第9話 祭祀遺跡の異変
早朝。
アイリスは、王都大聖堂の大司教執務室にいた。
室内には、アルベルトとガルド、リリー。そして、見慣れない二人の神官が集められている。
全員が揃ったところで、大司教が口を開いた。
「今回の調査には、この二人にも同行してもらう」
大司教が二人の神官へ視線を向ける。
「こちらは教会浄化局所属の退魔術師だ。二人とも、浄化術と退魔術に関しては教会でも指折りの実力者だ」
一人の男性神官が一歩前へ出る。
「浄化局のライラックです。高位退魔術と魔法戦闘を専門としています」
落ち着いた口調で名乗り、軽く頭を下げる。
続いて、隣に立っていた女性神官も一歩前へ出た。
「同じく浄化局のダリアです。退魔術と浄化術、それから呪いや瘴気による異常への対処を専門としています。そういったものは、私にお任せください」
「よろしくお願いします!」
アイリスが頭を下げる。
「こちらこそ」
二人もそれに応じた。
こうして、六人の調査隊が編成された。
アイリス。
王国騎士団のアルベルト。
聖騎士団のガルド。
支援魔法を得意とするリリー。
そして、教会浄化局の退魔術師であるライラックとダリア。
祭祀遺跡は、王都から歩いて一時間半ほどの岩山にある。
昨日、アイリスが薬草採取の途中で立ち寄り、祠の奥で異常な瘴気と謎の卵を発見した場所だ。
瘴気の結界に阻まれ、それ以上の調査はできなかった。
アイリスは無理に踏み込まず、すぐに王都へ戻って教会へ報告した。
その報告を受け、教会浄化局、王国騎士団、聖騎士団との調整が行われた。
そして翌朝。
各分野の専門家を集めた調査隊が派遣されることになったのだ。
祭祀遺跡は岩山の内部に広がる洞窟である。
内部の通路が狭い可能性を考えれば、大人数での行動はかえって危険になる。
そのため今回は、各分野に長けた者だけを集めた少数精鋭での調査となった。
王都を出発して、およそ一時間半。
一行は祭祀遺跡のある岩山へ到着した。
洞窟の入口が見えてきたところで、アイリスが人影に気づく。
「あっ!」
向こうもこちらに気づいた。
「アイリス!」
「ミロさん!」
森に住むミロだった。
アイリスが駆け寄る。
「昨日から何度か様子を見に来てくれていたんですか?」
「うん。アイリスが帰ってから気になってたから。昨日の夕方と、今朝も早くから見てたんだ」
「ありがとうございます!」
「でも、特に変わったことはなかったよ」
ミロが洞窟の入口を見る。
「中から何か出てきたりもしなかった。魔物も一匹も見てない」
「魔物も……」
「うん。でも――」
ミロの表情が少し曇る。
「昨日より、なんだか嫌な感じがする」
「嫌な感じ?」
「うまく言えないけど……森の動物も、この辺りに近づこうとしないんだ」
その言葉を聞き、ライラックが洞窟へ視線を向ける。
「瘴気の影響かもしれません」
「やっぱり?」
「動物は人間よりも、こうした異変に敏感なことがありますから」
ダリアも頷く。
「少なくとも、昨日から何かが変化している可能性はありますね」
アルベルトが洞窟の奥を見る。
「中から魔物が出ていないというのは重要な情報です。ありがとうございます」
「い、いえ……」
騎士から礼を言われ、ミロが少し戸惑ったように答える。
「ミロさん、ここから先は私たちに任せてください」
アイリスが言う。
「分かった。気をつけてね」
「はい!」
ミロに見送られ、一行は洞窟の入口へ向かった。
その手前で、アイリスが足を止める。
洞窟の奥には、ほとんど外の光が届いていない。
