46話 GW初日、妹からの電話
待ちに待ったゴールデンウィーク初日。
キャンプは明日から二泊三日で行われることになっているため、連休初日である今日は、各自自由に過ごすことになっていた。
家でのんびりするもよし。
友人と遊びに行くもよし。
あるいはキャンプに備えて買い物をするもよし。
まあ、結局は普通の休日と同じということだ。
そして俺は、午後から優人とエリナ、天川、そして彩花ちゃんと一緒に、キャンプに備えた買い物をする約束をしている。
ちなみに彩花ちゃんは、優人が誘ったらしい。
……ということになっている。
だが俺は、優人が二泊三日で危険因子たちとキャンプに行くと知った彩花ちゃんの圧に、優人が押し切られたのだと見ている。
彩花ちゃんの参加を告げたときの優人のあの妙に疲れた顔を見れば、想像は難しくない。
まったく。
妹にまで尻に敷かれて生きるとは、情けないやつだ。
それでもお前は主人公か!
……いや、むしろそうだからこそ主人公なのかもしれない。
そのお前らしさ、どうか忘れないでほしい。
ともあれ、午後には予定が入っている。
つまり午前中は、ベッドの上で全力でだらけるべきだろう。
全世界の俺がそう結論づけたところで――
【~♪~♪♪】
スマホが着信を告げた。
「……ん?」
また迷惑電話か何かだろうか。
全く、そんなはた迷惑なことをする時間があればもっと生産性のあることをしたらどうなんだ。
この俺のように!
そんな軽い気持ちでディスプレイを確認した俺は、
「げっ……」
見てはいけないものを見たような気分で、思わず顔をしかめた。
表示されていた名前は、妹のものだった。
一瞬、そのまま通話を切って着信拒否でもしてやろうかという衝動が湧いた。
だが、後が面倒になりそうだったので、俺は深くため息を吐き、通話ボタンを押した。
「現在おかけになった電話は、お客様の都合により――」
『早く出なさいよ、このキモ兄』
通話が繋がった瞬間、不満たっぷりの声が耳に突き刺さった。
ああ、面倒くさい。
「相変わらず毒々しい物言いだな、我が妹よ」
『キモいからキモいって言ってるだけだけど?』
兄妹仲は悪くない……と思う。
少なくとも、口も利かないほど険悪というわけではない。
ただ、この妹様は俺に対する態度がかなり雑だ。
まあ、普通の兄妹とは案外こういうものなのかもしれない。
そう思った瞬間、ふと、遠い記憶が頭をかすめた。
『任せろ! 兄ちゃんは、ヒーローだからな!』
それは、月影佐助になる前の――
『――ちょっと、聞いてる?』
棘のある妹の声に、浮かびかけた記憶は跡形もなく消えた。
そのことに、なぜか少しだけ安堵しながら、俺はスマホを持ち直す。
「聞いてる聞いてる。で、そのキモい兄にわざわざ電話とは、どういう風の吹き回しだ?」
『私だって好きで電話してるわけじゃないんだけど』
妹は露骨に不機嫌そうな声で続けた。
『母さんがさ、ずっとRimeにメッセージ送ってるのに、キモ兄が全然確認してないって言ってるんだけど。 連休に入ったのに顔を出す気配もないって、私にまで愚痴ってくるからマジで迷惑』
「あー……」
たしかに、それは妹の立場からすれば完全なとばっちりだろう。
「悪かったな。 お袋には後で俺から連絡しておく」
『本当に?』
「本当本当」
『その返事、信用できない』
我ながら信用のない兄だな。
まあ、日頃の行いを考えれば否定できない。
「そのうち顔を出そうとは思ってる。 ただ、少なくとも今回のゴールデンウィークは無理だな」
『は? 何それ』
「こっちにも色々あるんだよ」
『色々って何』
「色々は色々だ」
『雑。 ……キモ兄、何か隠してる?』
一瞬、言葉が止まった。
別に、妹は何かを知っているわけではない。
俺が家族に対して抱えているものも、前世のことも、何一つ知らないはずだ。
ただ、何となく。
連絡を避けていることや、実家に顔を出さないことに、違和感を覚えているのかも知れない。
「隠してることなんて山ほどあるぞ。 主にパソコンの中に。 何ならお前にも送ってやろうか? 秘蔵のエロティシズムを」
『……最低』
「にゅふふふふふ!」
『もういい! キモいからその笑いやめて!』
妹は呆れたようにため息を吐いた。
どうやら、深く追及する気はないらしい。
――助かった。
何が?と問われたら、俺も分からないが。
そう思ってしまうあたり、自分でもどうかと思う。
