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祝福の拳、救いの手 ~物理系聖職者(シスター)の日常~  作者: みやのやしろ


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第14話 正規聖職者、研修生になる

 朝の礼拝を終えたアイリスは、大司教の執務室を訪れていた。


「アイリス。お前に一つ、頼みたい仕事がある」


「はい!」


 大司教の言葉に、アイリスは元気よく返事をする。


「冒険者ギルドが、若手冒険者を対象とした実地研修を行うことになった」


「実地研修ですか?」


「ああ。経験の浅い冒険者たちを集め、実際に街道や村を巡りながら、野営や護衛、魔物への対処などを学ばせるものだ」


「なるほど!」


 アイリスは頷く。


 冒険者として活動しているアイリスにも、その重要性はよく分かる。

 

 ダンジョンの探索や魔物との戦闘だけが、冒険者の仕事ではないからだ。


「その研修には、若手の聖職者も参加することになっている」


「はい」


「そこで教会からも一人、同行させてほしいとギルドから依頼があった」


 大司教が一枚の書類をアイリスへ差し出す。


 そこには依頼内容が記されていた。


 ――研修参加者の護衛、および支援。


 それを読んだアイリスの表情が明るくなる。


「護衛ですね!」


「ああ。ただし――」


 大司教が念を押す。


「危険がない限り、お前は手を出してはならない」


「…………」


 アイリスの笑顔が止まった。


「……手を出してはいけない?」


「研修だからな」


「なるほど!」


 分かりました、とアイリスは力強く頷く。


 大司教は少しだけ不安そうな顔をした。


「お前の役目は、あくまで不測の事態に備えることだ。研修生たちだけでは対処できない危険が発生した場合のみ、護衛として動くように」


「はい!」


「それ以外では、彼らと一緒に行動してもらう」


「一緒に、ですか?」


「ああ。治療、支援、野営、周囲の警戒。一般的な聖職者が冒険者と行動する際に求められる仕事も経験してきなさい」


「分かりました!」


 アイリスは胸の前で拳を握る。


「護衛も支援も、しっかり務めてまいります!」


「うむ」


 大司教は頷いた。


 もっとも。


 この話を大司教へ持ち込んだ人物は、別にいた。


 数日前。


「アイリスって、戦えるし、治癒術も使えるし、防護魔法も使えますけど」


 大司教へそう話したのはリリーだった。


「普通の聖職者として冒険者を支援する経験って、意外と少ないと思うんです」


 最近のアイリスは、高難度の依頼へ同行する機会が増えている。

 

 戦闘能力は言うまでもない。

 

 治癒術や防護魔法の技量にも問題はない。

 

 ただ、一つ。

 

 アイリスには決定的に経験が足りないことがあった。


 危険が迫ったとき。

 普通の聖職者ならば前衛を支援する。


 アイリスの場合。

 自分が前衛へ行く。

 そして、危険そのものを殴って排除する。


 結果として、後方から仲間を支えるという経験が極端に少なかった。


「一度くらい、普通の聖職者として動いてみてもいいんじゃないですか?」


 そのリリーの提案を、大司教ももっともだと判断したのである。


 もちろん。


 アイリス本人は知らない。


 