「先に灯りを用意しますね」
アイリスが片手を掲げる。
「――【聖光】」
淡い白色の光が掌に集まり、一つの光球となって浮かび上がった。
光球はゆっくりとアイリスの頭上へ移動すると、その周囲を柔らかく照らし始める。
洞窟の岩肌や足元まで、十分に見渡せる明るさだ。
「一つだけだと後ろが暗くなりますね」
ライラックも片手を上げる。
「――【聖光】」
もう一つ、白い光球が生まれた。
こちらは一行の後方へ移動する。
「これなら前後とも問題ありません」
アルベルトが頷く。
「では、進みましょう」
前後二つの光球に照らされながら、一行は洞窟へと足を踏み入れた。
入口には、かつて瓦礫に埋もれていた小さな祠が残されている。
一行は、その奥へ進んでいく。
頭上を進む聖光が、洞窟の壁や足元を淡く照らしている。
自然光の届かない奥へ進んでも、視界に困ることはない。
昨日、アイリスが調べた場所までは何も変わらない。
しかし――。
「……あれ?」
アイリスが足を止めた。
「どうしました?」
アルベルトが尋ねる。
アイリスは、目の前に続く通路を指差した。
「前に来たとき、こんな道はありませんでした」
そこには、地下へ向かって緩やかに下る細い通路が伸びていた。
聖光の白い光がその入り口を照らしているが、通路の先までは見通せない。
昨日訪れたときには、確かに存在しなかった道だ。
ガルドが剣の柄に手を添える。
「洞窟の一部が崩れて、新しい空間が露出した……という可能性は?」
「それにしては不自然ですね」
ライラックが壁へ近づき、そっと手を触れる。
しばらく目を閉じていた彼が、静かに息を吐いた。
「……瘴気が流れています」
「瘴気が?」
「ええ」
ライラックが通路の奥を見る。
「それも、かなり濃い。奥へ進むほど強くなっています」
ダリアも壁際へ近づき、瘴気の流れを確かめる。
「自然に溜まったものではなさそうですね。まるで、この先へ引き寄せられているような……」
六人の間に緊張が走る。
アルベルトが背負っていた盾を構えた。
「進みましょう。ここからは警戒を強めます」
全員が頷く。
アルベルトとガルドが前衛。
その後ろにアイリス。
中央にリリーとダリア。
最後尾を、魔法戦闘にも長けたライラックが警戒する。
前方にはアイリスの聖光。
後方にはライラックの聖光。
二つの光球が、一行に合わせるようにゆっくりと移動していく。
一行は慎重に地下へと進んでいった。
しばらく進んだところで、アルベルトが足を止めた。
「……何かいます」
直後。
通路の奥から、複数の足音が響いてきた。
白い光が届く境界。
その暗がりの中から、いくつもの小さな影が飛び出してくる。
「ギャッ!」
「ギャギャッ!」
現れたのは、粗末な武器を手にした数体のゴブリンだった。
「ゴブリン……?」
アイリスが眉をひそめる。
「昨日はいませんでした」
「ミロさんも、入口から魔物は出てきていないと言っていましたね」
アルベルトが盾を構える。
「なら、こいつらはどこから来た?」
ガルドが剣を抜く。
「考えるのは後です。来ます!」
ゴブリンたちが一斉に襲いかかった。
アルベルトが前へ出る。
振り下ろされた棍棒を盾で受け止める。
そのまま正面から押し返すのではなく、盾をわずかに傾けて棍棒の軌道を逸らした。
体勢を崩したゴブリンへ、アルベルトは盾の縁を叩き込む。
「ギャッ!」
よろめいたところへ、ガルドが斬り込んだ。
別の一体が横から飛び出す。
だが――。
「そこです!」
アイリスが黄金の十字架型メイスを振り抜いた。
ゴッ――!
