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祝福の拳、救いの手 ~物理系聖職者(シスター)の日常~  作者: みやのやしろ


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第10話 孵化

 やがて長い通路を抜けると――。


 その先に、巨大な空洞が広がっていた。


 先頭を進む聖光《ホーリー・ライト》が空洞へ入り、その白い光がゆっくりと内部を照らしていく。


 壁。


 地面。


 無数の亀裂。


 そして――。


 空洞の中央。


「……そんな」


 アイリスが足を止める。


 そこにあったのは、昨日見つけた謎の卵だった。


 間違いない。


 だが――。


「大きくなっています……」


 昨日見たときとは比べ物にならない。


 卵は倍近い大きさに膨れ上がっていた。


 表面には黒紫色の紋様が浮かび、脈打つように明滅している。


 その周囲。


 壁や地面に走る無数の亀裂から、絶え間なく瘴気が流れ込んでいた。


 中でも――。


「……あの亀裂」


 ダリアが卵の背後へ目を向ける。


 空洞の奥。


 壁面には、他のものとは比べものにならないほど大きな亀裂が走っていた。


 その奥から、濃密な黒紫色の瘴気が脈打つように流れ出している。


 周囲から集まってきた細かな瘴気の流れはそこへ合流し、巨大な流れとなって卵へと吸い込まれていた。


 ドクン――。


 卵が脈動する。


 そのたびに、黒紫色の紋様が不気味に明滅する。


「昨日より……ずっと濃くなっています」


 アイリスが表情を強張らせる。


「これが昨日より?」


 ライラックの表情も険しくなる。


「ここまで来る途中とは比べものにならない濃度ですね」


 ダリアも杖を構えた。

「近づかない方がいいでしょう」


 アイリスは黄金の十字架型メイスを握り締める。


「どうしますか?」


「まずは状態を確認します」


 ライラックが卵へ視線を向ける。


「これだけの瘴気が集まっている以上、不用意に刺激するべきではありません」


 ガルドが剣の柄へ手をかける。


「なら、孵化する前に破壊するのは危険か」


「内部にどれほどの瘴気が蓄積されているか分かりません」


 ダリアが答える。


「下手に破壊すれば、一気に放出される可能性があります」


「では、周囲の瘴気から――」


 ライラックが一歩前へ出ようとした。


 その瞬間――。


 ピシリ。


 小さな音が響いた。


「……え?」


 アイリスが卵を見る。


 聖光《ホーリー・ライト》に照らされた卵の表面。


 そこに一本の亀裂が走っていた。


 ピシッ。


 さらに一本。


 ピシピシッ――。


 亀裂が瞬く間に広がっていく。


「……まずい」


 ライラックが一歩後退する。


「全員、下がってください!」


「何が――」


 アルベルトが言い終えるより早く――。


 卵が弾けた。


「全員、防御!」


 アルベルトが叫び、即座に盾を構える。


 ガルドも剣を抜き、リリーたちを庇うように前へ出た。


「――【金剛加護《プロテクト》】!」


 アイリスも咄嗟に強化魔法を唱える。


 神力を帯びた淡い光がアルベルト、ガルド、そしてアイリス自身の身体を包み込んだ。


 ほぼ同時に、リリーも杖を掲げる。


「神よ、我らが立つ地に聖なる加護を!――【ディバイン・フィールド】!」


 眩い光が広がり、六人を包み込む防護領域を形成する。


 直後――。


 黒紫色の瘴気が爆発した。


 凄まじい勢いで瘴気が押し寄せ、リリーの展開した光の防壁へ叩きつけられる。


「くっ……!」


 リリーが踏ん張る。


 光の防壁が激しく揺らめく。


 同時に、頭上に浮かんでいた聖光《ホーリー・ライト》の光も、濃密な瘴気に呑み込まれるように弱まった。


 洞窟の中が一瞬、暗く沈む。


「光が……!」


 ダリアが周囲を見る。


 だが、光球は消えてはいない。


 瘴気の向こうで白い光が揺らめき、辛うじて周囲を照らし続けている。


 やがて黒紫色の霧が薄れていく。


 白い光が再び地下空間を照らし出した。


 アイリスはメイスを握り締め、その先を見据える。


