51話 ついに参りました、キャンプ地!
「月影様、到着しました」
「……んあ?」
近いような、遠いような場所から聞こえてきた声に、沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。
「ぐ、うううううっ……!」
固まった体を無理やり伸ばすと、筋肉が悲鳴を上げるような感覚とともに、眠気が少しずつ逃げていった。
……どうやら、かなり長い時間眠っていたらしい。
俺はポケットからごそごそとスマホを取り出し、時間を確認する。
11:25。
出発するときに確認した時間が9時10分頃だったから、移動だけで二時間以上かかった計算になる。
途中でサービスエリアのような場所に寄った記憶もない。
となると、運転していた人間はそれなりに疲れていてもおかしくないはずなのだが――
「お話に聞いていた以上に、素敵な場所ですね」
シルヴィアさんは、あまりにも涼しい顔で車から降りていた。
後部座席で世の中のすべてを忘れたように熟睡していたお嬢様方も、いつの間にか外へ出ている。
どうやら、俺が最後だったらしい。
俺も凝り固まった体に鞭を打ちながら、どうにか車のドアを開けた。
外に出た瞬間、肺の奥まで染み込むような澄んだ空気が俺を迎える。
そして――
「おお……」
視界いっぱいに広がる、鮮やかな緑。
ただ放置された自然ではない。
人の手が入っているのは分かるのに、それが不自然に浮いていない。
むしろ、山の景色の中にうまく溶け込んでいる。
車が停まったすぐそばには、木造の小屋が建っていた。
いや、これくらいなら小屋ではなく、ロッジと表現した方がしっくりくるな。
外観から見るに、二階建てのようだ。
十人で入っても十分に過ごせるどころか、むしろ余裕がありそうなほど大きい。
これはもう、犬井先輩が言っていたような「小屋」というより、立派な別荘だ。
ロッジの前には少し広めの平地があり、そこには東屋と、本格的なバーベキューグリルまで用意されていた。
その近くには薪の束も積まれており、いつでも使える状態に見える。
さらにロッジの脇には、物置らしき小さな建物が一つ。
その近くから伸びる細い道の奥からは、かすかに水の流れる音が聞こえてきた。
おそらく、あちらが犬井先輩の言っていた渓流へ向かう道なのだろう。
反対側には、山の上へ続いていそうな道も見える。
ただ、木々に遮られていて、その先がどこへ繋がっているのかまでは分からない。
犬井先輩いわく、ここは彼女の祖父が所有している場所で、好きに使っていいと許可をもらっているらしい。
……いや、高校生が二泊三日で遊ぶために使う場所としては、普通に豪華すぎないか?
俺がそんなふうに感心している間にも、他の面々はすでに荷物をロッジへ運び込んでいた。
そして、やはりと言うべきか。
優人が大活躍している。
「由奈先輩、これも中に運べばいいですか?」
「あ、うん。お願い……って、優人君! 一つずつで大丈夫だからね!」
「いえいえ。このくらいなら問題ないですよ」
「本当に持ててる! しかも、かなり軽そうに!? 優人君、力強いんだね!」
「あはは。体力には自信がある方なので」
どう見ても一人でまとめて運ぶ量ではない荷物を、優人はあっさりと持ち上げていた。
その姿を見た犬井先輩は、目を丸くして驚いたあと、すぐにきらきらとした視線を向ける。
俺にヒロイン好感度パラメーターを確認できる能力があれば、きっと今この瞬間、犬井先輩の好感度が爆発的に上昇する様子が見えたに違いない。
異世界転生といえば、普通はチート能力の一つや二つくらいもらえるものではないのか。
欲しい。
喉から手が出るほど欲しい……!
ヒロイン好感度パラメーター確認能力……!
「うーん……あらぁー。これ、思ったより重いわねぇ……」
「あ、石澤先生。それもこっちに載せてください」
「あら、いいのぉー? ふふ、それじゃあ甘えちゃおうかしらぁ。……わあ、本当に大丈夫そう。ありがとう、神代君。すごいわー。うんうん、頼りになるわねぇ」
石澤先生が持っていた荷物までまとめて運ぶ優人を見て、先生は手を合わせ、どこか楽しげに感心していた。
たとえ俺にヒロイン好感度パラメーターを見るチート能力がなくても、脇役の心眼を通して分かる!
石澤先生もまた、立派なヒロイン候補としての資質を持ち、今この瞬間、優人に対する認識がただの自分のクラスの生徒から、少し気になる存在へと格上げされたという事実を!
ぱんぱかぱーん。
脳内でファンファーレが鳴り響いた。
セルフ演出だが。
一般的に、男が女性の前で力仕事をこなしている姿を見せる場合、大半は格好つけたいという欲求が多少なりとも混じるものだ。
だが、優人の場合は――
「お兄様……また無自覚に……」
「ユウトって、本当に……」
その様子を見ていた彩花ちゃんとエリナは、どこか面白くなさそうな顔をしていた。
そう。
優人は無自覚である。
もちろん優人も健全な男子高校生なので、そちら方面にまったく興味がないわけではない。
だが、少なくとも今の行動原理に、女性にいいところを見せてやろうという下心は一切ない。
むしろ、だからこそ女性陣の心を揺さぶるのかもしれないが。
天然ジゴロめ。
女たらしもここまでくると、もはや災害だ。
まあ、優人がああなのは今に始まったことではない。
そろそろ諦めるということを覚えるのも、人生においては大切だと俺は思う。
とはいえ、このまま突っ立っていると、優人がすべて片づけてしまいそうだった。
俺も動くとしよう。
優人が動いているのに、俺だけ偉そうにふんぞり返っているのは性に合わない。
優れた脇役とは、ただ距離を置けばいいというものではない。
主人公と同じ空間で、同じ時間を過ごすこともまた、親友という役割においては重要なのだ。
あ、もちろんラブコメ方面は例外である。
「よいしょっと」
俺はトランクから自分の鞄を取り出して肩にかけると、ミニバンに積まれている荷物の中から、そこそこ大きな箱を持ち上げた。
「おっと」
中身が何なのかは分からないが、これはなかなか重い。
力自慢をしたいわけではないが、女子が運ぶなら二人がかりになりそうな重さだ。
「あ、月影君! その箱、食材とか調味料が入ってるから、キッチンの方に置いてくれる?」
「ういーっす」
犬井先輩の指示に適当に返事をしながら、俺は他の面々のあとを追ってロッジの中へ入った。
「おお。中もかなり広いな」
中に入ると、ロッジの内部は外から見た印象通り、かなり広かった。
豪邸というほどではないが、十人程度なら余裕で過ごせそうな造りである。
一階にはキッチンとトイレ、二つの部屋、それから広めのリビング。
二階部分は吹き抜けに面したバルコニーのようになっていて、下を見下ろせる構造らしい。
犬井先輩に言われた通り、俺はキッチンに箱を置き、改めてロッジの中を見回した。
ここが、これから二泊三日の前線基地。
いつもとは違う空間。
いつもとは違う空気。
果たして、この場所でどんな優人のラブコメを観測できるのか。
そんな期待に、俺の心は自然と躍っていた。
面白いと感じていただけましたら、反応をいただけますと励みになります。




