エピソード4頑丈な檻の中で
あの夜以来、俺の中にあったわずかな罪悪感は、不気味な期待へと変わっていった。
頼人に「邪魔者」として拒絶され、玲明に嘲笑われたあの日。本来なら二人との縁を完全に切り、連絡先をブロックするべきだったのだ。
しかし、俺はそうしなかった。
スマホが鳴るたび、胸の奥で小さな高揚が跳ねるのを止められなかった。
一週間後の週末、玲明から短文のメッセージが届いた。
『いつものカフェにきて。頼人もいるから』
断る理由はいくらでもあった。だが、俺は吸い寄せられるように指定された喫茶店へと向かった。
店に入ると、奥のボックス席に二人が並んで座っていた。
頼人の顔からは前回の傷が消えかかっていたが、その表情は以前にも増して虚ろで、玲明の顔色を伺うようにじっと手元を見つめている。
「遅いよ、裕人」
玲明が頬杖をつきながら、不機嫌そうに俺を見上げる。だがその瞳の裏には、俺が呼び出しに応じたことに対する確かな満足感が滲んでいた。
「……何の話だ?」
俺が向かいの席に腰を下ろすと、玲明は隣の頼人の腕にすがりつくように身を寄せた。
「あのね、裕人。頼人がさ、自分のやったことを反省したから裕人に謝りたいって言うの。だから呼んであげたの」
「……謝る?」
俺が聞き返すと、頼人がおどおどと頭を下げた。
「山中……あの時は、ごめん。せっかく駆けつけてくれたのに、あんなひどい言い方して……」
「いいよ、別に。俺には関係ないことだしな」
冷たく突き放す俺に対し、頼人は焦ったように言葉を続けた。
「違うんだ、山中。あのあと玲明にすごく怒られたんだよ。『裕人に失礼でしょ』って。僕、山中がいてくれないと困るんだ。僕と玲明の関係をちゃんと見ててくれるの、山中しかいないから……」
頼人の言葉に、俺は背筋が凍りつくような違和感を覚えた。
頼人は反省などしていない。二人は俺を「仲裁者」や「救助者」としてではなく、二人の歪んだ関係を外側から肯定・承認するための「唯一の観客」として求めているのだ。
「そうだよ、裕人」
玲明が可憐な笑みを浮かべながら、頼人の手に自分の手を重ねた。
「頼人がちゃんと言うこと聞いてるか、裕人が近くで見張っててよ。裕人が見てないと、このバカ、すぐ調子に乗るから」
二人の視線が同時に俺へと注がれる。
お互いに狂信し、支配し合う二人の世界に、俺という存在がなくてはならない「歯車」として組み込まれていくのが分かった。
逃げ出すチャンスはいくらでもあったはずだ。だが、この惨劇の結末を一番近くで見届けたいという醜い欲望が、俺の足を完全に止めさせていた。
「……勝手にすればいい」
俺が短く呟くと、玲明は心底楽しそうに微笑み、頼人はほっとしたように胸を撫で下ろした。
俺は自ら、この最悪な劇場の特等席から二度と立ち上がれない檻に入ったのだ。