 割れた卵の中から――。


 一体の存在が、ゆっくりと姿を現す。


 長い銀髪と金色の瞳。


 額から伸びる黒い角。


 そして、その背には漆黒の翼が広がっていた。


 白い聖光《ホーリー・ライト》に照らされたその姿は、周囲を満たす黒紫色の瘴気の中で異様なほど鮮明に浮かび上がっていた。


 その姿を見た瞬間、アイリスの身体が本能的に強張る。


「……アスタロト」


 ライラックが低く呟いた。


「知っているんですか?」


 アイリスが尋ねる。


「悪魔について記された教会の記録にあります。高位の悪魔です」


「高位……」


 ガルドが剣を構え直す。


 アスタロトが地面へ足をつけた。


 その瞬間――。


 ズズン、とダンジョン全体が震えた。


「何だ……?」


 アルベルトが周囲を見回す。


 遠くから魔物たちの咆哮が響いてくる。


 そして――。


「瘴気が……!」


 ダリアが息を呑んだ。


 洞窟の奥。


 壁の亀裂。


 通路の向こう。


 聖光《ホーリー・ライト》に照らされた黒紫色の霧が、まるで意思を持つかのように動き始める。


 これまで卵へ向かっていた瘴気が、その行き先を変えた。


 ダンジョン中から集まってきた瘴気が、一斉にアスタロトへと流れ込み始めたのだ。


 そして、その中でも特に濃い流れは――。


 卵の背後にあった、巨大な亀裂から伸びている。


「……瘴気の流れが、あいつを中心に変わった……」


 ガルドが呟く。


 アスタロトが六人を見る。


 その目に宿っているのは、怒りでも憎悪でもない。


 ただ、目の前にいる存在を確かめるような、冷たい視線。


 そして――。


 アスタロトの姿が消えた。


「――っ!」


 アイリスが反射的にメイスを横へ構える。


 直後。


 ガァンッ!


「ぐっ……!」


 凄まじい衝撃がメイスを通じて両腕へ走った。


 足元の岩盤が砕け、アイリスの身体が後方へ押し込まれる。


「アイリス!」


 アルベルトが即座に割り込む。


 大盾を構えた瞬間、アスタロトの攻撃が正面から叩き込まれた。


 轟音。


「ぐ……っ!」


 アルベルトの足が地面を滑る。


 盾越しの一撃だけで数歩も後退させられた。


「なんて力だ……!」


「アルベルト!」


 ガルドが横から斬り込む。


 剣がアスタロトの脇腹へ迫る。


 しかし。


 アスタロトは身体を僅かに傾けるだけで、その一撃をかわした。


「なっ――」


 即座に反撃が来る。


 ガルドが剣を戻すより速い。


「させません!」


 ダリアが杖を向ける。


「――【セイクリッド・ストライク】!」


 白い光が一直線に走り、アスタロトへ直撃した。


 聖なる光が弾ける。


 アスタロトの動きが一瞬止まった。


「助かった!」


 ガルドが大きく後退する。


「ライラック!」


「分かっています!」


 二人の退魔術師が同時に術式を展開する。


 白い光がアスタロトを包み込んだ。


 黒紫色の瘴気が削られていく。


「効いています!」


 アイリスが声を上げる。


 だが――。


「待ってください!」


 ダリアの表情が変わった。


 アスタロトの足元から、再び黒紫色の瘴気が噴き上がる。


「そんな……!」


 浄化したはずの瘴気が、再びアスタロトを包み始めた。


「再生してる……?」


 リリーが呟く。


「いえ!」


 ダリアが周囲へ視線を走らせる。


 白い照明の中、洞窟の各所から黒紫色の霧が流れ込んでくる様子がはっきりと見えた。


「自分の力だけで再生しているんじゃありません!」


「このダンジョンそのものから瘴気を吸収しています!」


「つまり、浄化しても――」


 ガルドが言い終えるより早く、アスタロトが動いた。


「来るぞ!」


 アルベルトが盾を構える。


 アスタロトが正面から迫る。


 盾と腕が激突した。


「ぐっ!」


 アルベルトが受け止める。


「ガルドさん!」


「ああ!」


 ガルドが側面から斬り込む。


 アスタロトの意識が僅かに逸れた。


 そこへ――。


「はあああっ!」


 アイリスが飛び込む。


 黄金のメイスを横薙ぎに振り抜いた。


 アスタロトが腕を交差させて受ける。


 ドンッ!


