↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/55

42話 怪我をしたら下着姿に遭遇した

 そうして迎えた、午後の新体力テスト。


 俺たち進学科一年は、進学科専用の広大なグラウンドへと集められていた。


 百メートル走。

 反復横跳び。

 握力。

 長座体前屈。

 立ち幅跳び。

 ハンドボール投げ。

 持久走。


 用意された測定種目は、どれも高校生なら一度は経験するであろう、ごく普通の体力測定ばかり。


 だが、やけに男子たちの士気が普段とは明らかに違っていた。


 理由は簡単。


 女子が、すぐ近くにいるから、という真っ当な青少年であれば当然の動機に他ならない。


「うおおおおおっ! ここで男らしいところを見せて、あの子にアピールしてやる!」

「輝いてる! 俺は今、輝いているぞ! 来い、モテ期!」

「見たか、この華麗なるステップ! これこそ、かつて伝説と呼ばれた俺の技よ!」


 ……実に分かりやすい。


 男子たちは、女子に少しでも格好いいところを見せようと、全力で青春を空回りさせていた。


 反復横跳びでやたら派手にステップを踏む者。


 百メートル走で顔を真っ赤にしながら、必要以上に力んで走る者。


 握力測定で平静を装いながら、腕の血管が浮き上がるほど力を込める者。


 長座体前屈で妙に柔らかい体を見せつけ、逆に女子から引かれる者。


 周囲を見渡せば、そんな光景がそこかしこで繰り広げられていた。


 青春だなー。


 涙ぐましい努力と言えよう。


 前世を含めなくとも、精神的に彼らより成熟しているこの俺としては、思わず応援したくなってしまう。


 頑張れ、少年たち。


 君たちのその無駄な努力は、おそらくほとんど報われない。


 だが、その空回りは見ていて非常に面白いから、応援だけはしておこう。


 ちなみに、新体力テスト自体は男子と女子でグループが分けられているものの、完全に隔離されているわけではない。


 測定場所はすぐ隣だ。


 つまり、互いの様子はそれなりに見える。


 それが、男子たちの無駄な気合いをさらに加速させていた。


 ただ、肝心の女子側はというと――大半は、体力測定そのものに対してどこか気だるそうな態度を取っている。


 まあ、当然だな。


 体力測定が楽しくて仕方がない、などという人間はそう多くない。


 男子側を見ている女子もいないわけではないが、あれはおそらく、意中の相手を目で追っている類のものだろう。


 つまり、男子たちの血と汗と涙のアピールは、そのほとんどが空振りに終わっているわけである。


 ああ。


 泣ける。


 笑いすぎて涙が出る。


 どうしたものか、この青春たちは。


 俺としては見ているだけで楽しいので、どう転んでも構わないのだが。


 そんな中、我らが主人公である神代かみしろ優人ゆうと君は何をしているのかというと――


「百メートル、十一秒八か……神代、お前、陸上部に入る気はないか?」

「おおー、すげえ。 神代って運動神経めちゃくちゃいいんだな」

「へえ。 神代君って、見た目はそんなに体育会系じゃないのに、意外と速いんだ。 ちょっと格好いいかも」

「あ、分かる。 運動できる男子って、なんかいいよねー。 ……あれ? 橘さん、なんか顔が変じゃない?」

「……え? あ、ううん。 何でもないわ。 あはは……」

「そういえば、桜庭さんもなんか微妙な顔してない?」

「……そ、そう? 少し疲れたかも……。 あはは……」


 見事に、クラスメイトたちの注目を集めていた。


 何を隠そう!

 優人は昔から運動神経がいい。


 というより、あいつはもともと体を動かすことに慣れている。


 優人の祖父は、かつて古武術の道場を開いていた。


 その影響で、優人は幼い頃から体の使い方を叩き込まれていた。


 道場そのものは今では閉じているそうだが、それでも優人は心身鍛錬という名目で、今も地味にトレーニングを続けている。


 その成果だろう。


 同年代の男子と比べても、優人の体はかなりに鍛えられている。


 普段は制服に隠れていて分かりにくい。


 だが、今日のように半袖の体操服を着ていると、腕や肩まわりが意外としっかりしていることがよく分かる。


 立ち幅跳びの測定で、着地の拍子に体操服の裾がわずかにめくれ腹筋が見えた瞬間、女子側から小さな悲鳴のような声が上がった。


 くっ。


 やはり主人公。


 体力測定という地味な学校行事ですら、しっかり見せ場に変えてくる。


 恐ろしい男だ。


 俺も、優人に付き合って朝のジョギングや簡単なトレーニングをすることはある。


 だが、俺の場合はせいぜい平均より少し上くらいだ。


 悪くはない。


 悪くはないが、目立つほどでもない。


 つまり、実に脇役らしい数値として誇ってもいいくらいだ。


 対して優人は、午後の新体力テストに入ってからというもの、水を得た魚のように動いていた。


 午前中の出来事を忘れようとしているのかもしれない。


 走る。

 跳ぶ。

 投げる。

 力を込める。


 体を動かすたびに、朝から積み重なった理不尽を振り払おうとしているようにも見えた。


 その結果、優人は一気にクラス内で注目を集めることになった。


 エリナと桜庭は、最初こそ優人の動きを目で追うように見ていた。


 だが、周囲の女子たちが優人に反応し始めるにつれ、二人の表情は少しずつ複雑なものへと変わっていく。


 ふむ。


 これが複雑な乙女心というやつだろうか。


 まあ、知らんけど。


 俺はそんな状況を観察しながら、胸の内側でじわじわと満たされていく脇役としての本能――もとい、純粋な観測意欲を味わっていた。


 いい。


 非常にいい。


 主人公が活躍し、その周囲でヒロイン候補たちの感情が揺れる。


 これぞラブコメ。


 これぞ主人公観測。


 俺は今、まさに特等席にいる!


