第6話 古代都市遺跡の守護者
王都の大聖堂。
朝の礼拝を終えたアイリスは、大司教の執務室を訪れていた。
「今回の任務は、古代都市遺跡の調査だ」
「古代都市の遺跡ですか?」
大司教から渡された書類を、アイリスは両手で受け取る。
「王都から少し離れた場所で、古代都市の遺跡が発見された。地下には大規模な施設が残っているらしい」
「私の任務は?」
「調査隊の護衛だ」
「護衛……」
「それと、調査中に怪我人が出た場合の治療を頼みたい。足場の崩落や転倒など、遺跡調査では思わぬ事故が起こるからな」
「なるほど」
アイリスは真剣に頷く。
「瘴気は?」
「確認されていない」
「アンデッドは?」
「いない」
「魔物は?」
「今のところ報告されていない」
「……では、危険な任務ではないんですね」
どこか残念そうなアイリスの顔を見て、大司教は苦笑した。
「……今回は比較的安全な任務だから」
「そうですか……」
アイリスの肩が、わずかに落ちる。
「王国騎士団からも一名、護衛として同行する。腕の立つ騎士だ。何かあっても対処できるだろう」
「分かりました!」
アイリスは胸を張った。
「それでは、安心して行ってまいります!」
「そうしてくれ」
大司教は微笑む。
「……遺跡の壁を壊すようなことはしないようにな」
「壊しませんよ!」
「……そうだな」
大司教の返事には、なぜか少しだけ間があった。
数日後。
王都から離れた荒野。
崩れた石造りの建物が、広い範囲にわたって残されていた。
かつて、ここには巨大な都市が存在していたらしい。
地下へ続く階段の前で、調査隊が準備を整えている。
「では、よろしくお願いします」
調査隊を率いる学者が、アイリスと騎士に頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
アイリスも頭を下げる。
隣に立つ騎士は、重厚な鎧と盾を身につけていた。
「私は王国騎士団のアルベルトです。今回の護衛を担当します」
「アイリスです! 聖職者として、怪我人の治療も担当します!」
「聞いています。……それと」
アルベルトの視線が、アイリスの背中へ向く。
そこには、身の丈ほどもある黄金の十字架型メイス。
「……遺跡を壊さないようにお願いします」
「大丈夫です!」
アイリスは笑顔で答えた。
「今回は護衛任務ですから!」
地下へ降りると、空気が一変した。
冷たく、乾いた空気。
壁には古代文字が刻まれ、天井には巨大な管が何本も走っている。
「これは水路でしょうか?」
「おそらく違います」
学者が壁を調べながら答える。
「この施設は、都市の地下インフラだったと考えられています」
「インフラ?」
「都市を維持するための設備です。水道、排水……場合によっては、エネルギー供給設備まで」
「そんなものが地下に?」
「都市の規模を考えれば、不思議ではありません」
調査隊は慎重に進んでいく。
壁画を記録し、古代文字を読み取り、古代の設備を調査する。
アイリスの出番は、まだなかった。
「平和ですね」
アイリスが呟く。
「そうですね」
アルベルトも周囲を見回した。
「でも護衛任務は、何も起こらないのが一番です」
「それもそうですね!」
「……」
アルベルトが黙る。
「どうしました?」
「いえ。そうであることを願っています」
「?」
しばらく進んだところで、一行は広い地下空間へ出た。
巨大な水路。
いくつもの金属製の配管。
壁に並んだ古代の装置。
まるで地下に、もう一つの都市が存在しているようだった。
「素晴らしい……!」
学者が目を輝かせる。
「この保存状態なら、古代文明の技術をかなり詳しく調べられるぞ」
調査隊が装置を調べ始める。
そのときだった。
――ガコッ。
「……?」
アイリスが振り返る。
「今、何か鳴りませんでした?」
「気のせいでしょう」
学者が答えた。
直後。
――ゴゴゴゴゴゴゴ……。
地下全体が震えた。
「な、何だ!?」
壁の一部が左右に開く。
その奥から、巨大な人型機械が現れた。
金属製の装甲。
青い動力結晶。
背中には大型の推進装置。
手には、巨大な剣。
赤い光を灯した頭部が、ゆっくりとこちらを向く。
「……古代の警備機構」
学者が青ざめる。
「まさか、まだ動くのか……!」
『――侵入者ヲ確認』
「喋りました!」
「そこに驚くのか!?」
アルベルトが盾を構える。
『――排除ヲ開始』
「全員、下がってください!」
ガーディアンが踏み込んだ。
背中の推進器が噴き上がる。
次の瞬間には、巨大な剣が振り下ろされていた。
アルベルトが盾を掲げる。
――ガキィィン!
