第15話 嬉しい悲鳴
森の中の隠れ家カフェ「コナラギカフェ」がオープンしてから、数週間が経った。
当初の私の計画では、一日に数組のお客さんが来て、海を眺めながらのんびりとコーヒーを淹れる……そんな優雅な毎日を送るはずだった。
しかし。
現実は、予想を遥かに超えていた。
「いらっしゃいませー! 次でお待ちの三名様、テラス席へどうぞー!」
「オーダー! ジュエル・フルーツタルト二つ、暗黒パフェ一つ、アイスコーヒー三つ!」
「了解ですわ! ただちに!」
目の回るような忙しさだった。
コナラギ村の人々だけでなく、なぜか隣町からも馬車に乗ったお客さんが押し寄せているのだ。
どうやら、タロウがパトロールのついでに、背中に「カフェ・オープン」と書いた看板を背負って隣町を駆け回っていたらしい(宣伝効果抜群すぎる)。
「ワンッ!」
「褒めてないわよ!?」
(スローライフって言ったのに……これじゃあ『ハードライフ』よ!?)
厨房でタルト生地を焼きながら、私は嬉しい悲鳴を上げていた。
だが、これだけの客数をさばけているのは、間違いなくウチの「最強すぎる店員たち」のおかげだ。
***
まずは、テラス席。
そこでは、小型犬モードになったタロウが、子供たちに囲まれて身動きが取れなくなっていた。
「タロウ〜! 柔らか〜い!」
「きゃはは! ボール投げるよー!」
タロウは今や、近隣の村の子供たちのアイドル兼、ご利益のあるマスコットとして君臨していた。
彼がいるだけで、子連れのお客さんは安心して食事を楽しめるのだ。
***
続いて、ホール担当。
黒のパンツスーツに身を包み、髪をきりりと結い上げた――炎の精霊王イフリーティアだ。
「ご注文の『ジュエル・フルーツタルト』でございます」
流れるような手つきで紅茶を注ぐ姿に、若い女性客たちが頬を赤らめる。
「お姉様、素敵……」
彼女が運ぶタルトは飛ぶように売れ、売上は右肩上がりだ。
***
そして、カウンター内。
黒いベストを着込み、ミステリアスなオーラを漂わせているのは、闇の精霊王デーゼだ。
彼が担当するのは、冥界の食材を使った「暗黒パフェ」。
「待たせたな。……食してみよ。このパフェが貴様を甘美な堕落へと誘うだろう」
デーゼが重々しくパフェを差し出すと、カウンター席のマダムたちが黄色い声を上げる。
「『堕落』ですって……。なんて刺激的な響きなのかしら」
デーゼの元に、大量のチップ(金貨)が積まれていく。
「……人間とは、理解不能だ」
デーゼは困惑しつつも、チップの山を私の元へ持ってきた。
***
厨房からその賑やかな様子を見て、私は思わず苦笑いした。
(みんな、楽しそうでよかった)
ゲームでは世界を滅ぼしかけ、人々から恐れられていた最強の精霊王たちが、今はこうして笑顔を生み出している。
平和だ。
これこそが、私が見たかった理想の景色だ。
……だが、それでも。
テラス席を行き来し、注文を取り、レジを打ち、空いた皿を下げ、また注文を取る。前世のブラック企業と今世の領地経営で鍛えた私でも、さすがに息が上がってくる。
けれど店の外には、まだ行列が続いていた。
「フランシスカさん、今日もすごい人だねぇ」
入口で順番待ちをしていたマルタさんが、半ば呆れたように目を丸くする。
「ほんとね……私もびっくりしてるわ」
「わたし、タルト食べたらお花も見るの」
ミシャちゃんが輝く目で言う。
「ありがとう。今日はテラスの花、いつもより多めに飾ったのよ」
そんな会話をしながらも、手は止められない。
注文を捌きながら、私はふとプレオープンの日の割れた皿を思い出した。
あの時と同じだ。
このまま『まだ回せる』を続けたら、また同じ失敗をする。
だったら今回は、潰れる前に手を打たなくちゃ。
***
「このままじゃ、来月には無理」
閉店後。テラス席の椅子に崩れ落ちた私は、海を見ながら心の底から呟いた。
「大丈夫ですか? フランシスカ様」
イフリーティアが紅茶を置いてくれた。
「主よ。パフェなら私はずっと作れるぞ」
「ワン!」
体力お化けめ。あなた達の無尽蔵のスタミナと一緒にするな。
「弱音じゃないわよ。ただの事実よ。今の人数でこの来客数は、どう考えても回っていかないもの」
「ふむ。確かに、主は昼頃からずっと鬼のような顔をしていたな」
デーゼが腕を組む。
「ワフ……」
タロウも心配そうに鼻先を押しつけてきた。
私はその頭を撫でながら、深く息を吐く。
お客さんが来るのは嬉しい。想像以上に店が愛されているのも、本当にありがたい。
だけど。
せっかく手に入れたこの暮らしを、また『休めない生活』にしてしまったら意味がない。
