52話 お昼ご飯準備も賑やかに
「――お前は本当に、まるで分かっていないな、親友よ」
「ん? 何だよ、藪から棒に」
実に嘆かわしい。
いくら鈍感さをファッションのように身にまとっている優人とはいえ、この光景がどれほど祝福されたものなのかを理解していないとは。
さすがの俺も、一言物申さずにはいられなかった。
俺は一度息を吸い込み、キッチンの方を指差す。
「よく見ろ。この光景を!」
「……いや、だから何が?」
相変わらず何が問題なのか分かっていない顔で首を傾げる優人。
可愛い美少女ならまだしも、男がその仕草をしても気持ち悪いだけなのでやめなさい。
俺が指差したキッチンでは、現在シルヴィアさん、彩花ちゃん、犬井先輩の三人が並んで料理をしていた。
わざわざ用意してきたのか、それぞれ可愛らしいエプロンまで身につけ、食材を手際よく切っている。
見ているだけで頬が緩む、実に尊い光景である。
それなのに、優人のやつは何も考えていなさそうな顔をしているのだから!
「可愛い! 女の子たちが! 手ずから! 料理を! している! この光景に!」
俺はもう一度、大きく息を吸い込んだ。
「お前は本当に何の感情も湧かないのかああああっ!」
俺の熱意が伝わったのだろうか。
優人は少しだけ表情を引きつらせ、そのまま体をすっと後ろへ引いた。
「……分かった。いや、正直まったく分かってないけど、とりあえず分かったから少し離れろ! 近い、近いって!」
おっと。
あまりにも熱意が溢れすぎて、つい距離を詰めすぎてしまったらしい。
気づけば、ほとんどキス直前の距離だった。
優人が本気でぎょっとした顔をして、俺の顔を押し返してきた。
つれないやつめ。
よいではないか、俺たちの仲で――
ぞくり。
その瞬間、背筋に冷たいものが走った。
……この感覚、間違いない。
殺気だ。
その殺気がどこからくるかは、いやでも分かった。
エリナと彩花ちゃんはもちろん、あの人のよさそうな犬井先輩まで、にこにこと笑いながら目だけがまったく笑っていないことを!
その気はまったくなかったが、万が一、事故で優人と口が触れていたら、俺という存在はこの世から抹消されていたかもしれない。
そう思えるほど、今の殺気は見事なものだった。
いくら俺が脇役として雑な扱いを受けることに慣れているとはいえ、命の危機を感じるような事態は遠慮したい。
※よい子の皆はこんな悪ふざけを真似しちゃいけないよ!
――そんな、実に充実した脇役ライフを満喫している現在の時刻は、十二時半を少し回った頃。
荷物運びと片づけがある程度終わったところで、ちょうど昼食にいい時間になった。
そこで料理の得意な三人が、昼食を用意すると名乗り出たのである。
とはいえ、バーベキューは夜にやる予定。
そのため、昼は簡単なもので済ませるとのことだった。
ちなみに、料理をしていない残りの面々については、運転の疲れで少し休んでいる石澤先生を除き、全員が戦力外通告を受けている。
運転していたという意味ではシルヴィアさんも同じなのだが、あの人は色々と規格外なので、深く考えない方がいい。
ともあれ、そんな理由で、美人――中身については置いておくとして――執事のお姉さんと、二人の美少女が並んで料理をしている。
その光景は、男心を揺さぶるには十分すぎる破壊力を持っていた。
生きていて、こんな光景を拝める機会などそうそうない。
もちろん、こちらの祝福されし主人公様は、毎日のように彩花ちゃんの手料理を食べているので、そういう感覚は薄いのだろうが!
