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Direction Maze~方位盤は心を測らない~  作者: 秋野PONO(ぽの)


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第2話 家の調査

「……ということなんですね」

 

 と璃麻は得意げに語った。

 車の中では運転手の男性がうん、うん、とほほ笑みながら璃麻の話を聞いている。

 

 滝矢はうんざりした調子で言った。 

「長いです……。というかそれは普通に怪異では。お祓いでも行った方がいいと」

 

「いえ、そう思ったんですけど。私、一度下見に行ったのですが、あの家、ちょっとおかしいことがありまして」

「おかしいこと?」

 滝矢はオウム返しに聞き返す。璃麻の話が長すぎて少し飽きている気配もある。

 

「ええ、水場が……水場の配置が……。 ま、細かいことは現地にて」

 

「ふぅん。あ、榊町の××番地で良かったですよね」

 滝矢は確認すると、車を止めさせ、横断歩道の先に消えた。

 しばらくして戻ってきた滝矢の手にはパンパンの紙袋が下げられている。

 

「サバ屋の最中。おいしいですよ」

 

 車に乗り込むと開けて一つ口に放り込んだ。

「滝矢さん……。自由ですね……」

 滝矢は何も言わずほほ笑みながら最中をぱくついている。


 ——1時間後。

 車の運転手は2人を降ろすと、目配せして車を発進させた。

 送ると2人は門をくぐる。

 

 連絡をしていた持ち主の男性もついてやってきた。

 この家の所有者の長谷川である。大柄な、人の好さそうな笑みをたたえた男性は年のころ60ぐらいだろうか。黒縁の眼鏡にグレイのスーツ、それを大柄な体に窮屈そうに着込み、せかせかと歩いている。

 

 「取り壊して売ってもいいんですけど、ほら、この家ね、最近クラシック回帰とか言って昔のこういう和と洋の混ざったような建物?がなんかもてはやされてるらしいんですよ。税理士が、このまま貸した方が元取れるなんて言うんですよ。その矢先、今回の怪異騒動。ほんとに大ダメージ、困っとります」


 体に似合わない早口とせかせかした歩き、滑稽さに璃麻は笑いを隠しきれず、頬が歪んでしまった。

 

 一方で滝矢は、お構い無しと言わんばんかりに先を歩いている。彼には、もとより持ち主の話を聞く気はない。

 

 しかしその足は玄関に向いてない。

 「ふうむ。この辺が……」

 言いながら凹の形をした家の玄関とは逆の凸に突進して激突している。

 「いたっ」と頭を押さえる滝矢に璃麻は冷たい口調で言った。

 「……何してるんですか」

 

「いや、この辺に……。ん? ……なんでもないです。ちょっと壁に挨拶を」

 歯切れ悪く滝矢が答える。

 しばらくあきれた眼差しで見ていた璃麻だったが、気を取り直して手招きし、玄関の引き戸を開けて招き入れる。一度来ているので、勝手知ったる、である。


 滝矢はそっとカバンから取り出した汚れ布を靴の底に当て泥を拭きとった。

 精霊の住処である誰かの家に入るときの彼の癖である。

 精霊とのファーストコンタクトは方位士に。璃麻も心得て後ろに下がる。結界師は総じて家付きの精霊には好かれない。


 冷たい空気。

 冷えて、埃っぽいにおい。

 隅に薄く積もった埃。

 それらすべてが、全力で空き家であることを訴えかけてくる。


 少し高めの上がり(かまちを膝をついて乗り越え立ち上がると、すりガラス付きの木の扉を開ける。

 軽い音がして扉が滑り、10畳ほどの部屋が見える。その先に仕切り戸でさらに部屋。

 

 滝矢は思う。部屋が多い。この畳数でこの外観、4部屋はあるだろう。 

 カバンを探って丸い円盤を取り出し、部屋の中央でしゃがむと、敷き布を丁寧に引き、方位盤を置く。

 