 翌朝。


 アイリスは冒険者ギルドの前へやってきた。


 いつもの青を基調とした法衣。


 そして背中には――。


 身の丈ほどもある黄金の十字架。


 見慣れた者ならば、それがアイリス愛用の武器であることを知っている。


 だが。


 今日集まっていた若者たちは、誰一人として知らなかった。


「初めまして!」


 アイリスは四人の若い聖職者へ頭を下げる。


「王都大聖堂所属のアイリスです! 本日はよろしくお願いします!」


「よろしくお願いします!」


 四人も頭を下げる。


 今回、ギルドの実地研修に参加している若手聖職者は四人。


 治癒術を得意とする青年、リード。


 防護魔法を得意とする少女、アイビー。


 補助魔法を中心に学んでいる青年、リンデン。


 そして、まだ自分の得意分野を見つけられていない少女、アニス。


 いずれも教会で基本的な教育を受けているが、冒険者に同行した経験はほとんどない。


 そんな四人の視線が、アイリスへ集まる。


 最初に口を開いたのはリードだった。


「アイリスさんは、大聖堂から来たんですよね?」


「はい!」


「やっぱり、こういう研修にも何度も参加してるんですか?」


「いいえ!」


 アイリスは笑顔で答えた。


「今回が初めてです!」


「そうなんですか?」


「はい!」


 リードの表情が少し柔らかくなる。


「じゃあ、俺たちと同じですね」


「?」


 アイリスが首を傾げる。


「俺、こういう実地研修って初めてで。ちょっと緊張してたんです」


「あ、私もです」


 アニスも小さく手を上げる。


「一緒に頑張りましょう、アイリスさん」


「はい! 頑張りましょう!」


 会話が成立した。


 アイリスは特に疑問を持たなかった。


 四人も特に疑問を持たなかった。


 彼らには事前に、こう伝えられている。


 ――王都大聖堂からも、一名の聖職者が研修に参加する。


 それだけだった。


 護衛役についての説明はない。


 研修を担当するギルド職員だけが、アイリスの本来の役割を知っている。


 そして目の前に現れたのは、自分たちとさほど変わらない年頃に見える、小柄な少女。


 誰一人として。


 この少女が自分たちの護衛だとは思わなかった。


「それでは出発するぞ」


 研修担当者が声を上げる。


「はい!」


 全員が荷物を持ち上げる。


 そのときだった。


「あの……アイリスさん」


「はい?」


 アイビーがアイリスの背中を指さした。


「それ……持っていくんですか?」


「もちろんです!」


「……それを?」


「はい!」


 アイリスは当然のように黄金の十字架を背負い直した。


 四人が顔を見合わせる。


「重くないんですか?」


「大丈夫ですよ?」


「それ、何に使うんです?」


「色々と使います!」


「色々……」


 リンデンが黄金の十字架を見上げる。


 どう見ても巨大である。


 どう見ても重そうである。


 そして、どう見ても新人聖職者が実地研修へ持ってくるような代物ではない。


「大聖堂って……」


 リードが呟く。


「すごいんだな……」


「そうですね!」


 アイリスは嬉しそうに答えた。


 何かが噛み合っていなかった。




 研修は順調に進んだ。


 王都を出発した一行は街道を進み、途中にある小さな村々を巡っていく。


 目的は戦闘だけではない。


 むしろ、聖職者に求められる仕事の多くは戦闘以外にあった。


「痛むところはありますか?」


「いやぁ、畑で転んじまってな」


「少し見せてください」


 村で足を怪我した老人を見つければ、アイリスは傷の状態を確認する。


 幸い、大きな怪我ではない。


 簡単な治癒術で十分だった。


「これで大丈夫だと思います!」


「おお……ありがとうよ、シスターさん」

「無理はしないでくださいね!」


 別の場所では、体調を崩した子供の様子を見る。

 

 教会の荷物を運び、村人の相談を聞き、時には祈りを捧げる。

 