鈍い音とともに、ゴブリンが通路の奥へ吹き飛んでいく。
さらに一体がアルベルトへ飛びかかった。
アルベルトは盾でその一撃を受け、その勢いを利用するように身体をひねる。
ゴブリンの攻撃が空を切った。
直後、ガルドの剣が閃く。
残ったゴブリンも二人によって次々と倒され、辺りに静寂が戻った。
戦闘中も、頭上の光球は揺らぎながら一行を照らし続けていた。
「……普通のゴブリンですね」
リリーが構えていた杖を下ろす。
「そのようです」
ダリアが倒れたゴブリンを調べる。
「瘴気の影響もほとんどありません。少なくとも、この辺りでは」
「でも、昨日はいなかったんですよね?」
ライラックがアイリスを見る。
「はい。この道自体ありませんでした」
ライラックが周囲を見回した。
「……この通路が新しくできたのだとすれば、考えられることはあります」
「なんですか?」
「この岩山の地下には、もともと別の洞窟や空洞が存在していたのかもしれません」
ライラックは壁へ手を当てる。
「何らかの原因で地下の構造が変化し、それまで離れていた洞窟同士が繋がった。そう考えれば、そこに生息していたゴブリンがこちらへ入り込んできても不思議ではありません」
「なるほど……」
アイリスが新しくできた通路の奥を見る。
ダンジョンに魔物がいること自体は珍しくない。
洞窟には洞窟の環境に適応した魔物が棲みつき、森には森に適応した魔物が生息する。
水場や食料、気温、外敵。
そうした環境によって、生息する魔物も変わっていく。
魔物がいるからダンジョンになるのではない。
洞窟や遺跡という環境に魔物が棲みつき、独自の生態系を形成しているのだ。
だからこそ、環境そのものが変われば――。
「生息している魔物も変わる……」
アイリスが呟く。
「ええ」
ライラックが頷いた。
「まだ断定はできませんが、この地下で何か大きな変化が起きている可能性は高いでしょう」
「では、私たちの出番はまだなさそうですね」
ダリアが倒れたゴブリンから立ち上がる。
「今のところ、瘴気による異常は確認できません」
序盤は、普通のダンジョン探索とほとんど変わらなかった。
現れるのはゴブリンやコボルトといった、冒険者なら珍しくもない魔物ばかり。
アルベルトとガルドが前衛で敵を抑え、アイリスが仕留める。
退魔術師であるライラックとダリアが本格的に術を使う必要すらなかった。
しかし――。
地下へ進むにつれ、その様子が少しずつ変わっていった。
「……またですね」
ダリアが呟く。
倒した魔物の身体から、黒紫色の霧が立ち上っている。
瘴気だ。
最初はわずかだった。
だが、深く潜るほどに魔物へまとわりつく瘴気は濃くなっていく。
それに合わせるように聖光の白い光もどこか頼りなく見え始めていた。
光そのものが弱くなっているわけではない。
周囲を満たす黒紫色の霧が、光を遮っているのだ。
「視界が少し悪くなってきましたね」
アルベルトが言う。
「灯りは維持できています」
ライラックが頭上の光球を見る。
「ですが、瘴気がさらに濃くなれば、見通せる距離は短くなるでしょう」
「気をつけます」
アイリスがメイスを握り直した。
そして、ついに――。
ズシン。
通路の奥から、重い足音が響いた。
ズシン。
ズシン。
聖光の届かない暗がりで、大きな影が揺れる。
「敵、来ます!」
アルベルトが大盾を前へ出し、腰を落とす。
次の瞬間。
「グオオオオッ!」
咆哮とともに、大柄な魔物が白い光の中へ飛び込んできた。
「オーガだ!」
ガルドが剣を抜き、その横へ展開する。
オーガが勢いのまま巨大な棍棒を振り下ろした。
ガァンッ!
アルベルトが大盾で受け止める。
「ぐっ……!」
凄まじい衝撃に腕が軋む。
だが、アルベルトは正面から押し返そうとはしなかった。
盾をわずかに傾け、棍棒の軌道を横へ逸らす。
重い一撃が地面を叩いた。
「今です!」
その隙を逃さず、ガルドが踏み込む。
低い姿勢から剣を振り抜き、オーガの脇腹を深く斬り裂いた。
しかし――。
「なに……?」
傷口から、黒紫色の瘴気が噴き出した。
その瘴気が聖光の光を横切り、一瞬だけ周囲が暗く揺らぐ。
「グオオオオオッ!」
オーガの筋肉が異様に膨れ上がる。
傷を負ったにもかかわらず、その動きは鈍るどころかさらに激しくなった。
巨大な腕がガルドへ振るわれる。
「くっ!」
ガルドが剣で受け流しながら後退する。
そこへオーガが追撃しようと踏み込む。
だが、その進路へアルベルトが割って入った。
大盾を身体ごとぶつける。
ドンッ!
巨体がわずかによろめいた。
「下がってください!」
ライラックが前へ出た。
片手をオーガへ向ける。
淡い光が、その掌へと集まっていく。
「聖なる力よ、邪なるものを打ち払え。――【セイクリッド・ストライク】!」
放たれた聖なる光が、オーガの身体を直撃する。
「グオオッ!?」
身体にまとわりついていた黒紫色の瘴気が、一気に薄れていく。
同時に、オーガの動きが明らかに鈍った。
「今です!」
ガルドが地面を蹴った。
その身体から、淡い闘気が立ち上る。
オーラだ。
それは腕を伝い、握られた剣を薄く包み込んでいく。
ガルドは一気にオーガの懐へ潜り込むと、踏み込みと同時に剣を振り抜いた。
ズガンッ!