 滝矢が手をかざすと、する、と上に載っている文字が移動する。

「わあ、私、方位士さんの技って初めてみました」

 長谷川が、小声でつぶやく。

 この部屋の静謐な空気に圧倒されているのが見て取れる。

 璃麻は小さく笑った。

「普通の人は機会がないですよね。ああやって方位の確認と家付きの精霊の有無や力を見ます」

 

 璃麻はこっそり滝矢を見てホッとする。

 先ほどまでのとぼけた滝矢を見ているに、「ほんとに師匠が指定したのはこの人だったのか」を考え始めていたところだったが、杞憂だったようだ。

 

 滝矢は盤を見ながらブツブツと呟いている。

「変だな……。あそこも……? いや、特に、水場、窓、か……」

 璃麻は目を見張る。今の滝矢は外にいた時とはまるで別人、感情の色のない目を細めてぼんやりと遠くを見ている。目線は盤ではなく盤より上、まるで何もない宙に向かって話しかけているようなうつろな目だった。

 璃麻は、空気が冷えたような気がして羽織ったカーディガンの裾をひっぱる。

 

 結界師である璃麻の目には、普通の人に見えないものが見える。今は、滝矢が置いた盤の上に、陽炎のように揺らめく空気の波が見えていた。滝矢自身から放たれている冷気も。

  

 やがて、それも少しずつ霧散していき、部屋は正常に戻る。

 

 しかし、滝矢の底冷えするような冷たい目に光は戻らない。

 

「……次の部屋に」

 小さな声でつぶやくと滝矢はそのまま、そばに誰もいないかのように次の部屋へ歩き出す。

 

 次の部屋でも同じことを行い、その次、その次ときて。


 4番目の部屋のことだった。

 

 滝矢は目線を上にあげて、今度は一転して温度のある目で、ふ、と笑みを浮かべた。

 手を空中で真横に動かすと、空気を切る音とともに「何か」が霧散する。

 璃麻にしか、結界師にしか分からない「何か」が。


「この電球、綺麗だね」

 ふ、と滝矢が、笑って璃麻に話しかける。

 その目にはもう暖かい光が戻っていた。

「え、は、はい」

 アンティーク調の電球だ。アンティークが好きなのだろうか。

 戸惑う璃麻を面白げに一瞥してから、滝矢は部屋を見回した。

 作業用だろうか、小さな机と豆椅子3脚。丸められたカーペット、一番奥には大きな本棚。中には分厚い本がぎっしり挟まっていた。


 しばらく立ち尽くしていた滝矢だったが、部屋の隅の方に歩き出す。

 

 そのときだった。

 どんっ、と突きあがるような揺れが彼らを襲う。

 大きな本棚が揺れた。

 

「あぶないっ」

 本棚の真横にいる滝矢に、悲鳴のような声で璃麻が叫ぶ。

 すると、その一瞬、白い光が滝矢の体を包んだ。

 同時に本棚の本が一斉に滑り落ちて滝矢の方に流れる。

 雪崩を起こした本は、滝矢を覆った光に、ばちばちと音を立てて弾かれていった。滝矢には一つも当たっていない。


 ほっと息を吐く璃麻。

 しかし……。

「バカっ!早くその結界をしまえ!」

 

 滝矢が怒鳴ると同時に、奥の部屋からぎゅいぃ、という発砲スチロールをねじ曲げたような音が聞こえる。

 

 滝矢は焦って首を縮めると、璃麻の耳をふさいで奥の部屋に目を向ける。そして、「大丈夫」と落ち着いた声で呼びかける。

 その後二言三言滝矢が何かを言う。不快な音はだんだん小さくなり、やがて消えた。


 滝矢は耳鳴りでボケた耳を塞いで、ホッと息を吐いて目を閉じる。

 璃麻は、やってしまった……という風に耳を押さえてしゃがみこんでいる。


 静寂の戻ってきた部屋に方位盤を置いて、滝矢は口を開いた。

「……こんなところで結界を起動する人がありますか」

 璃麻はしゅん、としている。

「ごめんなさい……。私、勝手に『出ちゃう』んです……」

 璃麻は青ざめた顔をしてへたり込んでいる。

 ((それが訳アリの理由か))