 アイリスは、それらを何の問題もなくこなしていった。


「……アイリスさん」


「はい?」


 アニスが感心したようにアイリスを見る。


「すごいですね」


「そうですか?」


「私、さっきの人に何を聞けばいいのか分からなくなっちゃって……」


「最初は痛む場所と、いつ怪我をしたのかを確認するといいですよ!」


「なるほど……」


「それから――」


 アイリスが説明する。


 その内容は特別なものではない。


 大聖堂で日常的に行っている、ごく普通の聖職者としての仕事だった。


 しかし、実地経験の少ない四人からすれば、それだけでも十分に参考になる。


「やっぱり大聖堂の人ってすごいな……」


 リンデンが感心する。


「まだ若いのに」


「俺たちと同じ研修生なんだよな?」


「たぶん……」


 四人の中で。


 ――大聖堂の研修生はすごい。


 という認識が着々と形成されていった。




 その日の午後。


 研修担当者が一行を集めた。


「では、ここからは実際に冒険者と行動する場合の支援について学んでもらう」


「はい!」


「聖職者の仕事は、傷ついた仲間を治すことだけではない」


 担当者は全員を見渡す。


「誰を優先するのか。どの程度の負傷なら戦闘を継続できるのか。防護魔法をいつ使うのか。そして、自分自身の力をどれだけ残すのか。それらを判断する必要がある」


 アイリスも真剣に話を聞く。


「治癒術は使えるからといって、すぐ使えばいいわけではない」


「?」


 アイリスが首を傾げた。


 担当者がそれに気づく。


「例えば、軽い擦り傷を負った者と、足を負傷して動けなくなった者がいたとする。どちらを先に治療する?」


「足を負傷した方です!」


「そうだ。では、前衛が三人いて、そのうち一人だけが軽傷だった場合は?」


「治療します!」


「状況による」


「!」


「戦闘が続いているなら、その治療に使う力を残しておいた方がいい場合もある。前衛本人が問題なく戦えると判断しているなら、なおさらだ」


「……なるほど」


 アイリスは顎に手を当てる。


「治せるかどうかではなく、治す必要があるかどうか……」


「そういうことだ」


 アイリスは真剣な表情で頷いた。


 これは彼女にとって、意外と新鮮な考え方だった。


 もちろんアイリスも、戦闘中に負傷者を無視しているわけではない。


 だが普段の彼女は、危険があれば自分自身が前へ出ることが多い。


 敵を見る。


 殴る。


 危険がなくなる。


 それから治療する。


 非常に分かりやすい。


 しかし。


 自分が戦わず、誰かが戦っている状況を見ながら支援するとなれば、話は変わってくる。


「支援役は常に周囲を見ること」


 担当者が続ける。


「目の前の怪我人だけを見ていてはいけない。前衛の状態、敵の動き、味方の消耗、自分の残りの力。それらを見ながら、次に何が必要になるかを考える」


「……はい!」


 アイリスは、いつになく真剣に頷いた。




 翌日。


 研修は簡単な実戦へ移った。


 別動していた前衛役の若手冒険者たちと合流し、実際に街道周辺に出没する魔物を相手に連携を学ぶ。


「聖職者は後衛へ」


 担当者の指示に従い、リードたちが移動する。


 そして。


「アイリスも後衛だ」


「私もですか?」


「もちろんだ」


「…………」


 アイリスは黄金の十字架を見る。


 それから担当者を見る。


「……分かりました」


 後衛へ移動した。


 やがて、街道脇の林から魔物が姿を現した。


 ゴブリンが数体。


 研修生でも十分に対処できる相手だ。


「前衛、構えろ!」


 若い冒険者たちが武器を構える。


 戦闘が始まった。


「……」


 アイリスは後ろから見ている。


 前衛の一人が魔物の攻撃を盾で受ける。


「……!」


 アイリスの手が黄金の十字架へ伸びる。


「アイリスさん」


「はい!」


 隣にいたアイビーに声をかけられ、慌てて手を離す。


「防護魔法、準備しておいた方がいいですよね?」


「あ……はい!」


 アイリスは戦場を見る。


「ですが、まだ大丈夫だと思います。前衛の方にも余裕がありますから」


「分かりました」


 戦闘が続く。


 一体のゴブリンが前衛を押し込む。


「……」


 アイリスの手が、また黄金の十字架へ伸びる。


 止める。


「……支援です」


「え?」


「なんでもありません!」


 自分に言い聞かせる。


 さらに前衛が攻撃を受けた。


 アイリスの身体がわずかに前へ出る。


 だが。


 止まる。