オーラを乗せた重い一撃が胴を捉え、オーガの巨体が大きく傾く。
そのまま地面へ倒れ込んだ。
それでも――。
「グ……オォ……!」
オーガは地面へ手をつき、起き上がろうとする。
「まだ動きます!」
アイリスが駆け出した。
黄金の十字架型メイスを振り上げる。
「――そこです!」
ドゴンッ!
強烈な打撃を受け、オーガが完全に動かなくなった。
「……瘴気によって強化されていたんですね」
アイリスがメイスを担ぎ直す。
「はい」
ライラックが頷く。
「身体能力だけではありません。痛覚や恐怖心まで鈍らされている可能性があります。深部へ進めば、さらに影響が強くなるでしょう」
ダリアが倒れたオーガを調べる。
「この個体が特別だったというより、ここまで来る間に瘴気の影響を強く受けたと考えるべきでしょうね」
「つまり……」
リリーが地下へ続く通路を見る。
光球が照らす範囲の先は、濃い瘴気と暗闇に沈んでいる。
「下へ行くほど危険になるってこと?」
「おそらくは」
ダリアが頷く。
「魔物の種類だけではありません。この環境そのものが変化しているように思えます」
「ここからは、私たちも本格的に動いたほうがよさそうですね」
ライラックが言う。
「魔物を倒すだけではなく、まとわりついている瘴気そのものを処理する必要があります」
「分かりました!」
アイリスが頷く。
「ここから先は、連携して対処していきましょう」
さらに進む。
通路は徐々に広がり、やがて一行は巨大な地下空間へと辿り着いた。
二つの聖光が前後へ離れ、広い空間を照らしていく。
光の届いた先に、岩壁と広大な空洞が浮かび上がった。
「……これは」
リリーが息を呑む。
そこには、さらに地下へ続く階段があった。
一行は階段を下りる。
下へ。
さらに下へ。
聖光もその後を追うように下降していく。
進めば進むほど、空気に混じる瘴気が濃くなっていく。
白い光の周囲を黒紫色の霧が漂い、その輪郭をぼやけさせていた。
やがてアイリスたちは、明らかな異変に気づいた。
「こんな場所……昨日はありませんでした」
アイリスが周囲を見回す。
自然にできた洞窟とは思えなかった。
壁面には無数の亀裂が走り、その奥では黒紫色の瘴気が脈打つように流れている。
聖光に照らされることで、その流れがよりはっきりと見えた。
さらに、壁や天井の一部は奇妙に隆起し、新たな通路を形成していた。
ダリアが壁を調べる。
「……やはり」
「何か分かったんですか?」
「この洞窟、ただ広がっているわけではありません」
ダリアが亀裂へ指を近づける。
内部を流れる瘴気が、ゆっくりと地下へ向かっていた。
「周囲にあった地下空洞を取り込んでいるんです」
「取り込んでいる?」
アルベルトが聞き返す。
「はい。亀裂が広がって壁が崩れ、それまで独立していた空間同士が繋がっている。先ほどのゴブリンたちも、そこから入り込んだのでしょう」
ガルドが険しい表情で周囲を見回す。
「一晩で、これだけの変化が起きたというのか」
「普通ならあり得ません」
ライラックが答える。
「ですが、これだけ濃い瘴気が関係しているとなれば……」
言葉を切り、地下へ目を向ける。
「何かが、この場所そのものを作り変えていると考えるべきでしょう」
「何かを中心に……」
その言葉を聞いた瞬間。
アイリスの脳裏に、あの卵が浮かんだ。
「……卵」
誰も否定しなかった。
さらに地下へ進む。
中層へ到達した頃には、現れる魔物の様相も完全に変わっていた。
その身体には濃い瘴気がまとわりつき、瞳は黒紫色に染まっている。
そして――。
「来ます!」
アルベルトの声が響く。
聖光の届かない暗闇の奥。
そこから、巨大な異形の獣が姿を現した。
四足でありながら人間の倍以上の体高を持ち、全身から黒紫色の瘴気を噴き出している。
「これは……さっきまでとは違いますね」
ライラックの表情が険しくなる。
「私たちが瘴気を剥がします!」
ライラックとダリアが同時に術式を展開した。
「リリーさん!」
「分かってる!」
リリーも杖を掲げる。
淡い光が前衛の三人を包み込んだ。
「防御支援をかける! アルベルトさん、正面お願い!」
「任せてください!」
アルベルトが前へ出る。
大盾を構えた瞬間、その身体からオーラが立ち上った。
淡い闘気が腕を伝い、盾の表面を覆っていく。
異形の獣が地面を蹴った。
巨大な爪がアルベルトへ振り下ろされる。
ガァンッ!
