48話 水着購入イベントで、元幽霊部員も気付く
天川を着せ替え人形に見立てて、あれこれ服を選ぶ少女たちの楽しいひと時は、唐突に終わりを迎えた。
まあ、理由は単純だ。
どうやら限界を迎えたらしい天川が、一瞬の隙を突いて店の外へ逃げ出したからだ。
さすがに自分たちもやりすぎたと気づいたのか、エリナと彩花ちゃんは必死に謝罪し、さらに若干の賄賂――具体的にはクレープ――を投入することで、どうにか天川を再び合流させることに成功した。
……という、そこそこどうでもいい一幕もあったのだが、優人関連のラブコメではないため、詳細は割愛する。
そうして俺たちは、時期としては少し早い水着を買うため、レジャー用品を扱う専門店へ向かったのだが――
「あれ? 優人君たち! こんなところで会うなんて奇遇だね!」
「……こんにちは」
「あ、由奈先輩と久木先輩」
そこで俺たちは、犬井由奈先輩と久木向日葵先輩にばったりと出くわした。
まさか、こんなところで会うとは。
俺は改めて、このラノベじみた世界の構造に戦慄していた。
無論、先輩たちも水着を買いに来たのだとすれば、ここで出会うこと自体はおかしくない。
だが、この広いショッピングモールで。
この時間帯に。
このタイミングで。
都合よく出会う確率が、いったいどれほどあるというのか。
一度や二度なら偶然で済む。
だが、こういったことが何度も何度も繰り返されるなら、それはもはや偶然の領域を超えている。
個人的に、運命などという言葉はあまり好きではない。
だが、それでもあえて言うならば。
これこそが、主人公の運命。
そう、主人公補正だ!
世界が優人のラブコメを望んでいる証拠と言えよう。
何という素晴らしい世界だろうか。
こんな世界に転生できた幸運を、俺は今一度噛みしめずにはいられなかった。
俺がそんなふうに一人で感動している間にも、会話は進んでいた。
「先輩たちも水着を買いに?」
「そうだよー! ねえねえ、聞いてよ! 向日葵ちゃん、ちゃんとした水着を持ってないって言うんだよ? 学校指定のやつしかないんだって!」
「……犬井。余計なことを言うな」
「だって! 向日葵ちゃんは可愛いんだから、もっとちゃんと可愛くしないともったいないじゃん! そう言ってるのに、そういうところでは妙に鈍いのが玉に瑕なんだから!」
「はあ……お前ってやつは……」
「あ、でも最近は、少しおしゃれにも興味が出てきたみたいなんだよ! この前も『可愛くなるにはどうすればいい』って聞いてきて、そのときの向日葵ちゃんが本当に――」
「犬井! だから余計なこと言うな!!」
普段の神経質で冷たい表情はどこへ行ったのか。
久木先輩は両腕を上下に振りながら、真っ赤な顔で抗議していた。
ふむ。
これは確かに、かなり……いや、相当に可愛い。
普段の姿とのギャップもあって、ポイントはかなり高いと言わざるを得ない。
ちなみに、今日の久木先輩は学園で見るような白衣姿ではなく、普通の私服姿だった。
……いや、別に。
普段の白衣姿がマッドサイエンティストっぽくて少し格好いいと思っていたわけではない。
だから、私服でも白衣を羽織っていてほしかった、などと思っていたわけでもない。
うん。
違う。
違うからね?
そんなことを考えていると、顔を真っ赤にした久木先輩が、ちらちらとこちらを見ていることに気づいた。
……まあ、久木先輩がこちらを見ていること自体は、今に始まったことではない。
なので、深く考えないことにする。
にしても。
あの見た目方面に無頓着だった久木先輩が、おしゃれ(笑)に興味を持つとは。
正直、かなり意外だ。
それを犬井先輩に相談したというのも意外といえば意外だが、対人関係があまり円滑そうに見えない久木先輩にとっては、犬井先輩が数少ない相談相手だったのかもしれない。
年頃の少女として、やはり外見が気になったのだろうか。
そのあたりは分からない。
だが、先ほどの反応を見る限り、それはそれで悪くない。
そんなわけで、先輩二人も合流することになり、買い物イベントの空気はますます盛り上がっていった。
◇ ◇ ◇
ああ、聞こえる。
ラブコメの神が、優人へラブコメの試練を授ける音が!
