 「拳銃で無理なら、もう戦えませんか」

 背後から、ジュナの鋭い声が響いた。

 弾かれたように振り返る石井達。

 「ボスを殺されたのですから、徒手空拳でも命懸けで戦いなさい。全員で襲い掛かれば、何とかなるかもしれませんよ」

 説くようにジュナが言った。彼はサングラスを外し、石井達を見た。瞳の中の炎が、粘るように揺れた。それに合わせるように、石井達の体も左右に揺らめいた。

 「さあ、行きなさい」

 ジュナは、再びサングラスを掛けた。


 石井達はガルティラーマに向き直った。彼らの中から、不安や恐怖が消滅していた。達観したように、全員の顔が「無」になっていた。まるで催眠術にでも掛かったかのようだった。

 実際、ジュナが特殊な能力を使い、彼らを瞬時にして戦闘機械に変えたのだった。

 石井達は懐から匕首を取り出し、ガルティラーマに襲い掛かった。

 次々に突き出される刃。

 それは歪んだ光を放つ鋭敏な凶器だ。

 ガルティラーマは彼らの頭を超えてジャンプし、体を捻りながらパンチを放った。

 グシャッ。

 1人の組員が顔面を破壊され、その場に崩れ落ちた。

 だが、残った面々は意に介さず、ガルティラーマに突撃する。


 ガルティラーマはバック転で距離を取った。体を真横に倒し、空中できりもみ回転しながら敵の一団に突っ込んだ。4人が脇腹を抉り取られ、1人が腹を突き破られて、それぞれ絶命した。

 殺意の群れを通過したガルティラーマは着地し、すかさず反転してダッシュした。最も手前にいる男の膝に左足で飛び乗り、それを踏み台にして右の飛び蹴りを別の男に放った。 首の骨を粉砕され、1人が倒れる。

 ガルティラーマは空中で体を縦回転させ、後ろ回し蹴りを見舞う。また1人、今度は石井が命を終わらせた。

 残る2人が、体を押さえ付けようと両手を伸ばして挑みかかって来た。ガルティラーマは、1人の突進を前蹴りで弾き返し、もう1人の頭を脇の下に抱え込んだ。そのまま強烈に絞り上げ、頭蓋骨を粉々に砕いた。

