第3話 5分のなぞ解き
長谷川とは別れ、結局2人は10分ほど歩いて駅そばのチェーンのコーヒーショップに入った。
ちなみにカフェに入る前に一悶着あった。
入り口でメニューを向けられた璃麻は、怯えたように一歩後ずさったのだ。
もじもじと指を合わせる璃麻だが、「気持ち悪いなぁ。何?」と呆れられ、観念したように口を開く。
「いえ、わ……私は……持ち合わせが」
え、と一瞬時が止まる滝矢。
「……クレカは?」
目が泳ぐ璃麻。
「今どきクレカもってなくて日本で生きていけるの……?ってか、そんなんで、良く依頼料渡すとか言えたね。逆に感心するよ」
滝矢はため息をつく。
結局ランチセットの代金は滝矢の貸しにすることで落ち着いた。
これくらいは奢ってもいいという滝矢に、璃麻が断固として首を横に振ったためである。
あまりの固辞ぶりに、安っぽいチェーンが高級レストランに見えてきた滝矢だった。
食べ放題のパンを次々と口の中に放り込んで、璃麻はやっと笑みを見せた。
「優しい精霊だったみたいでよかったです」
もぐもぐごっくんと音が聞こえそうなほど豪快な食べっぷりだった。
滝矢は目を丸くして、それから苦笑した。
「いや。結構ご立腹だったよ。でも、1体しかいなかったみたいだから」
「水場、変でしたよね……」
「うん。セオリーを外してたね。窓もおおよそセオリー外だ。数も極端に少なかった」
「ですよね!でも滝矢さん、精霊とお話したり、部屋を測ったりしないのですか?」
璃麻はここぞとばかりに純粋な疑問をぶつけてみる。
曲がりなりにも結界師、方位学の授業を受けたし方位士の仕事も目にしたことがある。
その璃麻の目から見ると、滝矢の仕事ぶりはあっさりしすぎている。
家そのものを見るより、近所の住人と無駄話をしていた時間の方が長いくらいだ。
「いや。それ必要?だって……今回の件は怪異退治なんかじゃない。……いや、まだ確認すべきことはある、憶測での話はやめよう」
璃麻は不満そうに口を尖らす。
あんまり子供っぽい仕草に滝矢は苦笑して、口を開く。
「君たち結界師はすぐに『精霊と話せ』という。方位士のやることは精霊と話すことじゃない。方位盤の知識に基づいて家の方位を決めることだ。
実際のところ、現地に赴く必要すら、ほんとはないんだ。だって、方位盤と家の図面でもあれば、すべてわかるんだから」
「でも……郵便物が消えた理由や、誰もいないのに電気が消えた理由を、彼等は知っているんでしょう」
「どうかな。僕からしてみたら精霊が知っていることなんて、人間の半分もないよ。わざわざ聞くまでもない。そんなことより『なぜそうしたのか』の方が100万倍も重要。それを知るためには……」
は、と滝矢は我に返る。
「……まぁそんなことを今話してもしかたないね。食べよう。お腹すいたよ」
滝矢はランチセットのパンにバターを塗って、一気に口に放り込んだ。
ランチ後、「たくさんやることはあるんだ」と言って手を振ってそそくさと帰っていく滝矢。
何がたくさんあるのか、この後どうするのか、そういうことを彼は一切語らない。
璃麻は自分なりに推測を立てたりしてみたが、さっぱり形にはならなかった。
やがてあきらめて食べることに集中した。
その2日後、彼等は再度例の家に集合していた。
「さて、この世の中で一番いらないフェーズ、なぞ解きの時間というわけですね」
滝矢がいたずらそうに笑いながら言う。
「だって僕、探偵じゃないですしね。5分で片付けましょ」
滝矢はゆっくりと家の門を開けて中に入った。
璃麻はため息をつく。
またなんか、ずれたところに行ってるし。
そこは最初に来た時に滝矢が激突した場所だ。
「だからぁ……滝矢さん、玄関こっち……」
璃麻が言い終わらないうちに、滝矢は壁の端に手をかけると壁板を取り外す。大きな壁板が簡単に外れてしまった。
あー。滝矢さんが家を壊したー!!