 ……だが。


 どうやら俺は、観測に意識を向けすぎていたらしい。


 持久走。


 桃源高校は無駄に敷地が広いため、持久走にはグラウンドのトラックではなく、校内の外周コースが使われる。


 グラウンド脇を抜け、運動施設の横を通り、植え込みと並木の間を走って戻ってくるコースだ。


 自然が多く、道幅もそれなりに広い。


 普通に走っている限りは、特に危険なコースではない。


 ――普通に走っている限りは。


 俺は走りながら、横目で優人と女子たちの様子を観察していた。


 まあ、つまりよそ見の最中だったわけだ。


 なのである意味、必然だった。


 俺は、自分がいつの間にか外周コースの端へ寄っていることに、まったく気づいていなかった。


「おい、佐助ようすけ! 前!」

「あ? ――ぐへっ!?」


 優人の声に反応して前を向いた瞬間。


 視界いっぱいに、木があった。


 次の瞬間、顔面に衝撃が走る。


 ぐしゃり、という嫌な音がした。


 いや、骨ではない。

 眼鏡だ。


 幸いレンズが割れたわけではないようだが、フレームが盛大にずれ、鼻当てが鼻筋に食い込んだ。


 痛い。


 普通に顔をぶつけるだけでも痛いのに、眼鏡越しに顔面を強打するのは別種の痛みがある。


 全力でぶつかったわけではない。


 だが、まったく身構えていない状態での衝撃というものは、思った以上に痛い。


 俺はそのまま尻餅をつき、顔を押さえながら地面の上で悶えた。


 声にならない悲鳴が、喉の奥で暴れる。


 うん。


 これは無理だ。


 我慢とか、そういう次元ではない。


 痛い。


 痛いいいいいいっ!


「お、おい、大丈夫か?」


 すぐ近くから優人の声が聞こえた。


 だが、返事をする余裕がない。


 痛い。


 とにかく痛い。


 しばらく地面の上で悶えたあと、ようやく少しだけ痛みが引いてきた。


 俺は震える手で、顔を押さえていた部分を確認する。


 手のひらには、赤いものが付いていた。


 血だ。


 単純に、血が出ていた。


「……優人。俺はどうやら、ここまでらしい……」

「いや、喋れてる時点でたぶん大丈夫だぞ」

「最後の頼みだ……俺の部屋にあるパソコンのハードディスクを破壊してくれ……」

「そんなこと言えるなら、やっぱり大丈夫そうだな」


 優人は呆れたように言ったあと、俺の顔を覗き込んだ。


 その表情には、ほんの少しだけ心配の色が混じっている。


「血が出てるのは本当だし、保健室に行った方がいい。 ひとりで行けるか? 無理ならついていくけど」

「ふっ……相変わらず優男だな、親友よ。 だが、その程度の慈悲で俺が泣くと思うなよ」

「いや、普通に心配してるんだけど」

「大丈夫だ。 歩ける。 ここは俺に任せて先に行け!」

「なぜここで死亡フラグを立てるんだ、お前は」


 優人は半眼になったが、俺はそれ以上構わず、血が出ている部分を強く押さえながら立ち上がった。


 仕方がない。


 ここは大人しく保健室の世話になるしかないだろう。


 優人はまだ少し心配そうだったが、俺が歩けることを確認すると、渋々その場に残った。


 測定の途中で優人まで抜けるわけにはいかない。


 俺は片手で顔を押さえながら、校舎の方へと歩き出した。


 外周コースから校舎へ戻る途中、痛みはまだじんじんと残っていた。


 血も、少しずつではあるが出続けている。


 ついでに、眼鏡もひどい有様だった。


 フレームが微妙に歪んでいるせいで、視界が斜めに傾いている。


 世界がほんの少しだけズレて見える。


 今の俺の人生そのもののようで、大変腹立たしい。


 まったく。


 何という醜態だ。


 この脇役界の宝とも言うべき俺のハンサムフェイスに、もし傷跡でも残ったらどうしてくれる。


 それは脇役界にとって大きな損失だ。

 訴訟案件だ。


 全世界の俺が涙を流すほどの損失と言っても過言ではない。


 そんなくだらないことを考えながら、俺は校舎へ入った。


 新体力テストの最中だからか、廊下は静まり返っている。


 保健室の前まで来ても、人の気配はほとんどなかった。


 俺みたいな間抜けな理由ではないにしても、体力測定中なら他にも怪我人の一人や二人くらいいてもおかしくない。


 そう思っていたのだが、どうやら今のところは俺だけらしい。


 まあ、それはそれでいい。


 早くこのハンサムフェイスを治療してもらえる。


 俺はそんな軽い気持ちで、保健室の扉を開けた。


「ちぃーす。 急患なので優しく――」


 言いかけた言葉が、喉の奥で止まった。


 扉を開けた先。


 保健室の中。


 そこには――


「あ、佐助」


 なぜか、天川あまがわが半裸の下着姿でぼんやりと立っていた。


面白いと感じていただけましたら、反応をいただけますと励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。