 鈍い衝撃が地下空間へ響いた。


 アスタロトの身体が僅かに後退する。


「まだです!」


 アイリスは踏み込む。


 返す勢いで二撃目。


 さらに三撃目。


 アスタロトも真正面から応戦する。


 メイスと腕が何度も激突し、そのたびに凄まじい衝撃が周囲へ走った。


「アイリス、無茶しないで!」


 後方からリリーの声が飛ぶ。


「大丈夫です!」


 そう答えながら、アイリスは再びメイスを振るう。


 だが、アスタロトはそれを受け止めると、力任せに押し返した。


「――っ!」


 アイリスが数歩後退する。


 そこへガルドが入れ替わるように踏み込んだ。


「はあっ!」


 剣がアスタロトの身体を捉える。


 刃がその身体へ斬り込んだ。


「入った!」


 だが――。


 傷口へ周囲の瘴気が吸い込まれていく。


 黒紫色の霧が傷を覆い、見る間に塞いでいった。


「また再生した……!」


「このままでは、いくら攻撃しても追いつきません!」


 ライラックが叫ぶ。


「なら、浄化しながら削る!」


 アルベルトが盾を構え直す。


「ライラックさん、ダリアさん! 瘴気を抑えられるか!」


「やります!」


「任せてください!」


 再び二人の術式が展開する。


「リリーさん、支援を!」


「分かってる!」


 リリーが杖を掲げる。


 淡い光が前衛を包んだ。


 アルベルトが前へ出る。


 その後ろからガルド。


 そしてアイリスも、メイスを構え直した。


 激しい攻防が続いた。


 洞窟の中では、二つの聖光《ホーリー・ライト》が変わらず頭上に浮かび続けている。


 戦闘の衝撃で光球は何度も揺らいだが、消えることはない。


 その白い光に照らされながら、アルベルトが正面から攻撃を受け止める。


 盾が軋む。


 ガルドが側面へ回り込み、隙を見つけて剣を振るう。


 アイリスは二人が作った隙へ飛び込み、メイスを叩き込む。


 後方からリリーが強化と防護を維持する。


 ライラックとダリアも、アスタロトを覆う瘴気を絶えず浄化していく。


 確実に攻撃は通っている。


 纏っていた瘴気も、浄化によって剥がされている。


 それでも――。


 足りない。


 アスタロトの傷が塞がる。


 浄化された瘴気の代わりに、新たな瘴気が流れ込んでくる。


「きりがない……!」


 ガルドが吐き捨てる。


「このままじゃ、先にこっちが消耗するぞ!」


 実際、その通りだった。


 アルベルトの盾には、すでにいくつもの傷が刻まれている。


 ガルドの呼吸も荒い。


 リリーも絶え間なく支援魔法を維持しているため、額に汗が滲んでいた。


 ライラックとダリアも同様だった。


 そして――。


「はぁ……はぁ……」


 アイリスもまた、少しずつ消耗していた。


 メイスを握る手に力を込め直す。


 強化魔法の維持。

 自身を守る加護。

 そしてメイスへ流し続けている神力。


 戦闘開始から休む間もなく力を使い続けている。


 まだ戦える。


 だが、いつまでも続けられるわけではない。


「……このままでは駄目です」


 ダリアが呟いた。


「ダリア?」


 ライラックが彼女を見る。


 ダリアはアスタロトから視線を逸らさない。


「私が拘束します」


 その言葉で、ライラックも彼女が何を考えているのか理解した。


「……分かりました」


「ライラック」


「はい」


「私が止めている間に――」


 ダリアが杖を握り直す。


「あなたが決めてください」


「……任せてください」


 ライラックの表情が変わった。


「アルベルトさん、ガルドさん、アイリスさん!」


「何をすればいい!」


「ダリアが術を完成させるまで、アスタロトを近づけないでください!」


「任せろ!」


 アルベルトが盾を構える。


「行くぞ!」


 三人が同時に前へ出た。


 アスタロトも迎え撃つ。


 アルベルトの盾へ攻撃が叩き込まれる。


「ぐっ……!」


 その横からガルドが斬り込む。


 アスタロトが身体を捻ってかわす。


「今です!」


 アイリスが飛び込む。