「優人!? 何してるのよ!」
「ええっ!? 優人君!? ちょ、ちょっと、どうして!?」
「お、お兄様!?」
「う、うわああああっ!」
店の奥から聞こえてくる、実に楽しげな悲鳴と騒ぎ声。
それをBGMに、俺は心身が整っていくのを感じながら、ゆったりと優雅なひと時を満喫していた。
「……何をしているんだ、あいつらは」
「……(モグモグ)」
久木先輩は呆れたように低くつぶやき、天川は世の中がどう動こうと自分のペースを崩さないやつなので、いつの間にか買っていたたい焼きをもぐもぐとかじっていた。
それにしても、妙な組み合わせが残ってしまったものだ。
俺と久木先輩、そして天川。
俺たちは店の外にあるベンチに座り、残りの面々を待っていた。
元々は、ここに優人も一緒にいた。
だが、さすがに遅すぎるのではないかと心配した優人が、様子を見に店の奥へ入っていき――結果、あの騒ぎである。
念のため言っておくが、俺は止めた側だ。一応。
まあ、止めたところで優人が聞くはずもないことは分かっていたので、あまり意味はなかったが。
ここにいる落伍者たちは、そもそも水着を買う必要がないか、すでに買い終えている面々である。
俺と天川は買う必要がない側。
久木先輩と優人は、自分の水着をさっさと選んで購入し、先に店の外へ出てきた側。
本来なら、店内で他の水着でも眺めながら待っていてもよかったのだが、
『何を選んだかは当日のお楽しみってことで! だから男子は早く出た出た!』
という犬井先輩の横暴により、俺と優人が真っ先に追い出された。
その後、逃げるように天川が外へ出てきて、最後に、自分の買い物を手早く済ませた久木先輩が合流したという流れになる。
それにしても、店の奥ではいったい何が起きているのだろうか。
どうせラッキースケベ的なラブコメが展開されているのだろう。
見たい。
見たい気持ちは山々だ。
だが、ヒロイン候補たちのあられもない姿が存在する可能性を考えると、そこは耐えるしかない。
そういうものを見るのは、あくまで優人の役目。
こうして声を聞いているだけでも、脇役である俺は満足だ。
――満足の、はずだ。
「……月影。どこか調子でも悪いのか?」
――びくり。
突然、久木先輩がそんな質問を投げかけてきた。
こちらを見る彼女の目は鋭い。
だが、同時にどこか、人間的な温度のようなものを含んでいる気がした。
久木先輩の問いに、俺は思わず体を反応させてしまった。
……いや、大丈夫だ。
まだ完全に隙を見せたわけではない。
俺は努めて余裕のある表情を作った。
「えー、やだなあ! 俺はいつだって健康そのものですよ? ほら、この通り!」
自分でも分かるくらい、わざとらしい身振りだった。
それでも、今の俺には、こうでもしなければ自分を取り繕えるかどうかすら怪しかった。
久木先輩は、そんな俺をじっと見つめる。
「……そうか」
幸い、久木先輩はそれ以上踏み込んでこなかった。
それが単なる無関心なのか。
それとも、彼女なりの気遣いなのか。
今の俺には、確かめる余裕もなかった。
「……ふう……」
久木先輩と天川に気づかれないよう、俺は小さく息を吐いた。
天川といい、久木先輩といい。
たかが脇役である俺の変化など、気にしないでほしい。
特に、今日のような日は。
そんなことを考えながら、俺はショッピングモールの天井を見上げた。
店の奥から聞こえてくる優人たちの悲鳴や騒ぎ声は、相変わらず賑やかだった。
いつもなら、それだけで十分に楽しめたはずなのに。
どうしてだろう。
――今はやはり、いつものようには楽しめなかった。
面白いと感じていただけましたら、反応をいただけますと励みになります。