 滝矢が目を細めて璃麻を見やる。

「はい」

 璃麻は静かになった部屋で、震えるしかない。情けないが、精霊を怒らせてしまったのか、部屋の圧が強くて潰されそうだ。

 滝矢は1つ息を吐くと、てきぱきと散乱した本を本棚に戻す。そして何事も無かったかのような気軽な口調で言った。

「じゃ、出ましょうか」

 

 璃麻は動揺した。

 

「ま、待ってください。調査は、調査はつづけてほしいです……!お金も、出せます!」

 ぴく、と隣で縮こまっていた長谷川が肩を震わせるが、璃麻はお構いなしだ。

「足りないなら私の依頼料もお渡しします!なんとかこの案件を進めたいんです!」

 

 璃麻は、必死に滝矢に訴える。 

 そうだ、中途半端に終わってしまっては、また「未解決」の烙印を押されてしまう。

 

 滝矢はそんな璃麻を不思議そうに見ながら口を開いた。

「やめるとは言ってないですよ。もう、この部屋に確認したいことはない、それだけです。あと、外で話しましょう。精霊が嫌がっている」

 

 空は晴天、昼下がりの陽気が顔に突き刺さる。

 滝矢は最中を長谷川に一箱分けてから自分も取り出してほおばる。

 なんかずっと食べてない……この人、と思ったが何も突っ込めない璃麻なのだった。


 門をくぐると、中年の女性が一人立っていた。

 女性は3人を見つけると素早く近寄ってきて声をかける。

「なんか、さっきこの家からおーきな声がしてきたんだけど、あんたら何か知ってる?」

 えっと……と言いよどむ璃麻を後目に、滝矢は愛想よく「こんにちは。ああ、先ほど、片付け作業中に本棚をひっくり返してしまいまして……」と一歩前に踏み出して誠実そうな笑みを浮かべて手をあげる。

 

「あ、僕、こういったものです」 

 ポケットから皮の名刺入れを取り出し一枚抜いて女性に渡す。

 女性は興味深げに「ふぅん○×不動産、あんたらあの家の売主か」などとつぶやくのに対して、滝矢は曖昧な笑みを浮かべ、肯定も否定もせずにほほ笑んでいる。


 そんな不動産会社は存在しない……。

 と璃麻は戦慄するが、滝矢はどこ吹く風だ。

 

「お詫びに」と手提げから最中の箱を出して言った。

「周りのご近所にもご挨拶したいので、教えていただいても?」

 その笑顔に、大層気分を良くした女性は快く近隣の家々を紹介してくれた。

 最中はきれいにはけた。


 お隣の片桐さん(老婦人)

「さあ。幽霊?聞いたことありません。あ、でも昔からあまり評判は良くないお宅でしたよ」


 斜め向かいの壺井さん(声の大きいおじさん)

「お、こりゃ。サバ屋の最中、ありがたい。え?あの家?さあ……売りに出されるのか。ごめんね。あんまり交流は無くてね」


 300メートル先の荒木さん(若い夫婦)

「あぁ。あの家。なんか不気味よね。私達越してきたばかりであまり知らないけど、雨の日に近づくと呪われるって噂がネットで上がってるらしい……」


 聞き込みを5件ほどしたところで本日はお開きとばかりに滝矢は「帰ろうか」と笑顔を璃麻に向けた。

 璃麻のお腹が、ずっと、ぐぅ、となっていることに滝矢は気づいた。さすがにご近所攻略用の最中は持ってるけど、璃麻のお腹を満たす食事は持ってきてない。

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