第十五話 大山積大神の申し子
「女だと舐めるな! 叩き落とせ!」
大内軍の旗艦たる大安宅船の甲板に、怒号が響き渡る。
動きを止められた巨船の群れ。その混乱の渦中へ、紅い衣を翻して躍り込んだ鶴姫に対し、我に返った大内方の近習たちが一斉に槍を突き出した。
だが、鶴姫の動きは速かった。
鋭い踏み込みとともに放たれた大薙刀の一閃が、迫る槍の穂先をまとめて払い飛ばす。硬い金属音が響き、火花が散った。
「退きませぬ! この海は、大山積大神と我ら三島水軍の庭! 穢す者は一人として生かしては帰さぬ!」
凛烈たる声とともに、鶴姫は流れるような円運動で大薙刀を振るった。
刃が空を切るたび、猛烈な風切り音が轟く。並み居る巨漢の武者たちが、十六歳の少女が繰り出す圧倒的な技量と気迫に圧され、次々と甲板へ転がされていった。その姿はまさに、戦場に舞い降りた三島明神の化身そのものであった。
――
その頃、航は早舟の舵を預け、自らも抜刀して敵の関船へと斬り込んでいた。
「周囲の船を燃やせ! 旗艦を孤立させるんだ!」
どれほど頑強な旗艦であっても、周囲の随伴艦が炎上し、退路が塞がれれば、それはただの「洋上の孤島」と化す。外堀を埋め、指揮系統を物理的に遮断する。
「焙烙玉、もっと投げ込め! 敵の連携を完全に断て!」
航の的確な指示により、小原の旗艦を取り囲む大内軍の船団は、次々と火だるまになっていく。
充満する黒煙と、肉の焦げる臭い、そして容赦なく照りつける朝陽。戦場は完全に三島水軍が優勢となっていった。
確信した航は、鶴姫の背中を追って小原の旗艦へと飛び移った。
「鶴! 敵将は船楼の奥だ!」
「安成様! ――心得ました!」
航の叫びに応え、鶴姫の視線が船楼の二階、青ざめた顔で立ち尽くす敵将・小原中務丞隆言を捉えた。
「おのれ、小娘がぁっ!」
小原は腰の太刀を抜き放ち、階段を駆け下りて自ら鶴姫へと斬りかかってきた。知将の面影はなく、その目は完全に血走っている。
上段からの猛烈な一撃が、鶴姫の大薙刀の柄で受け止められた。キィィンと耳を劈く金属音が響き、二人の力が拮抗する。
「数に驕り、天の時も地の利も読めぬ者に、この海を渡る資格はない!」
鶴姫は一瞬の隙を突き、大薙刀の石突で小原の顎を烈しく突き上げた。
体勢を崩し、たたらを踏む小原。そこへ、航が横から鋭く踏み込み、小原の側近たちの加勢を遮断する。
「しまっ――」
小原が声を上げる間もなかった。
体勢を立て直した鶴姫の大薙刀が、鋭い半月を描いて小原の首元を真横から駆け抜ける。
鮮血が甲板を染め、大内軍の先陣を率いた知将の体が、どさりと崩れ落ちた。
「敵将、小原中務丞、討ち取ったり!」
鶴姫の高く澄んだ名乗りが、爆炎の轟く海原に響き渡る。
その瞬間、大内軍の兵たちの士気は完全に崩壊した。
「将が討たれたぞ!」「退け! 船を下げろ!」と叫びながら、互いの船を巻き込んで敗走を始める大内勢。
背後からは、航の包囲網による火矢と焙烙が容赦なく降り注ぎ、海峡は壊滅した大内の船の残骸で埋め尽くされていった。
大勝利であった。
燃え盛る敵船を背景に、大薙刀を杖代わりに息を弾ませる鶴姫。
航はその傍らに歩み寄り、傷だらけの彼女の肩をそっと支えた。
「見事な戦いぶりだったぞ、鶴」
鶴姫は、戦大将の顔から一瞬だけ少女の表情に戻り、誇らしげに、そして安堵したように微笑んだ。
「いいえ……安成様の知略が、私をここまで運んでくれたのです」
だが、二人はまだ知らなかった。
この勝利が、大内軍の本尊――陶隆房という、瀬戸内を文字通り恐怖で支配する真の怪物の狂気を、完全に呼び覚ましてしまったということを。