 最後の1人が、再び突っ込んできた。ガルティラーマはサイドに回って男の腰に両手を回し、後ろへ反って投げ飛ばした。

 グァキッ。

 激しい音と共に、男は脳天から床に突き刺さった。


 総勢10名。

 全員が血にまみれた無残な肉塊となり、講堂の床を汚した。



 ガルティラーマは返り血を拭おうともせず、鋭い目付きで舞台の上を睨んだ。

 視線の先で、ジュナが不敵な笑みを浮かべた。

 彼は乾いた拍手を送り、口を開いた。

 「お見事」

 彼は重力を無視したかのように、宙をスーッと滑って舞台から下りた。

 「銃という飛び道具を持っていても、あるいは10人という大人数でも、相手が人間であれば余裕で倒せるということですね」


 「貴様、何者だ」

 ガルティラーマが一歩前に出た。

 「普通の人間ではないな」

 「その通りですよ、ガルティラーマ」

 ジュナは微笑んだ。

 「その名を知っているのか」

 「ええ、有名ですからね、貴方は」

 言いながら、ジュナはサングラスを外した。燃え盛る両目が剥き出しになる。

 ガルティラーマは一瞬、驚きに顔を歪めた。しかし、彼は恐怖におののくことも無ければ、心を掌握されることも無かった。


 「他人のことを言える身分じゃないが、奇妙な体のパーツを持っているようだな」

 警戒心に全身を包みながら、ガルティラーマが言葉を発する。

 「ほう、やはりナラカのパワーを持つ者には、これは効果がありませんか」

 ジュナは予期していたのか、表情を変えずに言った。

 「貴方の力がどれほどのものか確かめに来たのですが、想像よりは上でしたね」

 「力を確かめるだと?このヤクザは、そのための兵隊か」

 「まあ、そうなりますね」

 「それで、次は大将が戦うつもりなのか」

 ガルティラーマは、獅子の爪先にグッと力を入れた。

 「いえ、その前に交渉という方法もあります」

 ジュナは穏やかに持ち掛けた。

 「交渉?」

 「貴方が降りてくれれば、私は無駄な争いをせずに済む」


 「降りるという意味が分からないが」

 「犯罪者の処刑係から降りてほしいということです。ダクーラの下僕から足を洗ってほしいということです」

 「ほう……。ダクーラのことも知っているのか」

 ガルティラーマは、小さく言う。

 「どんな理由があるにせよ、言いなりになっている必要などないでしょう」

 「残念ながら、必要があるからやっている」

 「もし降りてくれれば、こちらとしても相応の処置は考えますよ。貴方に望みがあれば、それも叶えて差し上げましょう」

 「申し出は有り難いが、俺は地獄との契約を結んでいる。それを破棄するわけにはいかないんでな」

 「もしも破棄した場合、大切な女性が死ぬからですか。愛する人のための自己犠牲とは、なかなかの美談ですよね」

 「そんなことまで知っているのか!?」

 ガルティラーマの声が上ずった。


 「それについても、こちらで彼女の身の安全を保証しましょう。どうです、そちらにとって損は無い話だと思いますが」

 「……悪いが、断らせてもらう」

 ガルティラーマは、わずかな考慮時間で答えを出した。

 「断るのですか?」

 ジュナの右眉が、ピクッと動いた。

 「どうも分かりませんね。こんな良い条件を断るとは。そこまでナラカやダクーラに忠誠を誓うほど、洗脳されてしまったのですか」

 「そうではない」

 首を振り、ガルティラーマは否定した。

 「俺はちゃんと自我を持っている」

 「では、なぜ断るのですか」

 「単純だ。貴様が信用できないからだ」

 ガルティラーマはキッパリと言い切った。


 「この私を、信用できないと」

 呆れたようにジュナが笑った。

 「私ほどの存在を信じずして、何を信じるというのですか。教えてもらいたいものですね、なぜ私を信用できないのか」

 「そんなものは、具体的には説明できん。ただ、貴様には胡散臭い雰囲気が漂っている」

 「私より、ダクーラの方が信用できるということですか。あんな醜悪な男の方が」

 「あいつは醜悪だが、少なくとも約束を守る仁義は持っている。それに比べて、貴様には偽善者の皮を被った醜悪さを感じる。目的を果たすためなら、平気で約束など破りそうな醜悪さをな」

 「なかなか言いますね」

 「あくまでも俺の勝手な印象だから、間違っていたら悪いな。だが、とにかく貴様との交渉に応じる気は無い。せっかく契約を結んで救われた命が、そのせいで失われたら洒落にならないしな」