『とにかく、母さんには自分で連絡して。 私に火の粉が飛ばないようにしてよ』
「へいへい。 仰せのままに」
『はあ……本当に大丈夫なの?』
まったく。
兄に対する敬意が欠片も感じられない妹だ。
いやまあ、俺が兄として敬意を払われるような人間像をしていないという問題もあるのだが。
そこについては、改善を期待しないでほしい。
それが脇役としての月影佐助という男の生き方なのだから。
――ここまでの話で大体はお分かりになれたかと思う。
俺は今、家族と離れて絶賛一人暮らしをしている。
中学三年の二学期が始まる頃、親父の転勤が決まった。
家族全員で別の地域へ引っ越す。
両親の中では、そういう話になっていたらしい。
だが、それは俺にとって死活問題だった。
引っ越せば、優人の隣で優人のラブコメを観測することができなくなる。
そんなもの、俺に受け入れられるはずがない。
結果として、俺は反発した。
高校生になったら一人暮らしをする。
そう主張したのだ。
もちろん、両親は最初は反対していた。
一人暮らしをしたこともないのに簡単に言うな。
まだ子供なのだから許可できない。
家賃はどうするのか。
生活費は。
食事は。
そんな、ごく真っ当な反対意見が山ほど出た。
それでも俺は引かなかった。
色々と条件を出され、交渉し、どうにかこうにか、涙なしには語れない経緯を経て、高校進学と同時に一人暮らしを勝ち取った。
そのあたりを詳しく話すと長くなる。
それに、冴えない眼鏡オタク系脇役の自立物語など、誰も求めていないだろう。
なので割愛する。
妹は、当然のように両親と一緒に引っ越した。
引っ越し先の家には、強制的に荷物運びを手伝わされたときに一度だけ行ったことがある。
立地も建物も悪くなかった。
今の家族の住まいは、公共交通機関を使えば片道二時間ほどで行ける。
往復で四時間。
遠いといえば遠いが、行こうと思えば行けない距離ではない。
それでも俺は、高校生になってから一度も顔を出していない。
優人のラブコメを観測するだけで時間が足りない、という理由もある。
それは事実だ。
……だが、それだけではない点も、たしかに存在する。
『自炊って大変なの? ご飯とかちゃんと食べてる?』
「お、ようやく俺の事を心配する気遣いというものを覚えたのか? えらいぞー」
『本当キモ!』
「照れるな照れるな。 はははは!」
『死ね!』
「照れ隠しですかー? 初やつ」
妹とくだらない雑談を交わしながら、俺は家族の顔を思い浮かべた。
寡黙だが、家族のことをちゃんと考えている親父。
そんな親父に文句を言いながらも、家庭を支えているお袋。
口は悪く、兄への扱いも雑だが、ちゃんと心配もしてくれる妹。
どこにでもあるような、普通の家族。
どこにでもあるような、普通の家庭。
そう。
普通なのだ。
――だからこそ。
純粋な月影佐助でいられない俺には、その普通さが、どうしようもなく居心地悪かった。
『――でさ、この前友達と遊んでいるときに急に話しかけてくるんだよ? 中学生相手にナンパとか、ロリコンってやつ? しかもしつこいんだよ! マジ最悪!』
「そんな時はここにロリコンの変態がいます! とか叫んだら一発で解決するぞ」
『え、そう? 次同じ事あったら試してみる』
「そうしろそうしろ。 それにしてもお前相手にナンパ、ね……世も末か」
『はあ? どういう意味よ!』
「いいえ、なんでもございません」
雑談はその後も数分くらい続いた。
本当にくだらなくて、他愛のない。
それを普通の兄として対応できたと思う。
……何の自慢にもならないが。
「――ああ。 分かった。 じゃな」
最後に絶対お母さんに連絡して、と釘を刺されて、通話は終了した。
俺はしばらく、スマホの画面を眺めて、胸の奥を占めている重い何かを吐き出すように長く、深くため息をついた。
そのままスマホを枕元に放り、ベッドの上で仰向けになった。
午後には優人たちとの買い物がある。
キャンプに向けた準備。
ラブコメイベントの前哨戦。
そちらに意識を向けていれば、余計なことを考えずに済む。
それでいい。
「俺は、主人公じゃないから……」
思わず出てしまったその呟きは、誰に向かったものだったのか俺にすらわからなかった。
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