02 う、ぬ
結局、西行はその夜、高野山の奥の奥、山の外れにまで行き、そこにそれを置いてから、駆けに駆け、引き離した。
「う、ぬ」
という声が聞こえた気がしたが、無視した。
いかにまともではないとはいえ、これを殺せば人殺しになってしまう。
そうすると、不殺生戒を破ることになる。
西行は、それが嫌だった。
縋るわが子を振りほどき、蹴落としてまで家を出て、出家した。
北面の武士という役目を負っていたが、それも抛り捨てた。
そこまで、仏道に打ち込もうとしたのに。
「今さら、あんなのにそれを破られてたまるか」
自分で作っておいて、身勝手な言い様である。
そもそも、蹴落とした子は四歳で、西行という男は、かなり身勝手なところがある。
出家の要因も、子がいるのに失恋のためとも言われているし、多分に、西行はおのれのために生きていた。
それほどまでに仏道にのめり込んだのに、一方で骨で人を作るという外法を用いたり、とかく西行という男は、歌がよくなければ、かなり酷い男として伝わったのではないか。
「そんなことより歌だ」
西行は捨てたあれのことを頭から追いやり、修行にいそしんだ。
早く修行を終えなければ。
修業さえ終えれば、一人前の僧として、ひとりで行動できる。
旅に出られる。
西行は、武士という立場を捨て、諸国を旅し、歌に生きることを夢見ていた。
それは閑雅なる道行きだった。
が、そのために、いろいろなものが犠牲にした。
妻子がまずそれだ。
「……いや、しかし、歌だ」
その歌――和歌にのめり込む原因も、失恋という西行である。
いずれかの女院であるといううわさもあるが、 それを誤魔化すというか、気まずいからというところが、何とも言えない。
とにもかくにも西行は仏道に入門し、修業し、迴国の旅に出る――そのためだ。
出家に際しても、
「惜しむとて 惜しまれぬべき此の世かな 身を捨ててこそ 身をも助けめ」
と詠んで、おのが身のために、と言っている。
……かくして西行は修行を終えた。
それが寺の方からもう出ていってもらいたいからかどうはわからないが、とにもかくにも西行は仏僧として認められ、錫杖を片手に旅に出た。
歌を詠める。
そのことは、単純にうれしかった。
あまりにうれしくて、その背後に「う、ぬ」というつぶやきがあったことに、気づかずにいた。
*
追ってくる。
どこへ行っても。
最初、薨去した崇徳院の配流先である四国へ渡ったばかりの頃は、そこまで感じなかった。
それにしたところで、崇徳院という存在の大きさで、掻き消されてしまったのかもしれない。
しかし、気配がした。
振り向くと、何者とも判然としがたい人影があった。
「あっ」
あいつだ。
そう思った時には、西行は駆けていた。
もしかしたら、崇徳院のなれの果てかもしれない。
だが西行は聞いてしまった。
つぶやきを。
「う、ぬ」




