エピソード1.5歪んだ世界
これは作者の実体験をもとにした半分フィクションのお話...
深夜の惨状から二日が過ぎたが、
俺の胸のざわつきは収まらなかった。
スマホを気にしては溜息をつき、画面を開くたびにあの動画の残像が脳裏をよぎる。
警察に駆け込むべきか、誰かに相談すべきか。
しかし、当事者である頼人自身が何も訴えていない以上、
自分が出張っていって事態が悪化するのも恐ろしかった。
そんな折、山中の元に頼人から「少し話せるか」と連絡が入った。
仕事終わり、二人で立ち寄った静かな居酒屋の店内。頼人はどこか落ち着かない様子でメニューの端を弄っていた。
頬にはうっすらと青あざのようなものが残っている。山中はそれを視線で指し示しながら、慎重に声をかけた。
「頼人……それ、玲明にやられたのか? 本当に大丈夫なのかよ」
頼人はビクッと肩を揺らすと、照れ隠しのようにへらりと笑ってみせた。
「あ、これ? ううん、僕がドジで転んだだけだよ。玲明は何も悪くないんだ」
分かりやすすぎる嘘だった。だが、頼人の目には恐怖ではなく、どこか奇妙なうっとりとした色が浮かんでいた。
「山中、心配してくれてありがとう。でもね、僕にはわかるんだ。玲明があんな風に激しくなるのって、僕のことを本気で考えてくれてるからなんだよ。僕が頼りないから、叱ってくれてるんだ」
「……叱るって、あれはただの暴力だろ。頼人、お前麻痺してるぞ」
「違うよ」
頼人は首を振った。その声には恐ろしいほどの確信が籠もっていた。
「僕が他の誰かと話してたり、彼女の求める答えを出せなかったりすると、玲明はすごく怒る。でもそれって、僕のことしか見えてないってことでしょ? 僕が彼女のすべてになれてるってことなんだ。痛いのは辛いけど、玲明の視線を独占できるなら、僕は何をされたって構わないんだよ」
俺は絶句した。
助けを求めているとばかり思っていた頼人は、自ら進んでその歪んだ檻に入り込み、暴力を愛情だと信じ込もうとしていた。痛みに耐えることでしか、自分の価値を感じられないところまで追い詰められているのだ。
「お願いだから、玲明を悪く言わないで。彼女は不器用なだけなんだ。僕がもっとちゃんとした男になれば、彼女も笑ってくれるはずだから」
頼人の瞳には、救いようのない狂信が宿っていた。
俺はそれ以上、何も言い返せなくなってしまった。
この男を救い出すことなど不可能なのかもしれないという諦めと、
どこか異質なものを見るような恐怖が、俺の背筋を冷たく撫で上げた。




