35話 目を離した隙にデートイベントが成立していたらしい
ついこの間まで満開だった桜が、気づけばひらひらと花びらを散らし始めていた。
そんな金曜日の放課後。
お悩み相談部の活動日は、基本的に火・水・木の三日間。
つまり今日は部活もなく、普通に帰宅するだけの日――のはずだった。
「ごめん。 ちょっと用事があるから、二人は先に帰ってていいよ」
放課後になるなり、優人がそんなことを言い出したのだ。
ほう、用事ですか。
その中身について優人は特に語らなかった。
だが、エリナはそれでも優人と一緒に帰りたかったらしく、昇降口で待つと言い出した。
好きな相手と少しでも長く一緒にいたい。
その乙女心たるや、実に全身がむず痒くなるほど少女漫画的でした。
素晴らしい。
その一途さ、実にヒロインらしいですね!
そして俺もまた、優人を待つことにした。
なぜなら、ここで一人で帰った場合、天川や有栖川といった厄介な連中に絡まれる可能性が高いからだ。
……まあ、天川は俺が一人だろうが誰かと一緒だろうが、当然のようにすでに隣にいたわけだが。
それでも、優人と一緒にいればエリナがいる。
エリナがいれば、天川はだいたいそちらに捕獲される。
つまり、優人の隣は俺にとって最も安全な避難所でもあるのだ。
少なくとも、有栖川は俺が優人と一緒にいるときには姿を見せない。
中学時代の一件があるからだろう。
あいつ自身も、優人の前に出ることには思うところがあるらしい。
……まあ、二度と優人やその周囲に手を出さない、という言葉くらいは信じてもいいのかもしれない。
俺に絡むのもやめてくれれば、なお良いのだが。
いや、マジで。
頭の中に、あのマゾ属性に目覚めてしまった厄介なお嬢様の顔が浮かび、俺は急激に気分が悪くなった。
いかんいかん。
精神衛生上よくない考えはやめましょう。
俺は慌てて頭を振り、雑念を追い払った。
そして何より。
俺自身、優人のいない日常は退屈だと感じている。
俺の人生の楽しみは、優人を観察することでしか満たせない。
言うなれば、俺の精神は優人成分によって構成されていると言っても過言ではないのだ!
優人のいない日常など考えられない!
やはり脇役の定位置は、主人公の隣――いや、一歩後ろこそが相応しい。
愛する人の一歩後ろを静かについていき、黙って見守る。
これぞ大和撫子の心であります。
「エトちゃん、前から思ってたけど、肌すっごくすべすべよね。 スキンケアってどうしてるの?」
「……シルヴィアがやってくれる」
「あ、執事さんだっけ? いいなー。 はあ……同じ女の子なのに、エトちゃんって本当に可愛いわよね……。 はあー可愛いな、もう!」
「……離れて」
「えー、女の子同士なんだからいいじゃない。 よいではないか、よいではないかー」
「やめて」
隣では、エリナと天川が何やら百合の花びらでも舞いそうな空気で絡み合っていた。
だが、俺は見なかったことにした。
いつものように天川の視線を感じた気がしたが、きっと幻覚だ。
あー。
今日も外は部活動勧誘で騒がしいなー。
「ごめん、待たせた」
そんな現実逃避をしているうちに、優人が戻ってきた。
「おう、優人。 用事は終わったのか?」
「うん、まあ……一応は」
妙に歯切れが悪い。
ふむ。
ここで少し、神代優人という男について改めて考えてみよう。
こいつは実に厄介なことに、ほんの少し目を離した隙に、美少女とのフラグをぽこぽこ立ててくる男である。
そのたびに、俺は何度も言ってきた。
そういうイベントが発生するときは、必ず俺を同席させろ!と。
親友として。
観測者として。
そして何より、脇役として。
だが、この鈍感主人公様は、いつまで経ってもその重要性を理解してくれない。
実に嘆かわしい。
俺は悲しいです。
――さて。
そんな優人が、はっきりとは言えないような用事を済ませてきた。
この場合、考えられる可能性は一つ。
十中八九――いや、十中十十、美少女絡みで何かあったに違いなぁぁぁぁいー!!!
