58話 脇役に当てつけるようなグループ分け
「にしても、いきなり肝試しなんて……」
エリナがため息交じりにそう呟くと、その隣を歩いていた優人が苦笑した。
「確かに、急だな。……まあ、最初から事情を知っていた人もいるみたいだけど」
静かに漏らされたその一言に、犬井先輩の肩がぴくりと跳ねた。
そして、微笑む優人の視線から逃げるように、犬井先輩はそろりと顔を逸らし、口笛を吹こうとした。
「ふー、ふー」
……口笛、ヘタすぎ!?
実に虚しい空気が抜ける間抜けな音に涙しか出ない。
それでも折れずに挑戦する犬井先輩の姿勢には、素直に拍手を送りたい。
すると今度は、優人の視線が俺へと向けられた。
俺は絆で結ばれた親友からの視線を受け、世界で一番無害な、それこそ慈愛に満ちたと言ってもいい微笑みを返した。
すると、優人はなぜか引きつった表情になり、何かを諦めたようにため息をついて前を向いた。
……何故?
いや、優人だけではない。
エリナと彩花ちゃんまで、俺の顔を見るなり小さく肩を震わせ、そっと視線を逸らした。
何だお前ら、その反応は。
まったく、失礼な奴らだぜ。
脇役界第一のイケメン(自称)である俺に、なんという仕打ちだ。まったく。
「佐助、変な顔。それ楽しい?」
天川は天川で、不思議そうに首を傾げながら、俺の頬を指先でつついてきた。
なぜ俺の周囲には、こうも失礼な人間しかいないんだろう。
実に嘆かわしい。
「つ、月影様! お気になさらないでください! その表情も私への罵倒だと思えば……はうんっ♥」
「月影。私が言うことではないかもしれないが、表情が多少おかしいくらいで人間の価値は決まらない。だから、あまり気にするな」
有栖川と久木先輩はそれぞれ俺へと言葉をかけてくれた。
ははは!
まったく何の助けにもならない慰めのお言葉、心に染み渡りますな!
ええ、感謝しますとも、こんちくしょう!
……そんなに俺の表情はおかしいのだろうか。
今度、鏡の前で笑顔の練習でもしてみよう。
「ふふ。賑やかですね」
「ですねぇ。高校生って感じで、懐かしいなあぁ」
「あら、世利花さん。私たちもまだまだ青春の真っ最中ですよ」
「もちろんですー。さすがシルヴィアさん、分かってますねぇ」
前を歩く大人二人から、現実逃避の会話が聞こえてきた。
どれだけ否定しても、過ぎ去った青春は戻らな――
ぞくり。
急に背筋が冷たくなったので、俺は思考を放棄した。
何もなかった。
うんうん。
――現在時刻、午後八時三十分。
太陽はすでに沈みきっていた。
時間だけを見れば、まだ夜の入り口といっていい頃合いだ。
それでも周囲は、すっかり闇に包まれていた。
とはいえ、懐中電灯はある。
それに、俺たちが歩いている道は人工的に整えられた道で、月明かりを遮るほど木々が覆いかぶさっているわけでもない。
こうして固まって移動している分には、互いの表情を確認することくらいはできた。
今、俺たちはシルヴィアさんと石澤先生の後ろについて、廃校舎へと向かっている。
最初から事情を知っていた俺と犬井先輩、ついでに天川を除けば、全員が突然の肝試し宣言に戸惑っていた。
それでも最終的には、全員が参加する流れになった。
その過程で、シルヴィアさんと石澤先生による熱い説得があったのだが、詳細は省略する。
ともあれ。
そうして二人に案内され、廃校舎が見える場所まで移動した俺たちは、肝試しのための組分けをすることになったのだが――
「……宇宙の悪意を感じる」
あまりにも悪意に満ちた組分けに、俺は思わず顔をしかめた。
ことの経緯は、以下の悪意ある筋書きの通りだ。
「男性は神代様と月影様のお二人だけですので、それぞれ別の組に分かれていただくのがよろしいかと」
シルヴィアさんは、にこりと微笑んだ。
「あら、月影様。何かおっしゃりたいことでも?」
「……別に」
「まさか、このように暗い場所で、女性の皆様だけを肝試しに向かわせるおつもりではございませんよね?」
という、実に反対しづらい口実で俺は優人と別々の組に分けられることになった。
そして、男二人が分かれ、残りがどちらかにつくのであれば、組み合わせは自然と――
「よろしく、エリナ、彩花、由奈先輩」
「ユウトと同じ組なのね。ま、まあ、仕方ないわね!」
「ふふっ、お兄様と一緒で、わたくし嬉しいです。 やはり、運命なのですね」
「うんうん。優人君、こちらこそよろしくね!」
優人、エリナ、彩花ちゃん、犬井先輩と構成されたグループになるわけだ。
ラブコメ的には完璧な布陣であると感動するくらいだ。
だが、そうなると当然残りは俺と同じグループになるわけだ。
ああ、本当に。
「……憂鬱だ……」
胸躍るイベントを前にした俺の純情を地面に叩きつけ、その上で華麗にタップダンスを踊られているような憂鬱さが全身を包み込んだ。
なぜ世界は、俺からラブコメ観察の機会を奪おうとするのか。
俺はただ、優人のラブコメを少し離れた場所から見守りたいだけなのに。
どうして。
どうしてなんだぁぁぁ!!
