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37話 誰だって名案に見える計画がある

「こんなところでお会いするなんて、奇遇ですね。 月影様は、どういったご用事でこちらに? ……月影様?」

「……はあ……」

「急にため息を!? あ、ですが、その冷たい視線がまた……ありがとうございます♥」


 突然現れたかと思えば、相変わらず気持ちの悪いことを口走る有栖川ありすがわを見て、俺は最近すっかり持病になりつつある頭痛をこらえるように、こめかみをぐりぐりと押さえた。


 なぜこいつがここにいる。


 いや。

 そんなことはどうでもいい。


 見たところ、俺がここに現れることを予測して待ち伏せしていた、という雰囲気ではない。

 ならば、単なる偶然に割く思考リソースなど、今の俺には存在しない。


 有栖川の相手をする時間があるなら、一秒でも長く優人ゆうとのラブコメを観測するべきだ。


 これこそ世界の真理。


 よって俺は、一人で妙に身を震わせている有栖川を無視し、優人と桜庭さくらばの後を追うことにした。


「あ、月影様! お待ちください!」


 なぜか有栖川も俺の後を追ってくる。


 吾輩は忙しいぞ。

 マゾ属性お嬢様に割いている時間など――


「――いや、待てよ?」


 その瞬間、俺の脳裏に稲妻のような閃きが走った。


 むしろ、これは好機ではないか?


 有栖川が俺の崇高なる趣味――主人公観測を理解できるとは到底思えない。


 そもそも、こいつは俺のそういった性質について、まだほとんど知らないはずだ。


 自分で言うのも何だが、まともな感性を持つ人間なら、俺の脇役としての生き様を知ったらまずこう思うだろう。


 こいつ、頭は大丈夫なのか、と。


 つまり。


 有栖川が俺に幻滅すれば、俺に付きまとわなくなる。

 俺の悩みの一つが処理される。

 結果として、俺はより平穏な脇役ライフを満喫できるようになる。


 俺って天才?


 ……一瞬、天川あまがわという例外が脳裏をよぎったが、あれは論外だ。


「有栖川」

「あ、はい」

「今から俺には重要な用事がある。 ついてきたいなら勝手にしろ」


 とはいえ、素直についてきてくれと頼むのも癪だ。


 他の人間相手ならともかく、有栖川に対しては中学時代の一件もある。

 どうにも、普段の大人っぽくてクールな俺ではいられない。


 だから俺は、少しぶっきらぼうにそう言い放った。


「よ、よろしいのですか?」

「構わない。 いや、用事があるなら別に来なくてもいいが」

「い、いえ! 用事などありません! はい! ぜひ!」


 有栖川の顔が、ぱあっと明るくなる。


 拒絶一辺倒だった俺が、初めて許可らしきものを出した。

 それがよほど嬉しかったらしい。


 というか、用事がないなら何でこんなところにいるんだ、こいつは。


 いや、いい。

 重要なのはそこではない。


 ふふふ!

 有栖川よ、そんな顔をしていられるのも今のうちだ。


 望み通り、俺の隣で俺を観察するがいい。


 そして幻滅しろ!

 この俺の平穏なる脇役ライフのために、塵となって風に舞うがいい!


 くははははは!


 悪の幹部にでもなったような気分で内心盛り上がりながら、俺は有栖川に見えないよう正面を向いて笑った。


 すれ違う人々が、後ろにいる有栖川をちらりと見て、見惚れたような顔をする。

 そして、その前を歩く俺を見て、引いたような顔で視線を逸らす。


 失礼だな。


 だが、それも些細なことだ。


 こうして俺は、有栖川を引き連れたまま、優人と桜庭の後を追った。




 ◇ ◇ ◇




 数十分後。


「ふむ。 普通のデートではないだろうと思っていたが、雑貨店の男性向けコーナーで品定めとはな。 大方、桜庭が知人への贈り物を選ぶために、優人の意見を聞くことにした、という筋書きか? なるほどなるほど……」


 優人と桜庭は、駅前にある大型複合ショッピングタワーの一角にある雑貨店へ入っていた。


 その中でも、二人がいるのは男性向けの小物コーナー。


 桜庭は真剣な表情で品々を見比べていた。


 隣では優人が何かを言っている。


 時折、桜庭は選んだネクタイとかを優人に当てていた。


 優人はというと、平然とした様子で「こっちの方がいいんじゃないかな」みたいに別の物を手に取っている。


 その微妙に近いようで遠い距離感がまた素晴らしいスパイスとなっていた。


 俺とおまけのお嬢様は、雑貨店の向かいにあるカフェの窓際席に陣取っていた。


 このカフェの窓は、外光を反射しやすい特殊なコーティングがされているらしい。


 こちらからは外がよく見える。

 だが、外から店内を覗こうとすると、ガラスに景色が反射して中の様子がかなり見えにくい。


 つまり、観測には最適なロケーションということだ。


 偶然にもこんな素晴らしい観測スポットが存在するとは。


 やはり天は、俺の脇役ライフを応援しているに違いない。


「あの……月影様」

「何だ。 今ちょうどいいところだから短くしろ」

「そ、その、大変申し上げにくいのですが……これは、いったい何をなさっているのでしょうか?」


 その言葉に視線を向けると、困惑した表情の有栖川がいた。


 まだ俺が期待しているほどの反応ではないが、感触は悪くない。


 このまま一気に畳みかけ、有栖川を俺に幻滅させてやる!