「アイリスさん、緊張してるんですね」


 アニスが言った。


「……はい」


 アイリスは真剣な表情で答える。


「ある意味では」


 殴ってはいけない戦闘。


 アイリスにとっては、いつもの戦闘より緊張した。


 だが。


 じっと見ているからこそ、気づくこともあった。


 前衛の一人の足運びが、先ほどよりわずかに鈍っている。


 盾を持った青年の呼吸が荒くなっている。


 別の一人は軽傷を負っているが、まだ問題なく動けている。


「アイビーさん」


「はい?」


「次に攻撃を受けそうなのは、左側の方です。防護魔法を準備してください」


「え?」


 アイビーが前を見る。


 直後。


 ゴブリンが左側の前衛へ飛びかかった。


「――っ!」


 アイビーが咄嗟に防護魔法を発動する。


 薄い光の壁が展開され、その攻撃を受け止めた。


「防いだ……!」


「今です!」


 前衛が反撃する。


 ゴブリンが倒れる。


 アイリスはその光景を見つめた。


「……」


 少しだけ。


 分かった気がした。


 自分が前へ出ているとき。


 背後では誰かが、ずっと自分を見ている。


 自分が攻撃を受けそうになれば防護魔法を。


 傷つけば治癒術を。


 攻撃を仕掛けようとすれば強化魔法を。


 必要になる、その少し前から準備している。


「……リリーさん」


 アイリスが小さく呟く。


「いつも、こんなことを考えていたんですね」


 今まで知らなかった。


 いや。


 知っているつもりだった。


 リリーが自分を支援してくれていることくらい、当然分かっていた。


 だが。


 そのために、どれほど周囲を見ているのか。


 初めて。


 ほんの少しだけ分かった気がした。




 研修最終日。


 一行は王都へ戻るため、街道を進んでいた。


「結局、大きな問題はなかったですね」


 リードが言う。


「研修なんだから、それが一番だろ」


 リンデンが笑う。


「でも、実戦は緊張しました……」


 アニスが息を吐く。


「アイリスさんも緊張してましたよね?」


「はい!」


 アイリスは力強く答えた。


「とても!」


「大聖堂の人でも緊張するんだ……」


「もちろんです!」


 主に、殴るのを我慢することに。


 そんな穏やかな会話をしながら歩いていた。


 そのときだった。


「止まれ!」


 先頭を歩いていた研修担当者が鋭く声を上げる。


 全員の足が止まった。


 林の奥。


 枝が大きく揺れる。


「……何かいます」


 アイリスの表情が変わった。


 直後。


 低い唸り声とともに、大型の魔物が林から姿を現した。


 オーガ。


 人間を遥かに上回る巨体と怪力を持つ魔物。


 その手には、太い木を削り出したような巨大な棍棒が握られている。


 少なくとも、今回の研修で想定されている相手ではなかった。


「なっ……」


 研修生たちが息を呑む。


 担当者が即座に判断した。


「研修中止!」


 その声が響く。


「全員、下がれ! 前衛は後衛を守りながら後退!」


 空気が一変した。


 先ほどまでの訓練ではない。


 本物の危険。


 研修生たちは教えられた通り、まとまって後退する。


 だが。


「きゃっ!」


「アニス!」


 足を取られたアニスが転倒した。


 オーガの視線が彼女へ向く。


「まずい!」


 リードが叫ぶ。


 オーガが地面を蹴った。


「護衛の人は!?」


 誰かが叫ぶ。


 その瞬間。


 研修担当者が答える。


「大丈夫だ!」


「え!?」


「――【神速《アクセラレート》】!」


 一瞬。


 それまで後衛にいたアイリスの姿が消えた。


「え?」


 次に四人がアイリスを見つけたとき。


 彼女はアニスとオーガの間に立っていた。


 黄金の十字架を両手で構えて。


「アイリスさん!?」


「皆さんはそのまま下がってください!」


「でも!」


「大丈夫です!」


 アイリスはオーガを見据える。

 

「――【筋力強化《ストレングス》】!」


 魔法が身体へ吸い込まれ、小柄な身体に力が宿る。

 

 オーガが吠えた。


 巨大な棍棒を振りかぶる。

 

 だが――。

 

 振り下ろされるよりも早く、アイリスが踏み込んだ。


「はあっ!」


 黄金の十字架が振り抜かれる。


「――スマッシュ!」


 轟音。


 オーガの棍棒が振り下ろされることはなかった。


 黄金の十字架が、その巨体を先に捉えていた。


 オーガの巨体が地面から浮いた。

 