「ぐっ……!」
床が大きく沈む。
それでもアルベルトは耐えた。
「この程度なら!」
盾を押し上げ、ガーディアンの剣を弾く。
そのまま踏み込み、剣を叩き込む。
――ガキン!
装甲に傷が走った。
「硬い……!」
ガーディアンが後退する。
背中の推進器が再び光った。
「来ます!」
アイリスが叫ぶ。
ガーディアンが高速で突っ込んできた。
アルベルトは盾を構える。
だが――。
ガーディアンの胸部が開いた。
「……?」
内部に青白い光が集まっていく。
「避けてください!」
アイリスが叫ぶ。
次の瞬間。
――ズォォォォン!!
凄まじい光線が放たれた。
アルベルトは咄嗟に盾を構えながら身体を捻る。
ビームが盾の端をかすめ、そのまま背後の床へ突き刺さった。
――ジュウウウウ……。
「……!」
金属製の床が赤く染まる。
そして、ドロリと溶け落ちた。
「金属が……」
アイリスが息を呑む。
アルベルトも表情を変えた。
「あれをまともに受けるのは危険だな」
ガーディアンが再び剣を構える。
「アイリス殿は、調査隊を頼む!」
「分かりました!」
アルベルトが前へ出る。
しかし、ガーディアンの攻撃は重い。
剣を受けるたびに盾が軋む。
ビームを避ければ、背後の設備が破壊される。
戦う場所そのものが問題だった。
「ここでは戦い続けられません!」
学者が叫ぶ。
「中央の塔へ!」
地下空間の奥に、巨大な塔状の建造物が見えていた。
「全員、走れ!」
一行は一斉に駆け出した。
塔の内部へ飛び込む。
最後にアルベルトが入り、扉を閉めた。
――ドォン!
外からガーディアンが扉を叩く。
だが、扉はびくともしない。
「……止まった?」
アイリスが尋ねる。
「どうやら、この塔は何らかの防護施設らしい」
学者が周囲を調べる。
中央には円形の台座。
その上に、古代の装置が設置されていた。
「これは……」
学者が装置へ近づく。
「何か分かりますか?」
「分からない」
「即答ですね」
「古代文明の装置だからな」
魔法使いも術式を確認する。
「転移魔法の術式に似ています」
「転移?」
「おそらく、どこかへ移動するための装置です」
「どこへ?」
「それは……」
カチッ。
装置が光った。
「……」
「……」
「今、何かしました?」
「触っただけだ」
「それを押したと言うんです」
装置から光が溢れる。
床一面に魔法陣が浮かび上がった。
「まずい!」
魔法使いが叫ぶ。
「何が起こる!?」
「分かりません!」
「分からないのか!」
光が一気に強くなる。
「皆さん、手を繋いでください!」
「なぜ!?」
「なんとなくです!」
「理由になっていない!」
次の瞬間。
視界が白く染まった。
――そして。
「……ここは?」
アイリスが目を開ける。
そこには、先ほどとはまったく違う地下空間が広がっていた。
巨大な配管。
無数の装置。
床を走る導力線。
壁一面に並ぶ古代の機械。
「ここは……」
学者が呆然とする。
「別の施設だ」
中央には、巨大な球状の装置が浮かんでいた。
その内部で青白い光が脈動している。
「……動いている」
魔法使いが呟く。
「何がですか?」
「この施設そのものが……」
学者が装置を見上げた。
「ここは古代都市の動力施設だ」
「動力施設?」
「都市全体へエネルギーを送っていたんだ」
巨大な配管が、遥か彼方へ伸びている。
「つまり……」
アイリスが周囲を見る。
「ここが都市を動かすための心臓部なんですね」
「そういうことだ」
学者は震える声で答えた。
「しかも……」
「しかも?」
「数千年経った今も、動いている」
全員が沈黙した。
古代都市は滅びている。
人々もいない。
それでも、都市を支えていた動力だけは、今も生き続けている。
――ゴゴゴゴゴゴ……。
「……またですか?」
アイリスが振り返る。
動力施設の奥にある扉が開いた。
そこから、先ほどより大型のガーディアンが現れる。
分厚い装甲。
背部の大型推進器。
そして胸部には、強い光を放つ砲口。
『――動力施設ヘノ侵入者ヲ確認』
アルベルトが剣を抜く。
「よりによって、こんな場所で……」
ガーディアンが構える。
「来ます!」
アイリスが叫ぶ。
アルベルトが盾を前へ出した。
次の瞬間、淡い光が身体から立ち上り、盾へと流れ込んでいく。
盾全体を、騎士の闘気が包み込む。
ビームが放たれた。
――ズォォォォン!!