「主人公観測だ!」

「……はい?」


 有栖川が、ぽかんとした顔になる。


「そ、その……これは世間一般で言うところの、ストーキングでは……」


 ははは。

 おかしなことを言う。


「――それがどうした?」

「え?」

「そんなもん、俺の崇高な趣味活動の前では些細な問題に過ぎない!」

「……」


 俺は、胸の奥からあふれ出す情熱をそのまま解放した。


「中学時代の優人を見ていたお前ならわかるだろうが、あいつはとにかく女の子と縁がある。 もはや宿命だ! そう、あいつは生まれながらにしてラブコメ主人公としての星を背負っている! 例えば――」


 さあ、括目せよ!

 これぞ秘技、トゥー・マッチ・オタクトーク!


 自分の好きなものについて、相手の反応などお構いなしに語り続ける禁断の技。


 正常な社会生活を営むためには、決して表へ出してはならない。

 他人の視線が怖くなる、文字通り秘技中の秘技。


 この技を受けて俺に引かなかった者は、いまだかつて存在しない。


 そう! 家族でさえ!


 ……母と妹に諦めたような目で見られたことは、今でも忘れられない良い思い出だ。


「――つまりだな、一番タチが悪いところは、本人が何一つ狙っていないところにある。 実際、あいつに下心はない。 だからこそタチが悪い。 無自覚、無防備、無警戒。 それが神代優人という男なんだ! わかるか? それこそ――」


 言葉が止まらない。


 まるで壊れた蛇口のように、俺の口から情熱があふれていく。


 今こそ、こいつに見せつけるときだ。


 月影つきかげ佐助ようすけという男の、偽りなき生き様を!


 ――

 ――

 ――


 ――どれほど話し続けただろうか。


 気がつけば、喉が少し乾いていた。


 俺は注文していたコーヒーを手に取り、一口飲む。


 そして、ようやく一息ついたところで、有栖川の表情を確認した。


 有栖川は――


「……」


 ぽかん、としていた。


 ……何だ、その顔は。


「おい、有栖川」

「あ、は、はいっ!」


 俺が呼ぶと、有栖川はようやく我に返ったように、背筋を伸ばしていつもの端正な姿勢を取った。


 だが、その表情にはまだ少し呆けたような色が残っている。


 何だ。


 俺が想定していた反応と、なんか違いますよ?


 首を傾げる俺に、有栖川はどこか慌てたように、言い訳めいた口調で言った。


「も、申し訳ございません。 正直に申し上げますと、お話の大半は、わたくしには理解できないことばかりでした。 ですが――」

「ですが?」


 有栖川は、そこで少しだけ目を伏せた。


 そして、ゆっくりと顔を上げる。


「月影様が、彼――神代君のことを、とても大切に思っていらっしゃることだけは、痛いほど伝わってまいりました」


 そう言って、有栖川は優雅に口元を隠し、微笑んだ。


「ええ、本当に。 正直に申し上げれば、嫉妬してしまうほどでした」

「っ!?」


 俺は思わず息を呑んだ。


 今でも、有栖川に対する印象は中学時代から大きくは変わっていない。


 傲慢で、我がままな、高飛車お嬢様。

 そこにマゾ要素が加わった、厄介極まりない存在。


 だが、今の有栖川は違った。


 少なくとも、たった今見せたその微笑みは、俺の知っている彼女とはまるで違う。


 どこか物語に出てくる貴族令嬢のような、上品で、穏やかで、こちらをまっすぐ見てくる笑みだった。


 ――って、いやいや!


 その反応はおかしくないか!?


 ここは普通、「あなたのような気持ちの悪い方とは、これ以上ご一緒できません。 さようなら」と言って席を立つ場面だろうが!


 何だ、その玩具で遊ぶ子どもを見守るような、妙に慈愛に満ちた目は!


 やめろ!

 そんな生ぬるい目で俺を見るな!

 浄化されたらどうするんだ!


 ……くっそ。 調子狂う。


「あー……とにかく、そういうことだ。 これは俺にとって重要なことなんだよ。 一緒にいるのは構わないが、邪魔だけはするな」


 内心では、雷を伴う豪雨が吹き荒れていた。


 表面上はあくまで平静を装いながら、俺は再び窓の外へ視線を戻す。


「……あれ? いない。」


 つい先まで雑貨店で仲良く品物を選んでいたはずの二人の姿が、見当たらない。


「あ、あの。 お二人でしたら、先ほど月影様がお話しされている間に、外へ……」


 なに!?


「このポンコツ令嬢! それを先に言え!」

「ひやん♥ も、申し訳ございません♥」


 くそ!

 俺としたことが、こんな初歩的なミスを。


「どっちに行ったかはわかるか?」

「その、方向だけでしたら……」

「なら急ぐぞ! さっさと動け、このノロマ令嬢!」

「は、はいっ♥」


 俺たちは慌ててカフェを出た。


 よし。

 まずは二人が向かった方向を確認して――


「あら。 お兄様のお友達の方ではありませんか。 ごきげんよう」


 突然、声をかけられた。

 振り返る。


 そこにいたのは、優人の義妹。


 神代かみしろ彩花あやかちゃんだった。


 タイミングが悪い。


 なぜ、よりによって今なのか。


 俺が内心で舌打ちしていると、彩花ちゃんの視線が、俺の隣にいる有栖川へ向かった。


「隣にいらっしゃる方は……」


 その瞬間。


 彩花ちゃんの表情が、驚きへと変わる。


「……有栖川先輩?」

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