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第16話 何であの子が!?

 村のみんなを正式に雇ってから数日。

 新しい体制は、まだ少しぎこちないながらも、前よりずっと滑らかに回り始めていた。


 ランチの波がひと段落したところで、私は厨房へ顔を向けた。


「ここからは休憩にしましょう。イフリーティア、デーゼ、タロウ。三人とも一度下がって」

「ですが、まだ片付けが」

「少し落ち着いたもの。今のうちに休んで。これは店長命令よ」


 三人は少し不満そうだったけれど、最終的にはしぶしぶ頷いた。


「無理しないでくださいね、フランシスカ様」

「十分後には戻る」

「ワフッ」


 三人が奥へ引っ込んでいくのを見届けてから、私はふうっと息をつく。


 店の中は、さっきまでの喧騒が嘘みたいに静かだった。

 窓の外では海がきらきらしていて、客席には甘い香りの余韻が残っている。


 忙しい。

 でも、悪くない。


 この店はもう、誰かをすり減らして回す場所じゃない。

 私の夢であると同時に、村のみんなの暮らしを支える仕事場になったのだから。


 私はカウンターに戻り、布巾で木の天板を丁寧に拭いた。


 さて、少しのあいだは私一人だ。

 これくらいなら、十分に回せる。


 ――そう思った矢先、入口のベルが、からんと鳴った。


 入口に立っていたのは、純白の聖女服に身を包んだ、金髪碧眼の美少女。

 アリア・リーベルト。


 私はその場で凍りついた。


 ゲーム本編で、ローゼ共和国を舞台に物語の中心へ立つはずのヒロイン。

 本来なら、私を破滅に追いやるはずの少女――それが、今、私の店に立っている。


 脳内の思考が加速する。


(……どうしてヒロインのアリアが? ここは辺境の村よ? 王都からは何日もかかる場所。私を断罪しに来た? それとも、生き残った悪役令嬢を処分しに? いや、違う。だって今の私は彼女と接点すらないはず。ならなんで!?)


 タイミングの悪いことに、今は店内に私しかいない。

 私は一人で、この最強のヒロイン(物理的にも精神的にも)と対峙しなければならない。


 アリアは、カウンターで固まっている私に、おずおずと尋ねてきた。


「すみません、あの……営業中でしょうか?」


 その瞳に、敵意のような色は見えない。むしろ、少し不安そうだ。


(……あれ? 襲ってこない?)


 どうやら、いきなり光の精霊魔法で浄化されるわけではないらしい。

 私は深呼吸をし、精一杯低い声を作った。


「は、はい。営業中、でございます。お好きな席へどうぞ」

「わあ、よかった! ありがとうございます」


 アリアは花が咲いたような笑顔を見せ、窓際の席へと座った。


     ***


 私は心臓の高鳴りを抑えながら、お冷とメニューを持っていく。


「ご注文はお決まりでしょうか……?」

「はい! この『一番人気のジュエル・フルーツタルト』と、紅茶をお願いします!」


 アリアはメニューの写真に釘付けで、私の顔など見ていないようだ。


「かしこまりました」


 私は逃げるように厨房へ戻り、震える手でタルトを皿に乗せた。

 紅茶を淹れる。イフリーティア直伝の温度管理だ。手元が狂わないように慎重に。


「お、お待たせいたしました」


 私はアリアの前に、きらきらと輝くフルーツタルトと、湯気の立つ紅茶を置いた。


「わぁ……っ!」


 アリアが感嘆の声を漏らす。

 彼女はフォークを手に取り、タルトをひと口サイズに切って、口へと運んだ。


「――んん~っ!!」


 その瞬間、彼女から幸せオーラが放たれた。まるで彼女の周辺にマイナスイオンが発生したみたいだ。


「美味しい……っ! こんなに美味しいタルト、初めてです! このフルーツのみずみずしさったら!」


 パクパク、モグモグ。

 聖女の清楚なイメージが崩壊するほどの、見事な食べっぷりだ。あっという間にタルトが消えていく。


(……なんだ。ただスイーツが目当てだったのね)


 私はその姿を見て、ふっと肩の力が抜けた。

 そういえば、ゲームのアリアもスイーツには目がなかった。イベントのたびにお菓子を焼いたり食べ歩いたりしていたっけ。

 どうやら「断罪」ではなく、単なる「カフェ巡り」に来ただけのようだ。


     ***


「ふぅ……ごちそうさまでした……」


 完食したアリアが、空になった皿を見て満足げに息を吐く。

 私は安堵しながら、空いた皿を下げに向かった。


「紅茶のおかわりはいかがですか?」

「あ、お願いします。……あ、あの」


 アリアが真っ直ぐに私を見上げた。


 初めて私は、アリアとしっかり目があった。その瞳に吸い込まれそうになる。


「あなた……『フランシスカ』さんですよね?」


 ドクンッ!!


 私の心臓が跳ね上がった。


 アリアは目線を外さない。


(な、なんで私の名前を?)