「きいいぃぃっ! 羨ま……いや、恨めしい!」
俺は取り出したハンカチを噛みしめながら、恨めしげに優人を見た。
「……どこから出したんだよ、そのハンカチ」
細かいことを気にするやつで困るな。
そのとき、エリナがおずおずと手を上げた。
「ね、ねぇ。やっぱり私も料理を手伝――」
「「それは駄目だ」」
優人と俺の声が、見事なハーモニーを奏でた。
「うっ……! あ、あんたたち、こういうときだけ息ぴったりじゃないの!?」
エリナが少しむっとした顔でこちらを見る。
だが、俺と優人はその暴言に対し、断固として拒否の意志を示した。
いや、それはそうだろう。
よもや、忘れたなどと言わせまいぞ!
――時は、入学してからまだ間もない頃。
俺たちがまだ部活に参加する前の時期に、俺と優人、そしてエリナの三人で、週末に軽くピクニックでもしようという話になったことがある。
そのとき、エリナが「お弁当を作ってくる」と言い出した。
それがすべての始まりであり、終わりだった。
エリナが持ってきた弁当を食べた結果、俺たち三人はそろって腹痛を訴え、週末を丸ごとベッドの上で過ごすことになったのだ。
漫画やアニメでよくあるように、料理そのものが有害物質であるかのように緑色の煙を吐いていたわけではない。
ダークマターの化身みたいな黒いオーラに包まれていたわけでもない。
見た目は普通だった。
いや、むしろ美味しそうですらあった。
匂いも、少なくとも食欲を削ぐようなものではなかった。
だからこそ、質が悪かった。
だからこそ、俺たちは油断した。
口に入れた瞬間、理解してしまったのだ。
その偽装された罠の毒牙が、どれほど悪辣で、どれほど巧妙だったのかを。
不味い!
ただただ、不味いぃぃぃ!!!
そのあまりにも残酷な現実を、俺たちは骨身に染みて思い知らされた。
噛んだ瞬間、口の中いっぱいに広がる謎の香りに鼻の奥が痛くなり、別に辛いわけでもないのに涙まで滲んだ。
決して、食べられないわけではない。
……いや、訂正しよう。
食べても死にはしない味だった。
巨乳、金髪、ツインテール、幼馴染、ハーフ。
そこに料理音痴属性まで追加とは。
盛りすぎてるぞ、エリナよ。
ともかく、その日以来、エリナの料理は俺たちの間で禁忌となった。
「く、くううっ……!」
エリナは悔しそうに頬を膨らませた。
しかし、可愛いだけでまったく威圧感はない。
普段ならこのあたりで折れてしまう優人だが、今回ばかりは自分だけでなく、キャンプに参加している他の面々の命運もかかっている。
さすがに、エリナが料理に参加することを許すわけにはいかなかったらしい。
最後まで、優人が頷くことはなかった。
そんな優人の断固たる態度に、エリナは泣きそうな顔になる。
そして次の瞬間、俺の隣に座っていた天川へ飛びついた。
「エトちゃーん! この二人がいじめるの! 慰めて!」
「離れて」
「うわああん! エトちゃんまで冷たい! でも離れない!」
エリナが天川にひっつくのは、今となっては恒例行事のようなものだ。
そのため、誰も特に気にしていなかった。
「……何なのですか、これは」
あ、普段の俺たちとあまり接点のない有栖川だけは、少し引いたような顔をしていた。
だが、それを有栖川が言う資格はあるのだろうか。
いや、ない!
普段の言動で言えば、有栖川こそ非常識の集合体である。
そんなことを考えながら、少し離れた場所に姿勢よく座っている有栖川を見ていると、ふと気づく。
彼女の視線は、いつの間にかこちらへ向けられていた。
……いや、違う。
俺ではない。
その視線の先にいるのは……優人の方か?
何故こいつが……。
瞬間、そんな疑問が頭をよぎった。
しかし、それについて考えるより早く――
「さあ、皆さんお待たせしました! 食事の準備、できたよ! 急いで作ったから、大したものじゃないかもしれないけど!」
犬井先輩の明るい声が響いた。
おお!
待ってました!
生存者に群がるゾンビのごとく、俺は美人と美少女たちの手料理へと近づいていく。
さっき頭に浮かんだ疑問は、その時点でもう、きれいさっぱり消え去っていた。
ちなみに、料理は普通に美味しかった。
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