 「……そうですか」

 ジュナは、深く息をついた。


 「それが、貴方の最終決定なのですね」

 「ああ」

 ガルティラーマは真っ直ぐに正面を見据え、短くも重い答えを返した。

 「後悔しても知りませんよ」

 毒々しく口の端を歪め、ジュナが言う。

 「いずれ後悔することになるかもしれんが、そうならないことを願っている」

 「その言葉、宣戦布告と受け取っておきましょう」

 「いよいよ大将が戦場に立つのか」

 ガルティラーマが身構える。

 「いえ、今回はやめておきましょう。日を改めて、また会いに来ますよ」

 そう言うと、ジュナは右手を天に掲げた。

 すると、講堂の天井から、一条の光が真っ直ぐ下へと差し込んできた。それはジュナの体を包み込み、虹色の輝きを放った。

 直後、光は消えた。

 同時に、ジュナもいなくなっていた。


 「……厄介なことになりそうだな」

 ガルティラーマは緊張を解かぬまま、つぶやいた。

 彼は、ジュナがスカーヴァティーから来たのだろうと推察していた。

 スカーヴァティーが自分をどうしようと考えているのか。スカーヴァティーにおいてジュナはどういう存在なのか。なぜ自分がここに来ることが分かったのか。

 気になることは、色々とある。

 しかし、今のガルティラーマには、それよりも気にすべきことがあった。


 「いつまでも隠れていないで、出て来たらどうだ」

 ガルティラーマは振り返り、講堂の入り口付近に向かって叫んだ。

 おもむろに、扉の陰から原田が姿を現した。

 フゥーッと息を吐き、彼は真っ直ぐにガルティラーマを見据えた。

 「気付いていたのか」

 原田は強張った面持ちで、ガルティラーマに向かって歩き出した。

 彼は密かに、三蛇奇一家の事務所を張り込んでいた。そして三奈垣や石井達が怪しげな人物と共に事務所を出て行くのを目撃し、尾行したのだ。

 実はジュナも、尾行に気付いていた。しかし彼は、原田に利用価値が生じる可能性も考慮し、とりあえず放置することにしたのだ。


 「お前は何者だ?」

 原田の声が講堂に響いた。

 「ガルティラーマという名前だけは分かったが、それ以外は不明だ。ジュナと名乗った奴は、どういう存在で、どういった関係なんだ?お前達は、何を巡って争っているんだ」

 「そんなことを聞いて、どうするつもりだ?」

 「どうするかは、知ってから決める」

 「知ったところで、何も決めることは出来ない。ただ傍観するだけだ。普通の人間では、それが限界だ」

 突き放すように、ガルティラーマが言った。

 「そうだとしても」

 原田は、そこで一つ間を置き、言葉を続ける。

 「俺はもう、足を踏み入れてしまった。お前や、お前が関わる事柄について真実を知らなければ、納得できない。全てを解き明かすまでは、捜査を止めるわけにはいかん」


 「納得など、しなくていい。今のを見て分かっただろう。刑事如きが手に負えることじゃない。これ以上、首を突っ込むな」

 「そう簡単に、引くわけにはいかない」

 「変に意地を張るな。探ったところで、どうせ警察には何も出来ない」

 「警察という組織は関係無い。これは、俺自身の問題だ」

 原田は強い口調で言った。

 「誰の問題だろうが、どうでもいい」

 ガルティラーマは冷然と告げる。

 「とにかく手を引け」

 「引かないと、殺すとでも言うのか」

 原田は恐怖心に襲われながらも、強気の態度を崩さずに聞く。

 「殺すはずがない。お前を死なせたくないから、手を引けと言っているのだ」

 「死なせたくない?」

 原田は激しく戸惑う。

 ガルティラーマは、余計なことを口走った自分の愚かさに舌打ちした。


 「なぜだ?なぜ、これほどの殺人をやらかすお前が、俺の命を心配する?」

 「……お前が死ぬと、悲しむ人がいる」

 ガルティラーマは、あえて感情を込めずに言う。

 「家族という意味か?だったら、お前に殺された被害者にだって、家族はある。その人々は、身内を失って悲しんでいる。そこに倒れている三奈垣会長だって、息子を失った悲しみを抱いていたはずだ」

 「……」

 ガルティラーマは、言葉に詰まった。

 原田を死なせたくない理由は、水夕が悲しむからだ。それ以外には無い。原田との生活に水夕が幸せを感じていることは、観察している中で充分すぎるほど伝わってきた。その幸せを、彼女から奪うわけにはいかない。

 だが、そんなことをベラベラと原田に喋ることは出来ない。

 「……お前とこいつらは、悲しむ人が違う」

 そう言うに留まった。


 「どういう意味だ?」

 「聞くな。とにかく命が惜しければ手を引け、分かったな」

 ガルティラーマはそう告げて、地獄への穴を出現させた。

 「おい、まだ話が……」

 慌てて原田が駆け寄ろうとするが、ガルティラーマは穴へと入り、姿を消した。

 「くそっ、またか」

 原田は歯痒そうに言った。

 それから彼は死体を見回し、王浄署に連絡するため携帯電話を取り出した。

 どうせ今回の事件も、捜査は進まないだろう。三奈垣修の事件も、未だに何の進展も無い。どこかの圧力でもあったのだろうか。そんなことを、原田は考える。


 「それにしても、あの言葉……」

 原田は携帯を見つめたまま、つぶやいた。

 彼は、ジュナと名乗った男の言葉が気になっていた。

 「破棄した場合、大切な女性が死ぬからですか。愛する人のための自己犠牲とは、美談ですよね」

 あの男は、確かにそう言った。

 それは、ガルティラーマに向けられた言葉だ。

 「あの怪物、ひょっとすると、殺人は本意ではないのか……?」

 原田は王浄署への連絡も忘れ、しばし考え込んだ。


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