 背筋がひやりとした。

 あり得ない。

 ここでアリアが、私を『フランシスカ』だと見抜く理由なんて、本来ならないはずだ。


 まさか、ゲームの強制力?

 それとも、聖女特有の何か?

 いやいやいや、怖い怖い怖い。


 私は口元を引きつらせながら、どうにか笑顔を作った。


「ご、ごほん。フランシスカ? はて、聞いたことないなぁ?」

「え?」


 アリアが首を傾げる。

 うっ、純粋そうな顔が逆に刺さる。


 誤魔化せ。とにかく誤魔化すのよ、私――


「フランシスカ様。休憩、ありがとうございました」

「ふぇっ!?」


 間の悪いことに、ちょうどイフリーティアが休憩から戻ってきた。

 しかもいつも通り、完璧な所作で、完璧な敬称つき。


 終わった。


 アリアは、むしろ安心したようにほっと息をついた。


「……やっぱり。フランシスカさんだったんですね」

「いや、これは、その」

「ずっと、お会いしたかったんです」


 会いたい?


 私は瞬きをした。

 アリアの方は、まっすぐにこちらを見ている。警戒でも敵意でもなく、ただ本当に会えてよかったという顔だった。

 ますます分からない。


「それって、どういう――」


「おい、主。騒がしいな」


 低い声が割って入る。


 休憩室の扉を開けて出てきたのは、黒いベスト姿のデーゼだった。

 仕事中らしく襟元まで整っているのに、態度だけは相変わらず尊大である。

 その赤い瞳がアリアを捉えた瞬間、ほんのわずかに細くなった。


「む」

「あっ」


 アリアの表情が明るくなった。


「デーゼさん!」

「……本当に来たのか、人間」

「約束しましたから!」


 二人の間で交わされたその自然な言葉に、私はぽかんと口を開けた。


「はぁっ!?」


 思わず素っ頓狂な声が出る。


「ちょ、ちょっと待って。どういうこと!? 知り合いなの!?」

「以前、少しだけ冥界で縁がありまして」


 アリアが答える。


「冥界で?」

「……そうだ」


 デーゼが腕を組んだまま、面倒そうに認めた。


「素材探しの最中、騒がしい一団が迷い込んできただけの話だ」

「その『騒がしい一団』の中に、私がいたんです」


 アリアが苦笑する。


「ローゼ大聖堂の聖女として、浄化の手伝いに行ったんですけど……少し無茶をしてしまって」

「少しどころではなかったがな」

「そ、そこは反省してます」

「反省したなら結構」


 デーゼはそっけなく言う。

 でも、完全に突き放している感じではない。


 私は交互に二人を見た。


 ヒロインと闇の精霊王が知り合い。

 しかも、思っていたよりだいぶ穏やかな空気で会話している。

 情報量が多い。


「ええと……つまり?」

「デーゼさんに助けていただいたんです」


 アリアは素直に言った。


「その時に、店主のフランシスカさんの名前と、『パフェが完成したら食べに来い』って言われて」

「言ったな」

「だから、ずっと来たかったんです。店主のフランシスカさんにも、ちゃんとご挨拶したくて」


 私はゆっくりとデーゼを振り返った。


「……あなた、そんな約束してたの?」

「した」

「なんで今まで言わなかったのよ」

「言う必要がなかった」

「あるわよ、普通は!」


 アリアはくすっと笑って、鞄から小さな包みを取り出した。


「これ、お土産です。北方の修道院で作っている岩塩クッキーなんです。甘いものの合間にちょうどいいかなと思って」

「ほう」


 デーゼが珍しく、少しだけ興味を隠さない顔をした。

 包みを受け取り、しげしげと眺める。

 その横顔が、心なしか機嫌よさそうに見えてしまうのは気のせいだろうか。


「……気が利くではないか」

「本当ですか?」

「少なくとも、手ぶらで来る連中よりは見どころがある」

「やった」


 アリアが小さくガッツポーズをした。

 聖女のイメージより、思ったよりずっと親しみやすい。


「主」


 デーゼがこちらを向く。


「この人間は敵ではない」

「その判断、早くない?」

「菓子の話が通じる」

「判断基準が偏ってるのよ」

「重要だ」

「あなたにとってはね……」


 私は額を押さえたくなった。


 ゲーム知識の中では、アリアは『ヒロイン』だった。

 レオン王子と並ぶこの世界の中心で、私にとっては脅威になりうる存在のはずだった。

 なのに実際に現れた彼女は、うちの闇の精霊王と甘味ルートで接続済みで、暗黒パフェを食べに来た常連予備軍である。


 予想の外すぎて、逆に少し笑えてきた。


「フランシスカさん」

「……なに?」

「話をしたら、お腹が空いちゃいました。さっきはタルトを頂いたので、次はもちろん、暗黒パフェで!」

「え? まだ食べるの!?」

「当然だな」


 デーゼが満足げに頷く。


「当然だな、じゃないのよ。あなたが作るのよ」


 アリアが楽しそうに笑った。


 ヒロインとの初対面が、まさか暗黒パフェの追加注文で終わるなんて。

 ……本当に、この世界は分からない。

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