前世の私は、休みのない仕事に心も体もすり減らされた。誰かの都合で働き続けて、自分が何のために生きているのかも分からなくなった。
だから、決めていることがある。
「私、この店をブラックにはしない」
「ぶらっく?」
イフリーティアが首を傾げる。
「働く人をすり減らして回す店のことよ。そんなの、絶対に嫌」
私はきっぱりと言った。
「もちろん、お客さんが喜ぶ店にはしたいの。でも、そのために働く側が泣くような場所にはしたくない。ここは、みんなが笑っていられる場所じゃなきゃだめ」
デーゼが少しだけ目を細める。
「……主らしいな。確かに、店側も客側も、どちらも最高のコンディションでないと、私のパフェが泣く」
私は立ち上がった。
「人を雇いましょう」
「人を?」
「ええ。村のみんなに、ちゃんと仕事として手伝ってもらうの。お礼じゃなくて、賃金を払って」
その言葉に、イフリーティアが小さく笑う。
「なるほど。村も潤い、店も回る。実に合理的ですわね」
「でしょ?」
「主よ。最初からそうすれば良いものを」
「最初は、こんなに繁盛すると思ってなかったのよ」
***
翌日。私は村長のガランさん、マルタさん、トマスさんに声をかけ、丘の上のテラスへ来てもらった。
「仕事の相談、ですか?」
マルタさんが少し緊張したように聞く。
「ええ。うちの店、ありがたいことに予想以上に忙しくて」
「見りゃ分かる。毎日、村の入り口まで列ができてるからな」
トマスさんが苦笑する。
私は頷き、三人の顔を順番に見た。
「だから、正式にお願いしたいの。手伝ってほしいのよ、この店を」
「……わしらが?」
ガランさんが目を瞬かせる。
「ええ。ただし、『助け合い』じゃなくて『仕事』として」
「仕事……」
「きちんと賃金を払います。無理はさせません。休みも取ってもらいます。どうかしら」
しばし、沈黙が落ちた。
最初に口を開いたのはマルタさんだった。
「でも……私たちは、フランシスカさんに助けていただいた立場です。お金なんて――」
「そこなのよ」
私は静かに首を振った。
「だからこそ、きちんとしたいの。恩があるから無償で働く、なんて関係にしたくない。ここは、誰かに借りを返すための場所じゃない。これから先、みんなが普通に働いて、普通に報酬を受け取って、普通に暮らしていける場所にしたいの」
ガランさんが、じっと私を見つめた。
「……お前さんは、本当に変わった娘だのう」
「よく言われるわ」
「だが、嫌いじゃない」
そう言って、村長は大きく頷いた。
「いいじゃろう。何をすればいい?」
「ほんと? ありがとう!」
私は明るい笑顔になる。
「まずマルタさん。ジャム作りが上手でしょう? それに手先も器用だし、厨房の仕込みをお願いしたいの」
「わ、私が……」
「果物を洗って、下ごしらえして、ジャムやコンポートを作ってもらえるとすごく助かるわ」
「できます……。やらせてください!」
「トマスさんには、朝の荷運びと仕入れの受け取り。あと、テラス席まわりの力仕事もお願いしたいの」
「おう。そっちは得意分野だ」
「ガランさんは、順番待ちのお客さんの案内役を」
「わしが!?」
「村長さん、声がよく通るもの。向いてるわ」
「むう……」
納得していない顔をしながらも、少し嬉しそうだ。
「それと、掃除や皿洗い、焼き菓子の袋詰めなんかは、村の奥さんたちに日替わりでお願いしたいの。短時間でも構わないわ。できる人に、できる分だけ」
「それなら、声をかければ何人も集まると思います」
マルタさんが言った。
「最近はみんな、『この店のおかげで村が明るくなった』って言ってますから」
その言葉に、胸の奥がじんとした。
私はうなずく。
「じゃあ決まりね。あと、もう一つ。これは絶対のルールにするわ」
「ルール?」
「うちは、休みをちゃんと取る店にします。誰であっても、働きっぱなしは禁止。私も、精霊たちも、村のみんなも、例外なしよ」
トマスさんが目を丸くした。
「こんなに客が来るのに、休ませるのか?」
「休ませるわ」
「売上は減るぞ?」
「減ってもいいの」
私はきっぱり言い切った。
「休めない店は、長く続かない。長く続かない店は、結局みんなを幸せにできないもの」
前世の記憶が、胸の奥で静かに疼いた。
「私はね、『今日だけ回ればいい店』じゃなくて、『十年後も笑って続けられる店』を作りたいの」
ガランさんが、小さく笑った。
「なるほどのう。やっぱりお前さんは、店を作ってるようでいて、暮らしを作っとるんじゃな」
「……ええ。たぶん、そう」
コナラギカフェは、もう私一人の夢の店じゃない。
明日へつながる暮らしそのものだった。