……と、璃麻は叫び出しそうになったが、すんでのところで言葉を飲み込んだ。
滝矢が取り外した壁の奥に『見えたもの』のためである。
青空の下、得意げな顔で手のひらを刺す先には、すりガラスの戸板が見えた。
「……というわけです。方位的には、代表玄関は間違いなく、こっち。せっかくだからこっちから入ります?」
それは、紛れもなく玄関だった。
「そういうこと?じゃあ、郵便局員さんが入ったのは、こちらの玄関……。そりゃ、郵便物がないはずですね。精霊は、関係ない?」
「精霊はいますけど、今回は関係ないですね」
滝矢は苦笑しながら続ける。
「そう、激しい雨の日だったので、玄関を間違えたのでしょうね」
「そんな、だって結構離れてますよ。あちらの玄関と……」
璃麻は困惑した様子で言う。
「うん。通常だと間違えにくいよね。でも、こうすると間違える」
滝矢は元の玄関から郵便ポストを抜くと、先ほどの玄関の前に配置する。
「……いや。ポスト持ってきただけで間違え……ますかね。確かに一瞬錯覚するかもしれないけど」
長谷川が自信なさげに言う。
「間違えますよ。郵便配達員なら」
郵便配達員だけ間違える?
「そう、ここに人間の脳の複雑さがあります。人間の脳は「見たいもの」だけを取り上げて映像化する癖がある。
郵便配達員が常時気にしているもの、それは郵便ポストにおいて他なりません。郵便ポストが置いてあることころ、すなわち玄関である、と脳が誤認していても何ら不思議ではない」
「ほえ。そんなもんですかね」
そんなもんです。と滝矢は雑に閉める。
「しかし、玄関の奥から見えた灯りは……。それに誰がそんなことを……」
「激しい雨ですよ。隣の家の照明がぼんやり移ったのでしょう。
ここ、管理の不動産会社がいますよね。おそらくメンテナンスで誰かが定期的に開け閉めしたのでしょうね、きっと」
なるほど……運悪くそれにあたってしまったのか……。
「いや、おみそれしました。こんな玄関、住んでいても気づかなかったなんてお恥ずかしい……。しかし、1か月くらいは住んだんだけどな」
首をひねる長谷川に滝矢は気軽に言う。
「ふふ。中からも分かりづらいです。これ一番の奥の部屋とつながっているんですが、本棚がちょうどふさいでる」
ああ、あの倒れかけてきた本棚、と璃麻がつぶやく。
「そ。あのとき、あの奥にちらっと廊下が見えたのに、だーれも気づかないんですもん。あはは。郵便配達員さんの勘違いを笑えませんよ」
滝矢は軽く笑う。
「なるほど……。しかし、解決してよかったです。これで心置きなく貸しに出せますよ。ありがとう。ありがとう!」
長谷川が晴れやかな笑顔で言う。
璃麻は、顔をしかめた。
ただ、水場がおかしい件は。
「水場はね、まあセオリーからは外れた位置にあるので今後も設備劣化が早いかもしれません。ただそれだけのことですよ。頻繁にメンテナンスが必要だ」
謎解きは5分、精霊の出番は無し。
空は快晴。明るい初夏の風が吹き抜ける。
これで、終わりなのだろうか。
数日後、滝矢はうんざりしたように事務所でため息をついてた。
「毎日来るのやめてもらえます、璃麻くん」
だって、次の依頼がわんさかあるんですもん、と璃麻は悪びれなく答えて将棋盤に向かう。
将棋の手ほどきをされているが、正直筋は良くない。
気性が真っすぐすぎるようで、手が読みやすいのである。
ビルメンテの暇な時に入り浸っている幸二の前の席を陣取られて滝矢は不満顔だ。
そんな滝矢を後目に、璃麻は依頼書を指刺してのんきに言う。
「あの依頼の束、どれでもいいので受けてくださいね」
「あのね……。大体、あの件まだ終わってないよ」
「えっ、は?何かいいました?」
「本日あたりだね。ようやくだよ。天気予報は雨。そろそろ行こうか?」
いたずらそうに滝矢が笑う。
「一番大切なフェーズをこなしに」
滝矢の言葉が嫌に響いて璃麻は顔をしかめた。