「はあああっ!」


 黄金のメイスを振り抜く。


 アスタロトが腕で受け止めた。


 轟音。


 その間に、ダリアは大きく距離を取っていた。


 杖を地面へ突き立てる。


 足元に白銀の魔法陣が広がった。


「断罪の鎖よ、深淵の王を繋ぎ止めよ」


 複雑な術式が幾重にも重なっていく。


 アスタロトがダリアへ顔を向けた。


「気づかれた!」


「行かせるか!」


 アルベルトが進路を塞ぐ。


 アスタロトの一撃。


 盾が大きく軋む。


「ぐっ……!」


「アルベルトさん!」


「構うな! 術を続けろ!」


 ダリアが詠唱を続ける。


「刻まれし聖痕にかけて、其の邪悪なる意志を縛絶せん」


 魔法陣の光が一気に強まった。


「――【セイクリッド・チェイン】!」


 瞬間。


 地面から無数の光の鎖が噴き出した。


 一本。


 二本。


 さらに何本もの鎖がアスタロトへ殺到する。


「グォオオオオッ!」


 アスタロトが腕を振る。


 黒紫色の瘴気が鎖へ叩きつけられる。


 数本が弾かれる。


 だが、その間を抜けた鎖が腕へ絡みついた。


 続いて脚。


 胴体。


 漆黒の翼。


 次々と光の鎖が巻き付いていく。


「まだです!」


 ダリアが杖を握り締める。


 魔法陣からさらに鎖が伸びた。


 幾重にもアスタロトの身体を縛り上げていく。


「グ……ォ……!」


 アスタロトが力任せに身体を動かす。


 光の鎖が激しく軋んだ。


「くっ……!」


 ダリアの身体も大きく揺れる。


「ダリア!」


「大丈夫です!」


 歯を食いしばりながら、術式を維持する。


「今です、ライラック!」


「――はい!」


 その時にはすでに、ライラックの詠唱は始まっていた。


 杖の先へ白い光が集まっていく。


 先ほどまで使っていた浄化術とは、明らかに違う。


 光の密度そのものが違っていた。


 頭上に浮かぶ聖光《ホーリー・ライト》とは比較にならないほど強い聖光が、ライラックの周囲を照らし出す。


 地下空間に漂う瘴気が、その光を避けるかのように揺らめいた。


 アイリスが思わず振り返る。


「……すごい」


 ライラックの足元にも魔法陣が広がった。


 いくつもの聖印が浮かび上がり、彼を中心にゆっくりと回転する。


 アスタロトがライラックを見る。


 その金色の瞳に、初めて明確な警戒が浮かんだ。


「グォオオオッ!」


 アスタロトが暴れる。


「させません!」


 ダリアが魔力を注ぎ込む。


 新たな鎖がアスタロトへ巻き付いた。


「早く……!」


「分かっています!」


 ライラックが杖を掲げる。


「神の名において命じる」


 白い光が一気に膨れ上がる。


「汝、闇より出でし穢れよ」


 アスタロトを中心に、幾重もの光輪が浮かび上がった。


「聖なる焔に焼かれ、あるべき無へと帰すべし」


 聖印が一斉に輝く。


「――【セイクリッド・エクソシズム】!」


 瞬間。


 地下空間が白く染まった。


 二つの聖光《ホーリー・ライト》さえ霞むほどの眩い光。


 幾重もの光輪から、凄まじい聖光が一斉にアスタロトへ収束する。


「グォオオオオオオオッ!」


 これまでとは明らかに違う咆哮が響いた。


 アスタロトの身体を覆っていた黒紫色の瘴気が、一気に消し飛ぶ。


 溢れ出した瘴気も、白い光へ触れた端から消滅していく。


「効いてる!」


 リリーが叫ぶ。


「このままいけば……!」


「倒せる!」


 ガルドも声を上げる。


「まだです!」


 ライラックは術を止めない。


 額から汗が流れる。


 杖を握る手が震え始めていた。


 それでも聖光を注ぎ込み続ける。


「これで――!」


 さらに光が強くなる。


 アスタロトの身体が大きく仰け反った。


「グ……ォ……!」


 そして――。


 膝をつく。


「やった……?」


 アイリスが呟いた。


 アスタロトを覆っていた瘴気は、ほとんど消えていた。


 これまでどれだけ攻撃してもすぐに塞がっていた傷も、今度は残っている。


「はぁ……はぁ……」