アルベルトは盾を傾ける。
光線が盾にぶつかり、左右へ分かれていく。
――ギィィィィン!
ビームが床を削り、壁へ逸れた。
「くっ……!」
盾が徐々に赤くなる。
表面が熱で変色していく。
「アルベルトさん!」
「大丈夫だ!」
しかし、盾の一部から煙が上がる。
「だが、長くは持たない!」
アイリスが頷いた。
「では、私が支えます!」
アイリスはアルベルトの背後に立つ。
「【筋力強化】」
淡い光がアルベルトの身体へと吸い込まれ、その筋力を引き上げていく。
続けて――。
「【金剛加護】」
アルベルトの身体と盾が淡い光に包まれた。
「……これは!」
アルベルトが目を見開く。
「これなら戦える!」
アイリスは自らにも強化魔法を施した。
「一緒に戦いましょう!」
ガーディアンが突進する。
背中の推進器が激しく噴き上がった。
「速い!」
アルベルトが盾を構える。
巨大な剣が振り下ろされた。
――ガキィィン!
盾で受け止める。
しかし、今度は押し返した。
「……これなら!」
アルベルトが剣を振る。
ガーディアンの肩部装甲に深い傷が入った。
「効いている!」
「そのままお願いします!」
アイリスもメイスを振る。
――ドゴォン!
装甲が大きくへこむ。
ガーディアンが反撃する。
アイリスは横へ跳んだ。
巨大な剣が床を砕く。
「危ない!」
アルベルトが横から斬り込む。
――ガキン!
ガーディアンの腕が弾かれる。
「ありがとうございます!」
「問題ない!」
二人は自然と息を合わせていた。
アルベルトが前で敵を引きつける。
アイリスが横から攻撃する。
ガーディアンがアイリスへ向きを変えれば、アルベルトが斬り込む。
アルベルトへ攻撃が向けば、アイリスがメイスを叩き込む。
「右!」
「はい!」
「上!」
「お任せください!」
連続攻撃が、ガーディアンの装甲を少しずつ削っていく。
だが――。
ガーディアンの胸部が再び開いた。
「アルベルトさん、ビームです!」
アルベルトは左手の盾を見る。
表面はすでに大きく焼け、ところどころ変形していた。
「この盾では、これ以上は……!」
「私に任せてください!」
アイリスが前へ出る。
「無茶だ! アイリス殿は盾がないぞ!」
「知っています!」
アイリスは黄金のメイスを構えた。
「オーラで拡散できるなら、神力でもできるはずです!」
「そんな理屈が――」
ガーディアンがビームを放つ。
――ズォォォォン!!
迫り来る光線を前に、アイリスの黄金のメイスが眩く輝いた。
凄まじい神力が、メイスの表面へ集束していく。
「神よ――!」
アイリスは踏み込む。
「はあっ!」
メイスを横薙ぎに振り抜いた。
――ギィィィィン!!
