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エピソード3本心と欲望

これは作者の実体験をもとにした半分フィクションのお話...

水族館のデートから数日が過ぎた。

あの夜に届いた玲明からの猛烈な愚痴と、昼間に送られてきた仲睦まじい写真。二つのギャップに対する不気味さは残っていたものの、俺は「これでしばらくは静かになるだろう」と高をくくっていた。


だが、その期待は呆気なく裏切られることになる。


平日の夜、22時を過ぎた頃だった。

俺のスマホが途切れることなく振動し始めた。画面には頼人の名前が表示されている。


「……はい、もしもし」

『や、山中……っ! たすけ、助けて……っ!』


電話口から聞こえてきたのは、過呼吸を起こしたような頼人の悲痛な叫びだった。バックで食器が激しく割れる音と、激しい怒鳴り声がうっすらと響いている。


「頼人!? どうした、今どこにいるんだ!?」

『玲明の……部屋……っ。僕、また何か気に障ること言っちゃって……っ。ごめんなさい、ごめんなさい玲明……っ!』

『うるさい! 誰と電話してんのよ! スマホ出しなさいよ!』


ガシャーンという絶叫に近い音とともに、通話は唐突に切れた。


俺の手に嫌な汗が滲む。

「僕が彼女のすべてになれてる」と恍惚として語っていた頼人の顔が脳裏をよぎる。頼人と玲明は互いに納得してあの歪な関係を保っているはずだった。だが、今の悲鳴は明らかに限度を超えている。


放置すれば、本当に手遅れになるかもしれない。

俺は上着をひっかけると、最悪の胸騒ぎを抱えたまま、玲明のアパートへと向かって走り出した。




15分後、息を切らせて玲明の部屋の前に到着した俺は、ドアの前で立ち尽くした。

廊下まで聞こえるほどの怒鳴り声と、頼人の咽び泣く声。


覚悟を決めてインターホンを強く連打すると、ガチャリと鍵が外れ、扉が勢いよく開いた。


「……何? なんで裕人がここにいるの?」


髪は乱れ、肩で息をする玲明がそこに立っていた。その瞳は完全に冷え切っており、正気を感じさせない。

部屋の奥を覗き込むと、散乱した書類や割れたグラスの真ん中で、頼人が頭を抱えて座り込んでいた。


「玲明、やめろ! もう深夜だぞ、近所迷惑だし頼人も参ってるじゃないか!」


俺が間に入ろうと足を踏み入れた瞬間、玲明はフッと不気味な笑みを浮かべた。


「参ってる? ハッ、冗談でしょ。ねえ頼人、あんた参ってるの? 裕人に助けてもらいたいの?」


玲明が振り返り、冷たい声を浴びせる。

すると、あんなに怯えて泣いていた頼人が、ゆっくりと顔を上げた。その表情を見て、俺は息を飲んだ。


頼人は恐怖に震えながらも、どこか俺を邪魔者扱いするような、冷ややかな視線を向けてきたのだ。


「山中……なんで来たの……?」

「え……? だってお前、助けてくれって……」

「僕と玲明の喧嘩に、関係ない山中が入ってこないでよ」


血の混じった唇で、頼人ははっきりとそう言い放った。

殴られ、罵倒され、追い詰められて電話をかけてきたはずの男が、介入してきた俺を「邪魔者」として排除しようとしている。


「ほらね」


玲明は愉悦に満ちた表情で俺の顔を覗き込んだ。


「頼人はね、私がいないと駄目なの。どれだけ傷つけられても、私の側から離れられないの。裕人が余計なヒーローごっこをしに来ても、誰も救われないんだよ?」


俺の頭の中が真っ白になった。

助けを求められたから駆けつけたはずだった。だが、ここにあったのは救出を待つ被害者などではなく、お互いの狂気でしか満たされない「閉じられた世界」だったのだ。


「……帰るわ」


俺は絞り出すように呟き、二人から背を向けた。

後ろで玲明の高笑いと、頼人が必死に玲明に許しを請う情けない声が重なって聞こえる。


夜の冷たい空気を吸い込みながら、俺は心底恐ろしくなった。

あの二人の狂気よりも何よりも、そんな異常な光景を見せつけられながら、胸の奥でどこか冷めた快感を覚えてしまっている自分自身に。


俺は二人から逃げ出したいのではない。

この最悪な劇場を、一番近くで観察していたいだけなのかもしれない——。

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