俺は素早く今日一日を振り返った。
優人に何か違和感はなかったか。
優人とフラグが立っている美少女の中で、今日、妙に接点があった人物はいなかったか。
普段と比べて、行動がどこかおかしい美少女はいなかったか。
脳内の観測記録を巻き戻す。
朝のホームルーム。
授業中。
休み時間。
昼休み。
そして放課後。
すると、一つの点が浮かび上がった。
――いた。
今日に限って、妙に挙動がおかしかった少女が一人。
授業中、何度か優人の方をちらちら見ていた。
休み時間にも、何か言いたげに近づいては、直前で足を止めていた。
昼休みには、弁当を食べながらもどこか上の空だった。
そして放課後。
優人が教室に残ったとき、彼女もまた、妙にそわそわした様子で席を立っていた。
なるほど。
点と点が、線になった。
「――お前、桜庭さんと何かあったのか」
「うぐっ!?」
優人が、わかりやすいくらい動揺した。
わかりやすい。
あまりにもわかりやすい。
優人、お前は本当に嘘が下手だな。
そういうところ、このお兄さんは嫌いじゃないぞ。
俺は思わず、にやりと笑ってしまった。
なるほどなるほど。
そういうことですか。
桜庭桃花。
進学科一年A組のクラス委員長。
淡い桜色の髪が印象的な、いかにも春生まれですと言わんばかりの美少女。
人当たりがよく、真面目で、面倒見もいい。
すでにクラス内、いや進学科一年生の中でかなりの人気を誇っている。
そして何より。
入学初日、優人のラッキースケベイベントに巻き込まれた、優人ラブコメ【高校編】の記念すべき第一犠牲者でもあった。
入学式当日以降、しばらく大きな接点がなかったので、拙者、てっきりフラグが折れてしまったのではないかと心配しておりました。
だが、どうやらそれは杞憂だったらしい。
俺の目が届かないところで、着実に好感度を上げていたとは……むふふ。
本当に油断ならない男である。
むふふふふ!!!
幸いなことに、エリナは天川で遊ぶのに夢中で、こちらの会話をきちんとは聞いていなかったようだ。
「あ、ユウト!」
一拍遅れて優人の姿に気づいたエリナが、ぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべる。
見よ。
あの笑顔を。
あれだけの笑顔を向けられておきながら、別の美少女とのイベントを隠している。
それでも罪悪感を覚えないとは、優人の神経はいったいどういう構造をしているのだろうか。
いや、本人には本当に何もやましい気持ちはないのだろう。
だからこそ厄介なのだが。
桜庭さんとどんなラブコメイベントがあったのか。
できることなら、この場で根掘り葉掘り問い詰めたい。
だが、ここで不用意に突っ込めば、エリナが騒ぎ出すのは目に見えている。
そうなれば、落ち着いて情報を引き出すどころではなくなる。
ここは慎重にいくべきだ。
こういうとき、真正面から聞くのは三流。
相手に警戒されるだけだ。
優秀な脇役とは、さりげない雑談の中から必要な情報を拾うものなり。
俺は少しこちらの様子をうかがうような優人へ、親愛の情をたっぷり込めて問いかけた。
「優人。 お前、週末って予定あるか? 久しぶりにゲーセンでも行かないか?」
「あ、悪い。 明日は朝から予定があって」
何の疑いもなく、重要情報をこぼす我らが主人公。
優人を観察して数年。
そんな俺にとって、何気なく漏れた小さな情報の一つさえ、大きな手がかりになるのだ。
基本的に優人は、週末や祝日に特別な予定がない場合、妹である彩花ちゃんと過ごしていることが多い。
であれば。
「彩花ちゃんと?」
「……いや、それは違うけど……」
「ふーん。 そっか。 ま、今度でいいか」
興味なさげに返しながら、俺は確信した。
優人は明日、桜庭さんと何か約束をしている。
間違いない。
さっき桜庭さんと何を話していたのかまではわからない。
だが、桜庭さんと明日どこかへ出かけることになった。
いや。
より正確に言うなら――デートだ。
俺の脇役としての勘が、全力でそう叫んでいる。
おとなしい子だと思って油断していたのに、桜庭さん……恐ろしい子。
優人は、エリナと――ついでに天川と並ぶようにして歩き始めた。
エリナは当然のように優人の隣を確保し、天川はエリナに捕まったままだ。
その一歩後ろでついていきながら優人の背中を見つめた。
となれば俺がすることは一つのみ。
明日への期待を胸に、俺はニヤリと微笑んだ。
――明日は、なかなか楽しい一日になりそうだ。
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