2話 親友は主人公、俺は脇役
朝っぱらから王道ラブコメを直撃してしまった俺は、抑えきれない興奮にそのまま飲まれていた。
「くくく……うははははははっ! 世界よ、我が前に跪け! あーっはっはっはっはっ!!」
「……悪いけど、朝から中二病をこじらせてる友達と一緒に登校できるほど、俺は勇者じゃないんだ」
おっと。
どうやら入学式初日だというのに、テンションが上がりすぎてしまったらしい。
高まる期待が、うっかり俺の中のよくない何かを解き放ってしまったようだ。
振り向けば、優人が本気で引いた顔のまま、じりじりと後ずさっていた。
周囲の連中まで、微妙に距離を取っている。どうやら多少は自重した方がよさそうだ。
「えー、そんなぁ。優人ってば、い。じ。わ。るっ♡」
まるで自重できていなかった!
優人の目が、さっきよりさらに冷たくなる。
あまりの冷えっぷりに、見ているこっちの心まで折れそうだ。いや、これはもはや冷たいというより、腐ってる目と言うべきかもしれない。
もっとも、そんな優人の顔面には、ついさっきのピンク髪美少女との事故の名残――見事なもみじ印が、まだくっきり残っているのだが。
「……本気で先に行くぞ」
「待て待て、親友。ここで俺を置いていくとか薄情じゃないか?」
優人をからかうと、毎回きっちり面白い反応が返ってくる。
わかっていても、つい度が過ぎるのは俺の悪い癖だ。
俺はさっさと歩き出した優人のあとを追いかけ、その肩に腕を回した。
露骨に嫌そうな顔をしながらも、本気で振り払ったりはしない。
器が広い。そこにシビれる! あこがれるゥ!
さすが主人公だ。
やはり、優人の隣にいる日常は最高に楽しい。
神代優人という主役の親友ポジション――それこそが、俺に与えられた最高の立ち位置なのだから。
こういう役回りに転生したのは、今さらながらとんでもない幸運だったと思う。
なにしろ、前世の記憶を取り戻してからというもの、俺はこの世界についていくつかの確信を得ていたのだ。
まず一番大事な事実。
神代優人は、どう考えてもこの世界の主人公であること。
いや、本当に冗談でも何でもなく、あいつは最初からそういう星の下に生まれている。
やたらと美少女と縁があるとか。
妙なタイミングでラッキースケベが発生するとか。
何か起こればだいたい騒動の中心にいるとか。
そのくせ最後には、なんだかんだで綺麗に解決してしまうとか。
今日の朝だってそうだ。
入学式へ向かう途中、たまたま木の上で猫を助けようとしていた美少女に出くわす。
たまたまそこへ優人が通りかかる。
たまたま枝が折れる。
そして、たまたま完璧なラッキースケベが成立する。
ここまで来ると、もはや偶然ではない。
様式美だ。
もしくは世界の意思である。
あいつは昔からずっと、そうだった。
幼い頃には、別の幼なじみの女の子が引っ越すことになったとき、平然と「大きくなったら結婚しよう」みたいな約束を交わしていた。……まあ、今の優人は全く覚えていないみたいだが。
同年代の男子連中が悪ノリで女子を泣かせていたときも、あいつだけは一人で飛び出して「そういうのは駄目だろ!」と止めに入った。
小学校に入ってからは、親の再婚でできた義理の妹に妙に懐かれた挙げ句、「わたし、お兄さまのお嫁さんになります!」などと宣言されていた。
他にも細かい話を掘り返せばきりがない。
とにかく、あいつは昔から妙にフラグを立てる。
しかも本人にはその自覚がない。
それどころか、自分へ向けられる好意にはとことん鈍い。
これで主役じゃないと言う方が無理がある。
そして二つ目。
そもそも、この世界そのものがちょっとおかしい。
国の名前は確かに日本だ。
地理も、言語も、生活様式も、おおむね俺の前世で知っていた日本に近い。
だが、細かいところを見ていくと、どうにも違う。
歴代総理の名前は微妙に違っていたし、俺の知っている歴史と噛み合わない部分も少なくなかった。
文化の流れも、流行も、前世の記憶と比べるとところどころズレている。
そして何よりわかりやすいのが、見た目だ。
前世の日本では、黒髪に茶色や黒系の瞳が普通だった。
だが、こっちの世界は違う。
髪も瞳も、やたらとカラフルなのだ。
赤、青、銀、桃、紫。
アニメの画面の中でしか見ないような色合いが、なぜか普通に日常へ溶け込んでいる。
最初は同じ日本にいるはずなのに、自分だけ別の星へ放り込まれたのかと本気で思ったほどだ。
要するに、この世界はどこかラノベや美少女ゲームじみている。
優人みたいな奴が“主人公”として成立してしまうための土台が、最初から整っているのである。
そして三つ目。
俺にとってはないがしろにできない問題だ。
そんな世界で、神代優人が主役なら――その親友である俺は何だ?
答えは簡単。
脇役である。
ただの脇役ではない。
主人公の親友という、脇役の中でもかなりおいしい立ち位置を与えられた、いわば脇役界の専門職だ。
そう考えた瞬間、俺の中で全てが綺麗につながった。
なるほど。
俺が前世の記憶を取り戻したのには、ちゃんと意味があったのだ。
この世界の主役になるためではない。
主役を支える、完璧な脇役になるためだ。
もし俺が前世の記憶を持たないままだったら、こんなにも高潔で、こんなにも感動的な結論にはたどり着けなかっただろう。
そう、これはきっと神の采配だ!
普段はそんなもの信じちゃいないが、このときばかりは信じてやってもいいと思った。
脇役としての天命を悟ったあの日、マジで頭上から光が差した気がしたくらいである。
以来、俺は脇役として最善を尽くしてきた。
優人がより映えるように情報を集め、流し、整え、必要ならそれとなく場を調整する。
優人がトラブルを乗り越えやすいように手を回し、ときには周囲を焚きつけて、あいつの“主人公としての見せ場”を演出したことすらある。
今思い返しても、実に充実した日々だった。
主役として行動し、
主役としてトラブルに巻き込まれ、
主役として壁を乗り越えていく優人を、
そのすぐ隣で見届ける。
それこそが俺の喜びであり、生きがいだったと言ってもいい。
そして今日からは高校編に突入する。
舞台は新たな学び舎。
周囲にはまだ見ぬ美少女ヒロイン候補たち。
これから先、優人のもとには数々のラブコメイベントが舞い込み、青春と波乱に満ちた毎日が待っているに違いない。
いわば。
『優人's Love Comedy Trouble in High School』編の開幕なのだ!
ああ、なんて素晴らしい。
俺の脇役ライフは、これから先も盤石だ。
主人公たる優人の隣で、俺は今日もまた最高の観客席を確保している。
――少なくとも、このときの俺は、本気でそう信じていた。
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