47話 買い物イベントで、ウサギは気付く
午後になり、俺はみんなと合流した。
明日から始まるキャンプに備えて買い物をしつつ、ついでにゴールデンウィークを記念して遊びながら時間を過ごそうという、実に健全で、実に高校生らしい集まりである。
もちろん、そこにラブコメの怪物が存在する以上、何らかの形でイベントが発生することは、この俺が知っていて、俺の中の俺も知っていて、ついでに未来の俺も知っている。
だからこそ、俺はこの午後の買い物兼休日イベントをかなり楽しみにしていたのだが――
「こういうのはどう? エトちゃん、綺麗な青い髪してるんだから、こういう色合わせも似合うと思うのよね」
「素敵ですね。 ですが、天川さんには、こちらのような落ち着いた雰囲気のお洋服もよく似合うと思います」
「あ、それも悪くないけど、こっちの方が――」
「いえいえ、こちらの方が――」
「……引っ張らないで」
エリナと彩花ちゃんが天川の手を取って、あれがいい、これがいいと、それぞれ違った雰囲気の服を勧めながら軽く言い合っている。
そして当の天川は、相変わらずの無表情で二人に引っ張られていた。
その姿は、どこか哀愁すら漂わせている。
「佐助、お前なんか顔色悪くないか? 大丈夫か?」
そんな光景をぼんやり眺めていた俺に、優人が不意に声をかけてきた。
「……あ? あ、うん。 大丈夫大丈夫」
しまった。
俺は今、何をしてるんだ。
せっかくのイベントを、全力で楽しめていないではないか。
こんなの駄目だ駄目だ。
しっかりしろ、月影佐助!
「何の話をしてたんだっけ? たしか……優人は実は男が好きだった、という話だっけ?」
「えっ、ユウト! 本当なの!?」
「お兄様!?」
「いやいやいや! そんなわけないだろ! おい、佐助!」
「はっはっは!」
俺の適当な一言に、優人とエリナ、そして彩花ちゃんが同時に慌てる。
その様子を見て、俺はいつものように愉快そうに笑ってみせた。
……だが。
胸の奥がどこか宙に浮いたような感覚だけは、どうにも消えてくれなかった。
この状況を心の底から楽しみきれていない自分が、まだ残っている。
今日はどうにも調子が悪い。
……心当たりがないわけではない。
だが、それはあくまで俺個人の事情だ。
俺は意識して気持ちを切り替えながら、いまだに「優人、実は男が好き疑惑」を真剣に追及しているエリナと彩花ちゃん、そしてその間で困り果てている優人を眺めた。
――現在、俺たちは駅前にある大型ショッピングモールへ来ていた。
明日からの二泊三日に備えた買い物。
とはいえ、正直なところ、俺たちが用意するものはそこまで多くない。
バーベキューや二泊三日分の食料などは、主催者である犬井先輩側で手配してくれるらしい。
さらに今回のキャンプは、厳密に言えばテントを張るタイプではなく、山中の小屋に泊まるキャビンキャンプに近い。
そのため、本格的な寝泊まり用の装備も必要ない。
では、何を準備するのか。
ぶっちゃけ、水着である。
犬井先輩いわく、
『何をするかは、その時のお楽しみってことで! あ、でも近くに綺麗な渓流があるから、水遊びもできるよ!』
とのことだった。
具体的に何をするかはほとんど未定。
だが、水遊びができる。
その情報だけで十分だった。
本来なら夏までお預けになるはずの水着イベントが、まさかゴールデンウィークの段階で前倒しされるのである。
胸が高鳴らないはずがない。
先に言っておくが、いくら俺が脇役としての立場を徹底しているとはいえ、俺も男だ。
美少女たちと直接的にどうこうなろうなどとは思わない。
思わないが、可愛い女の子の水着姿を前にして無の境地に至れるほど、悟りを開いているわけでもない。
ましてや、そんな水着姿のヒロイン候補たちが優人のラッキースケベラブコメイベントに巻き込まれるとなれば――それはもう、最高の眼福と言えよう。
そして今年最初の水着イベントということは、当然、水着購入イベントも付随する。
これまたラブコメにおいては外せない、極めて重要な前哨戦だ。
おまけと呼ぶには密度が濃すぎる。
もはや、それ自体がメインディッシュと言っても過言ではない。
では、なぜ今、水着ではなく天川を着せ替え人形のように立たせて、エリナと彩花ちゃんがあれこれ服を選んでいるのか。
理由は単純だ。
通りかかった服屋で、エリナが「エトちゃんに似合いそう」と言い出し、そのまま天川を引きずり込んだからである。
美少女三人が服を選ぶ光景というのは、これはこれで目の保養になるからよし。
なので、俺としても特に文句はない。
もちろん、天川は面倒くさそうではある。
だが、それでも二人に付き合っているあたり、このポンコツウサギも少しは成長というものを覚えたらしい。
……普段の俺なら、そんなふうに呑気に観察していたはずだ。
だが、今日はどうにも調子が悪い。
いくら気持ちを切り替えようとしても、胸の奥に残った妙な浮遊感が消えてくれない。
そんなふうに、エリナと彩花ちゃんの間で困り果てる優人を見ながら、俺が軽く眉を寄せていたときだった。
「ふう」
エリナと彩花ちゃんから一時的に解放された天川が、どこか安堵に似た小さな息を吐きながら、俺の方へ近づいてきてはこっちを見上げた。
天川の身長は俺より頭一つ分ほど低い。
そのため、自然とこちらを見上げる形になる。
角度によっては、殺人的と言ってもいい上目遣いだった。
他の男なら、その視線だけで即座に陥落するかもしれない。
そんなことをぼんやり考えている俺を見て、天川はこてんと首を傾げた。
「佐助?」
「何だ。 顔に何か付いてるか?」
天川は小さく首を横に振った。
それから、相変わらず感情の読めない目で、じっと俺を見上げてくる。
「元気ない?」
その一言に、なぜか胸の奥がどくりと沈んだ。
俺を見上げる天川の瞳は、ひどく澄んでいた。
まるで、こちらの内側まで見透かしてくるように。
……ただの思い込みだ。
自意識過剰にもほどがある。
きっとそうだ。
そう分かっているのに、俺はその目をまっすぐ見返すことができなかった。
「いや、特に問題ない」
どうにか口にしたその言葉は、自分でも驚くほど空々しく響いた。
「そう?」
天川はまた、こてんと首を傾げる。
それから、ほんの少しだけ間を置いて、
「でも――」
「エトちゃん! 次、これ着てみましょ!」
「天川さん、こちらもきっと似合いますよ」
「……引っ張らないで」
何かを言いかけた天川は、再びエリナと彩花ちゃんに両腕を取られ、試着室の方へ連れていかれた。
俺はその後ろ姿を、しばらく黙って見送る。
――助かった。
そう思ってしまった自分に、少しだけ苦笑した。
今は、俺の事情などどうでもいい。
目の前には、優人とヒロイン候補たちによる買い物イベントが展開されている。
脇役である俺が見るべきものは、そちらのはずだ。
……そう、自分に言い聞かせた。
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