そんな俺の切実な事情など一切考慮されることなく、グループ分けはつつがなく終了した。
「皆ー。始める前に、この廃校舎と、その裏手にある祠にまつわる言い伝えについて、お話ししますねぇー」
いつも通りのんびりとした口調で、石澤先生が幼稚園児の注目を集めるかのように片手を振った。
ざわついていた空気が静まり、全員の視線が石澤先生へと向かう。
それを確認した先生は、ゆっくりと口を開いた。
「昔々――」
◇ ◇ ◇
かつて、この土地にあった村を大飢饉が襲った。
作物は枯れ、井戸は干上がり、人々は明日を生きることさえ難しくなっていた。
故に、村人たちは、山神へ祈りを捧げた。
そして、一人の少女が山神への供物として捧げられたという。
山神はその少女を憐れみ、自らの使いとした。
山神の加護を受けた少女は、枯れた大地に恵みをもたらし、村を苦しめていた飢饉を終わらせた。
救われた村人たちは、山神の使いとなった少女のために社を建て、村の守り神として祀り、感謝を捧げた。
しかし、時が流れるにつれて、人々の感謝は少しずつ薄れていった。
村に建てられた社が、誰のためのものだったのか。
そこに何が祀られていたのか。
そうした記憶すら、年月とともに曖昧になっていく。
やがて信仰は途絶え、形だけが残った社だけが、ひっそりとその場所に残された。
そんな頃、社のすぐ近くに学校が建てられた。
人々に忘れ去られた社は、いつしか子供たちの格好の遊び場となった。
ある時を境に、社で遊んでいた子供たちが一人、また一人と姿を消すようになった。
村人たちは必死に子供たちを探した。
山の中も、川のそばも、廃れた道も、思いつく限りの場所を探し回った。
しかし、消えた子供たちは誰一人として見つからなかった。
最後に目撃された場所が、放置されていた社の近くだったこともあり、やがて人々はこう噂するようになった。
――忘れられた神が怒り、神隠しをした、と。
村人たちは荒れ果てた社を清め、名前さえ忘れてしまった神を鎮めるための儀式を行った。
儀式は三日三晩続いたという。
その祈りが届いたのか。
四日目の朝、姿を消していた子供たちは、全員無事に帰ってきた。
そして戻ってきた子供たちは、口を揃えてこう言ったそうだ。
――小さな女の子と遊んでいた、と。
それ以来、忘れられていた神は、幼い少女の姿をしているのだと伝えられるようになった。
そして子供たちの間では、その神のために玩具を供えるのが一つの遊びとなった。
その新しい遊びは、村が衰退し、消えるまで続いた――
◇ ◇ ◇
「――というお話があります~」
石澤先生がそう締めくくると、今度はシルヴィアさんが一歩前へ出た。
「せっかくですので、今回の肝試しは、その言い伝えになぞらえたものにしようと思います」
そう言って、シルヴィアさんは小さな木彫りの人形を取り出した。
手のひらに収まるほどの大きさで、作りはそこまで精密なものではなさそうだ。
「廃校舎の中に、これと同じ形の木彫り人形をいくつか隠してあります。皆様にはそれの一つを探し、校舎の裏手にある祠の前へ置いてから戻ってきていただきます」
なるほど。
実にシンプルだ。
「運がよければすぐに見つかるかもしれませんが、そうでなければ少し迷われることもあるでしょう」
シルヴィアさんは穏やかに微笑む。
「もちろん、あまりにも見つからないようであれば、隠し場所に関するヒントをお渡しできるよう準備しております。どうぞ、気負わず楽しんでください」
何か質問はございますか。
そう問いかけるようなシルヴィアさんの視線に、手を挙げる者はいなかった。
不安と期待が入り混じった視線を一身に受けながら、シルヴィアさんは満足そうに頷いた。
「それでは、神代様の組は校舎に入って左側を。月影様の組は校舎に入って右側を探索してください」
そして、道を開けるように一歩横へ退く。
「それでは皆様、よいひとときを」
シルヴィアさんは廃校舎へ向けて片腕を差し出し、優雅に腰を折った。
その姿は、まるで貴族たちを夜会へ案内する執事のよう。
同時に、死地へ誘う死神のようにも見えた。
もっとも、そんな感想を口に出したところで、危険に晒されるのは俺の命だけだろうから言わないが。
俺と優人は、一度だけ視線を交わした。
そして、どちらからともなく廃校舎の正面玄関へ向かう。
背後では、それぞれのグループに分かれた少女たちが静かに続いた。
半ば壊れた正面扉の前に立つ。
夜に見る廃校舎は、昼間に遠目で見たときよりもずっと暗く、それっぽい雰囲気を放っていた。
昼間見た時と同じく、扉としてまともに機能しているとは言いがたい。
それでも奥へ進むには、その残骸のような扉を押し開ける必要があった。
俺と優人は、残っている扉板に同時に手をかける。
ゆっくりと力を込めると――
ぎい、と。
錆びついた蝶番が悲鳴を上げるように、不気味な音を立てた。
――肝試しが、始まった。
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