ビームがメイスに触れた瞬間――。
その軌道が、大きく逸れた。
――ドォォォン!!
光線が天井を焼き、巨大な配管を溶かす。
「……」
アルベルトが呆然とする。
「今のは……」
アイリスはメイスを握ったまま振り返る。
「……できた!」
「武器で弾いたのか……?」
「盾を持っていませんから!」
「そういう問題ではない!」
アイリスは少し考える。
「でも、うまくいきました!」
「そうだな……」
アルベルトは苦笑した。
「本当に、とんでもない聖職者だ!」
ガーディアンが再び動く。
しかし、その動きには明らかな変化があった。
装甲の隙間から、青い光が漏れている。
「動力部が露出しています!」
学者が叫ぶ。
「そこを狙えば止められる!」
しかし、動力部はガーディアンの背後側にある。
正面からでは狙えない。
「あそこを攻撃するには、背後を取る必要がありますね」
「ああ」
アルベルトが剣を構える。
「なら、俺が正面から引きつける」
「お願いします!」
アルベルトが走る。
ガーディアンの剣を盾で受け流す。
一撃。
二撃。
三撃。
強化された身体能力で攻撃をかわしながら、距離を詰めていく。
「そこだ!」
アルベルトの剣が装甲の継ぎ目へ突き刺さる。
――ガキィィン!
装甲が大きく開いた。
「アイリス殿!」
「はい!」
アイリスが踏み込む。
黄金の十字架型メイスに、眩い神力が集まる。
「この一撃で――!」
大きく振りかぶる。
「止まってください!」
「――ブレイク!」
――ドゴォォォォン!!
黄金のメイスが、ガーディアンの動力部に直撃した。
装甲が砕け、青白い光が消えていく。
ガーディアンは数歩よろめき――。
その場に膝をついた。
『――動力機関……機能停止……』
静寂が戻る。
「……終わった?」
アイリスがメイスを下ろす。
「……そのようだな」
アルベルトは盾を見る。
表面は大きく焼け、ところどころ変形していた。
「……この盾も、もう限界だな」
「すみません!」
「なぜアイリス殿が謝る?」
「私が強化したので、もっと頑張れると思ってしまいました」
「いや」
アルベルトは笑った。
「おかげで助かった」
「本当ですか?」
「ああ。あのビームをまともに受けていたら、俺も盾も持たなかった」
アイリスは嬉しそうに笑う。
「それならよかったです!」
学者たちは、さっそく動力施設の調査を始めていた。
「これは大発見だ……」
古代都市の地下に眠っていた、巨大な動力施設。
そして、それを今も守り続けるガーディアン。
今回の調査は、当初の予定を大きく超えるものとなった。
帰還のため、再び転移装置を探す。
しばらく調べた結果、動力施設の奥に同じ構造の装置が見つかった。
「これで戻れるはずです」
学者が装置を起動する。
光が広がる。
「今度は手を繋がなくてもいいですか?」
アイリスが尋ねる。
「必要ありません」
「そうですか」
少し残念そうだった。
「では、帰りましょう!」
光に包まれ――。
一行は中央塔へ戻った。
地上へ戻った頃には、すっかり夕方になっていた。
「……本当に疲れました」
アイリスが伸びをする。
「危険な任務ではなかったはずなんだけどな」
アルベルトが呟く。
「そうですね」
アイリスも頷く。
「最初は本当に、何も起こらなかったんですけどね」
「そうだったな」
二人は顔を見合わせる。
そして――。
「……報告書には、どう書いたものか」
アルベルトが尋ねた。
アイリスは少し考える。
「『遺跡は安全でした』でしょうか?」
「ガーディアンと戦ったのに?」
「では、『少しだけ安全ではありませんでした』?」
「……それでいい気がしてきた」
二人は苦笑した。
こうして、古代都市遺跡の調査任務は終わった。
しかし――。
地下深く。
誰も知らない古代都市の動力核は、今もなお静かに光を放っていた。
そして、その周囲には――。
まだいくつもの、眠りについたガーディアンが存在していた。




