49話 予期せぬ同行者たち
ついにやってまいりました!
二泊三日のキャンプ、その記念すべき初日が!
……とはいえ、本格的なキャンプを始めるには、まず現地へ移動しなければならないのだが。
というわけで、俺たちは朝の早い時間に、桃源高校へ向かう坂道の下で集合することになっていた。
道中で優人と彩花ちゃん、エリナと合流し、少し進んだところで天川とも合流。
最後に集合場所付近で犬井先輩と久木先輩とも合流し、俺たちは予定されていた集合場所へ向かった。
今回のキャンプを主導した犬井先輩いわく、移動には車を使うらしい。
当然の話だが、俺たちは高校生である。
つまり、俺たちの誰かが運転するわけではない。
となると、必然的に大人が同行することになるわけだが……。
誰が来るんだ?
そんな疑問を抱えたまま集合場所へ到着すると、そこには灰色のミニバンと、見るからに高そうな高級車が停まっていた。
そして、その近くに三人の人物が立っている。
一人は、俺たち進学科一年A組の担任にして、男子生徒たちの心を無自覚に惑わせる罪深き女教師――石澤世利花先生。
そして、残る二人は……。
「……どうしてあんたらがここにいるんだ?」
俺は抑えきれない疑問と、急速に押し寄せてくる疲労感に、思わず眉間を押さえた。
なぜなら、目の前にいたのは。
「ご無沙汰しております、月影様。前回、お屋敷へご招待して以来でしょうか。いつも笑兎お嬢様がお世話になっております」
天川家の美人執事、シルヴィアさん。
そして、もう一人は――
「はうっ♥ ……あ、こほん……。ごきげんよう、月影様。皆様も」
マゾ令嬢、有栖川世慕であった。
その二人の尊顔を確認した瞬間、俺はこめかみを押さえる指に力を込めた。
どうしてだ。
どうして、この二人がここにいる。
特に後者。
いや、シルヴィアさんも十分に想定外なのだが、後者は存在そのものが俺の精神衛生によろしくない。
そんなふうに俺が一人で頭痛に耐えていると、
「あ、世慕先輩! 来てくださったんですね!」
彩花ちゃんがぱっと表情を明るくし、有栖川の方へ駆け寄っていった。
え、彩花ちゃん。まさか……!
「あ、こちらは有栖川世慕先輩です。今回、世慕先輩にも一緒に行きませんかってお誘いしたんです。こうして来ていただけて、本当に嬉しいです。あ、部長さんにはもう許可をいただいていますよ」
やっぱり彩花ちゃんが犯人だった!
「えっと、アヤカのお知り合い? 初めまして。橘・ローズ・エリナです」
「彩花から話は聞いていたよ、有栖川さん。中学以来だね。改めまして、神代優人です」
その瞬間、有栖川の肩がほんのわずかに揺れた。
彼女は優人の顔を見ようとして、けれどすぐに視線を落とす。
「……はい。お久しぶりです、神代くん」
その声はいつものように丁寧だったが、どこか少しだけ硬い気がした。
「わあ、すごい美人……! はっ! 犬井由奈です! こうやって直接会うのは初めてだよね? 今日は参加してくれてありがとう、有栖川さん!」
「久木向日葵だ。そうか。君が……」
……え、何この空気。
どうしてみんな、当然のように受け入れているんだ?
この状況を理解できていないのは、もしかして俺だけなのか?
やめて!
こういう形で世界から置いていかれると、さすがの俺でも泣くぞ!
泣きわめくぞ!
俺が一人だけ取り残されたような気分で、和やかに自己紹介をしている面々を眺めていると、今度は天川がシルヴィアさんの方へと近づいていった。
「お菓子」
「あら、お嬢様。最近、甘いものをよく欲しがるようになりましたね。ふふ、よい変化だと思います。ちょうど良いものを手に入れたところですよ。はい、こぼさないようにしてくださいね」
「ん……(モグモグ)」
天川は受け取った何かを、無表情のままもぐもぐと食べ始める。
すると、それを見た石澤先生が目を輝かせた。
「あら、シルヴィアさん。それってもしかして、最近できたあのお店のー?」
「ふふ。さすが世利花さん。よくご存じですね」
「しかも、よく見たら一日二十個限定の幻のスイーツじゃないですかぁ。相変わらず、シルヴィアさんの手腕はすごいですねぇー」
「いえいえ。世利花さんの情報収集能力こそお見事ですよ。先日教えていただいたお店も、とても素晴らしくて――」
……こっちはこっちで、妙に盛り上がっている。
何だこれ。
なぜ、みんな俺の知らないところで普通に仲良くなっているんだ。
同じ場所にいるはずなのに、どうして俺だけ妙に取り残された気分になっているのだろう。
俺の知らないところで、俺の知らない関係が次々と生まれている。
……いや、当然といえば当然なのだが。
それでも、今この場でまとめて突きつけられると、なかなかに効く。
いったいどうなっているんだ、このキャンプは。
◇ ◇ ◇
混乱に満ちた集合――主に混乱していたのは俺だけだが――が終わり、容疑者たちから聞いた説明を整理すると、だいたいこういうことらしい。
まず、俺たち進学科一年A組の美人担任である石澤先生。
驚くべきことに、石澤先生は犬井先輩の従姉妹だった。
さらに、それだけではない。
俺たちお悩み相談部の顧問も、どうやら石澤先生だったようだ。
……いや、普通に初耳なんだが。
いたのかよ、顧問。
ともあれ、石澤先生は犬井先輩から今回のキャンプについて相談を受け、監督役として同行することを快諾したらしい。
そのうえ、車の運転まで担当してくれるという。
ありがたい。
ありがたいのだが、情報量が多い。
次に、シルヴィアさん。
彼女は天川家の執事であるというだけでなく、以前から石澤先生と個人的な付き合いがあったらしい。
何でも、二人はとあるスイーツ店で知り合い、そこから意気投合したのだとか。
今では一緒にスイーツ店を巡ったり、新作スイーツの情報を共有したりする仲らしい。
またしても、意外なところから意外な繋がりが出てきた。
そして今回、石澤先生が「キャンプに必要な荷物と人数を一台で運ぶには少し厳しい」と相談したところ、シルヴィアさんが「それなら私も車を出しましょう」と申し出た。
その結果、灰色のミニバンに加え、シルヴィアさんの運転する高級車が投入されることになったというわけである。
車が二台ある理由は、これで分かった。
分かったが、納得した瞬間に疲労感が増したのはなぜだろうか。
そして最後に、有栖川。
こちらは先ほどの会話からも分かる通り、彩花ちゃんが誘ったらしい。
しかも、ご丁寧に部長である犬井先輩の許可まで取ったうえで。
それにしても彩花ちゃん、以前は確か有栖川先輩と呼んでいたはずだ。
それがいつの間にか、世慕先輩になっていた。
俺の知らないところでも、人と人との繋がりは生まれる。
関係は少しずつ深まり、呼び方も変わる。
俺が見ていない場所でも、誰かと誰かの距離は変わっていく。
それはまあ、当たり前のことだ。
今回のキャンプに参加することになった面々も、そうした人と人との繋がりの結果として、ここに現れたのだろう。
それが結果的に、俺にとってあまり愉快ではないものであったとしても。
「……まあ、こうなってしまった以上、受け入れるしかないか」
今はただ、これからキャンプで巻き起こるであろう優人のラブコメイベントに思いを馳せて耐えるのみだ。
色んな意味で、期待と不安が湧き上がる。
そんなものをまとめて乗せて。
――二台の車は、キャンプ地へ向けて走り出した。
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