盾と爪が激突した。
「ぐっ……!」
凄まじい衝撃に、アルベルトの足が地面を滑る。
それでも盾は下げない。
さらに二撃目。
アルベルトは今度は真正面から受けず、盾を斜めに構えた。
爪がその表面を滑り、地面へ叩きつけられる。
獣の体勢が崩れた。
「ガルドさん!」
「分かっている!」
その横をガルドが駆け抜ける。
オーラを纏った剣が一閃する。
獣の前脚が斬り裂かれた。
「ギャアアアッ!」
獣が暴れ、傷口から瘴気が一気に噴き出す。
黒紫色の霧が辺りへ広がり、頭上の光球を覆った。
一瞬、周囲が薄暗くなる。
「浄化します!」
ライラックとダリアの術式が輝いた。
聖なる光が左右から獣を包み込む。
黒紫色の瘴気が薄れていく。
それに合わせて聖光の光も再び周囲を明るく照らし始めた。
「アイリスさん!」
「はい!」
アイリスが一歩踏み出す。
「【筋力強化】!」
淡い光が身体へと吸い込まれ、全身に力が満ちていく。
「【金剛加護】!」
続けて防御を強化する。
地面を蹴る。
一瞬で獣との距離を詰めた。
黄金の十字架型メイスを大きく振り上げる。
「――そこです!」
振り下ろされたメイスが、獣の胴を捉えた。
ドゴォンッ!
巨体が地面から浮き上がり、そのまま壁際まで吹き飛ばされる。
「まだです!」
ダリアが叫ぶ。
倒れた獣の身体から、再び瘴気が湧き出そうとしていた。
「させません!」
ライラックとダリアが浄化術を重ねる。
聖なる光が獣を包み込み――。
黒紫色の瘴気が消えていく。
やがて、獣は完全に動かなくなった。
「……終わりましたね」
リリーが杖を下ろす。
「はい」
ダリアが答える。
だが――。
「……待ってください」
その表情が変わった。
ダリアが地面を見る。
「どうしました?」
「瘴気が……消えていません」
「え?」
全員の視線が地面へ向く。
魔物から抜け出した黒紫色の霧。
浄化術を受けて大部分は消滅したはずだった。
しかし、わずかに残った瘴気が地面を這っている。
白い聖光に照らされ、細い黒紫色の筋となって動いているのがはっきり見える。
そして――。
まるで意思を持っているかのように、壁や地面の亀裂へと吸い込まれていった。
「下へ流れています」
ダリアが呟く。
「どこへ?」
アルベルトが尋ねる。
「分かりません。ただ……」
ダリアが周囲を見回す。
壁。
床。
天井。
至るところに走る亀裂の中を、黒紫色の瘴気が流れている。
「全部、同じ方向へ向かっています」
一行は無言でその流れを追った。
さらに地下へ続く通路。
その壁面にも、無数の瘴気の筋が走っている。
細い流れが合流し、さらに大きな流れとなって地下へ向かう。
聖光の白い光を受けながら蠢くその姿は、まるで――。
「……血管みたい」
リリーが呟く。
誰も否定できなかった。
この地下空間そのものが一つの巨大な生物であるかのように、瘴気が脈打ちながら流れている。
その流れの先にあるものを、アイリスは思い出していた。
「……全部、卵へ向かっている」
誰も言葉を返せなかった。
さらに地下へ。
一行は、壁や地面の亀裂を流れる瘴気を追って進んでいた。
頭上には、アイリスとライラックが生み出した二つの聖光が浮かび、黒紫色の霧に霞みながらも周囲を照らしている。
進めば進むほど、瘴気は濃くなっていった。
最初は細かった流れも、次第にいくつもの筋と合流し、大きな流れとなって地下へ向かっている。
「……やっぱり、この先です」
アイリスが呟く。
昨日、自分が見つけた卵。
瘴気の流れは、明らかにその方向へ続いていた。




