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7話 人形に欲情するほど、俺は人間をやめていない

 天川は、俺の足首にはめられていた手錠から順番に鍵を外していった。


 右足。

 左足。

 それから左手、最後に右手。


 完全に自由が戻ったことを確認した次の瞬間、俺は反射的に動いていた。


「あ」

「ばかめ! かかったな、天川! この俺がされるがままになっていると思ったら大間違いだ!」


 ベッドを蹴るようにして身体を起こし、そのまま体勢を入れ替える。

 さっきまで俺の上にいた天川を逆に押し倒し、その両手首をまとめて押さえ込んだ。


 フハハッ! 俺を単なる脇役だと思ったか!

 こう見えて脇役は体力が命! 自分の体を鍛えることも怠らなかったんだぞ!


 どうやって俺を拉致たのかはよく分からないが、こうなってしまったらこっちのもんよ!


 さーて、この俺に対する無礼の数々、どう償ってもらおうか!


「これからどうしてやろうか? ただで済むとは思わないことだぞ? うふふふふ!」


 我ながらキモイ笑い声だ。


 もちろん、本気でどうこうするつもりはない。


 そんなことをしたら、主人公の優人ならともかく、俺みたいな脇役はあっさり社会的に抹殺されて人生ジ・エンドになるだけだ。


 俺はひと時の欲望で優人の親友である今の立ち位置を放棄するほど甘くないわ!


 だから、これはただの牽制だ。

 少し怖がらせて、こちらが主導権を握る。

 ただそれなけのつもり――だったのだが。


 天川は、押さえ込まれたまま、何の反応も示さなかった。


 驚きもない。

 怯えもない。

 怒りもない。


 ただ、俺を見ていた。


 相変わらず、感情の浮かばない無表情のまま。


 その瞬間、ぞくり、と背中を冷たいものが這い上がった。


 ――違う。


 これは、平静とか、達観とか、そういう類の無反応じゃない。


 自分の身に起きていることを受け入れている顔でもないし、

 何が起きているのかわかっていない顔でもない。


 もっと根本的に、そこから何かが欠けていた。


 人間なら、本来そこにあるはずの何かが。


 まるで死んだのではないかと思うほど、あるいはあまりにもリアルに作られた人形ではないかとさえ思えるほど、天川の表情からは人間らしさというものが一片も見受けられなかった。


 息を呑む。


 目の前にいるのは、青い髪をした小柄な少女だ。

 肌には体温があるし、呼吸もしている。

 ちゃんと生きているはずなのに――その目だけは、ひどく異質だった。


 底知れない深淵とも違う。

 虚無とも違う。

 疲れ果てた人間の空っぽさとも違う。


 まるで最初から何も宿っていないみたいに、どこまでも透明で、どこまでも静かな目だった。


(……こいつ、本当に人間か?)


 そんな馬鹿げた考えが、一瞬だけ本気で頭をよぎるほど、目の前の少女には余りにも人間性を感じられない。


 押さえ込んでいたはずの俺の方が、逆に動きを止めてしまっていた。


 さっきまで熱を持っていた身体が、急速に冷めていく。

 冗談でも何でもなく、色々な意味でそれどころじゃなくなっていた。


「……やめだ」


 深く息を吐き、俺は天川の手首から手を離した。

 そのまま彼女の上から退き、少し距離を取る。


 すると天川は、やはりいつも通りの無表情のまま、ただ不思議そうに首を傾げた。


「どうして?」

「どうして、じゃない」


 自分でも驚くくらい、声が乾いていた。


「いや、普通やめるだろ。こういうのは」

「襲おうとしてたんじゃないの?」


 平然と質問する天川の姿には、正直呆れてしまった。

 

 何と言えばいいか、こいつは本当にいろいろな意味で危うい。


「ああ。 そうさ。 さっきまではそうしてやろうと思ってた。 思ってましたとも!」


 俺の言葉にますます理解できない様子で首をかしげる天川。


「男はみんなセックスしたいんだよね? じゃ、なんで?」


 天川は納得していないようだった。

 いや、納得していないというより、単純に理解できていないのだろう。


 その言葉に、俺は思わず苦笑いが浮べた。

  外見だけは完璧な美少女である天川だからこそ、そんなことをいう事には少々違和感がある。


 でも、そうだな。

 男はみんなセックスしたいんだよね……か。


 見方によっては当然のことでもある。

 そこにあるのがただの性欲なのか、愛ある行為なのかは、正直よく分からないが。


「確かに一般的にはその通りだ。 だけどな」


 そこまで言ってから、俺は天川の格好に視線を落とした。


 さっきからずっと危ういままだった。

 色々な意味でこのままにしておくのはよくない。


 俺はしゃがみ込み、できるだけ事務的な手つきで、乱れていた制服のボタンを上まで留めていった。


 天川は抵抗もしなければ、恥ずかしがる様子もない。

 ただ、じっと俺の顔を見ているだけだった。


 全部留め終えてから、俺は軽く息を吐き、ついでにその額を指先で小さく弾いた。


 パチン、と乾いた音が鳴る。


 天川は額を押さえ、わずかに眉を寄せた。

 初めて見た、人間らしい反応と言っていいかもしれない。


「痛い」

「当たり前だ。痛くなるようにやったんだから」


 俺は肩をすくめながら、天川の疑問に答えた。


「いくら何でも人形に欲情するほど、人間やめてないんだよ」

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