 ダリアが『セイクリッド・チェイン』を解除する。


 光の鎖がゆっくりと消えていった。


 ダリアがその場に膝をつく。


「ダリア!」


「大丈夫……です」


 肩で息をしながら、それでもアスタロトを見据える。


 ライラックも杖を下ろした。


「これだけ浄化すれば……」


 その言葉が止まった。


「……え?」


 アスタロトの足元。


 黒紫色の霧が――。


 ゆっくりと湧き上がった。


「まさか……」


 次の瞬間。


 洞窟全体が震えた。


 壁の隙間。


 地面の亀裂。


 奥へ続く通路。


 ありとあらゆる場所から、黒紫色の瘴気が流れ込んでくる。


 そして、その中でも特に濃い流れが――。


 アスタロトの背後。


 先ほど卵へ瘴気を送り込んでいた、巨大な亀裂から噴き出していた。


 濃密な瘴気によって、頭上の聖光《ホーリー・ライト》が再び大きく揺らいだ。


 洞窟の明暗が激しく明滅する。


「何……これ……」


 リリーが息を呑む。


「そんな……!」


 ダリアが顔を上げた。


 大量の瘴気がアスタロトへ殺到する。


 消し飛ばされたはずの瘴気が、その身体を再び覆っていく。


「止めろ!」


 ガルドが駆け出そうとする。


 だが――。


「待ってください!」


 ライラックが叫んだ。


 アスタロトを包む瘴気が爆発する。


「――っ!」


 全員が腕で顔を庇った。


 凄まじい圧力。


 黒紫色の霧が渦を巻き、その中心でアスタロトがゆっくりと立ち上がる。


「そんな……」


 アイリスが目を見開いた。


 『セイクリッド・エクソシズム』によって刻まれた傷。


 それが――。


 少しずつ塞がり始めている。


「嘘でしょ……」


 リリーの声が漏れる。


「今ので、かなり効いてたはずなのに……」


「効いていました」


 ライラックが答える。


 呼吸は荒い。


 それでも視線だけはアスタロトから外さない。


「確実にダメージは与えています。ですが――」


 周囲から流れ込む瘴気を見る。


「失った力を、外から補っている」


「外から?」


「アスタロト自身の力だけで再生しているんじゃありません」


 黒紫色の瘴気は、今も流れ込み続けている。


「このダンジョン全体から、失った分を補充しているんです」


「……あれをもう一度やるのは?」


 アルベルトが尋ねる。


 ダリアが息を整えながら首を横に振る。


「すぐには無理です」


 ライラックも頷いた。


「私も、もう一度『セイクリッド・エクソシズム』を使う余力はありません」


「なら――」


 アルベルトが盾を構え直す。


「先に、瘴気の供給を止めるしかないってことか」


「はい」


 ライラックは流れ込む瘴気を目で追う。


「それに――特に問題なのは、あの亀裂です」


 全員の視線が、アスタロトの背後へ向いた。


 卵があった時から瘴気を送り込んでいた、壁面の巨大な亀裂。


 今はそこから伸びる濃密な瘴気が、直接アスタロトへ吸収されている。


「あそこから流れ込む量が、圧倒的に多い」


 ダリアも頷く。


「周囲から集まった瘴気が、あの亀裂を通ってこの空間へ流れ込んでいるんですね」


「つまり――」


 アイリスがメイスを構える。


「あそこを止めればいいんですね!」


「少なくとも、今のような再生はできなくなるはずです!」


「なら話は早い!」


 ガルドが剣を構えた。


 だが――。


 アスタロトがゆっくりと位置を変える。


 巨大な亀裂を背にした。


「……気づかれたな」


 アルベルトが呟く。


 アスタロトは、まるでこちらの意図を理解したかのように立ち塞がっていた。


「なら、俺たちが引きつける」


 アルベルトが盾を構える。


「ガルドさん、亀裂を狙え」


「ああ」


「アイリスさん。俺と一緒にこいつを抑えるぞ」


「はい!」


「リリーさんたちは援護を頼む!」


「分かった!」


 アルベルトが地面を蹴った。

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