 そのまま後方へ弾き飛ばされ――地面を大きく滑っていく。


 やがて。

 その身体は動かなくなった。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 四人の研修生が沈黙した。


 先ほどまで。


 自分たちと一緒に治療の優先順位を学び。


 後衛で防護魔法の使いどころを考え。


 実戦で緊張していたはずの少女が。


 オーガを一撃で吹き飛ばした。


 アイリスは黄金の十字架を下ろす。


 そして。


 何事もなかったかのように振り返った。


「怪我はありませんか?」


「……え?」


 アニスは座り込んだまま、アイリスを見上げていた。




「アイリスさん」


「はい?」


 戦闘後。


 リードが恐る恐る尋ねた。


「研修生じゃ……なかったんですか?」


「違いますよ?」


「えっ」


 アイリスが不思議そうに首を傾げる。


「私は皆さんの護衛と支援で来ています!」


「ええっ!?」


 四人の声が揃った。


「護衛!?」


「はい!」


「じゃあ、あの巨大な十字架は!?」


「武器です!」


「武器!?」


「はい!」


「聖具じゃなかったんですか!?」


「聖具でもありますよ?」


「それで魔物を殴るんですか!?」


「はい! 持ちやすいように柄が付いているでしょう?」


「なんで研修を普通に受けてたんですか!?」


「私も勉強するように言われましたので!」


「…………」


 何一つ間違ったことは言っていない。


 だからこそ。


 余計にややこしい。


 リンデンが遠い目をした。


「……大聖堂の研修が特別なんじゃなかったんだ」


「だから言っただろう」


 研修担当者が呆れたように言う。


「大聖堂から一人参加すると」


「護衛だとは聞いてません!」


「聞かれなかったからな」


「普通は分かりませんよ!」


 その横で。


「痛っ……」


 アニスが小さく声を上げた。


 転倒した際に足を傷めたらしい。


「あ!」


 アイリスが駆け寄る。


「今、治します!」


 手を伸ばし――。


「…………」


 止まった。


 アイリスは自分の手を見る。


 それから。


 リードたちを見る。


「……皆さん」


「はい?」


「まず、何を確認するんでしたか?」


「え?」


 四人が顔を見合わせる。


 やがて。


 リードがアニスの前へしゃがんだ。


「……痛む場所」


「はい!」


「動かせるかどうか」


「そうですね!」


「腫れや傷がないかも確認します」


 アイビーが言う。


「はい!」


 アイリスが嬉しそうに頷いた。


「治癒術は……」


 リードが傷を見る。


「この程度なら、強いものは必要ないと思います」


「はい!」


 アイリスは手を出さない。


 ただ、隣で見守る。


 リードが治癒術を使う。


 淡い光がアニスの足を包んだ。


 やがて。


「……痛くない」


 アニスが立ち上がる。


「大丈夫そうです」


「よかった……」


 リードが安堵する。


 アイリスも笑った。


「よかったです!」


 護衛として危険を排除する。


 それだけではない。


 必要なときに支える。


 誰かが自分でできるのなら、その人に任せる。


 それもまた。


 支援なのだ。




 数日後。


 王都大聖堂。


「ただいま戻りました!」


「おかえり、アイリス」


 大聖堂へ戻ったアイリスを、リリーが迎えた。


「研修はどうだった?」


「とても勉強になりました!」


「そう」


 リリーが満足そうに頷く。


「それならよかった」


「はい!」


 アイリスも嬉しそうに頷く。


 そして。


「ただ、一つ不思議なことがありまして」


「なに?」


「皆さん、途中まで私のことを研修生だと思っていたんです」


「……へえ」


 リリーの視線がわずかに逸れた。


「どうしてでしょう?」


「さあ?」


「しかも、私が護衛だと分かったら、とても驚かれてしまって」


「でしょうね」


「?」


 アイリスが首を傾げる。


 リリーは何も言わない。


「それと、リリーさん」


「なに?」


「支援役というのは、大変なのですね」


「……え?」


 予想していなかった言葉だったのか。


 リリーがアイリスを見る。


「戦っている人だけではなく、周囲をずっと見て」


 アイリスは今回の研修を思い出す。


「誰が疲れているのか。誰が怪我をしているのか。次にどこから攻撃されそうなのか。いつ防護魔法を使うのか。いつ治療するのか……」


「…………」


「ずっと考え続けないといけないんですね」


「まあね」


「私、今まであまり考えたことがありませんでした」


 アイリスは少し申し訳なさそうに笑う。


「いつもありがとうございます、リリーさん!」


「…………」


「リリーさん?」


「なんでもない」


 リリーが顔を背けた。


 ほんの少しだけ。


 その頬が緩んでいる。


「今回、少しだけ分かった気がします!」


「そっか」


「はい!」


 アイリスは笑顔で頷いた。


 そして。


「ですが――」


「うん?」


「やはり、自分で戦った方が早い場面もあると思います!」


「そこは研修の成果を活かして」


「はい!」


 元気な返事が大聖堂に響いた。


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


 アイリスは支援役というものを理解した。


 もっとも。


 危険を見つけたとき。


 最初に黄金の十字架へ手を伸ばす癖が直るかどうかは――。


 また別の話である。

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