24話 厄介者は増えていく
だから誰なんだよ、この従順な女は。
相手の同意なんてどこ吹く風だった有栖川世慕はどこへ行った。
帰ってこーい!
俺が適当に「構わない」という意味の仕草をすると、有栖川は俺の隣に座っている天川へ視線を向け、恐る恐る問いかけた。
「あなたの隣に座っていらっしゃるその方とは、どういうご関係なのですか? 朝もそうでしたし、今もそうですが……ずいぶん、親しげに見えましたので……」
親しげだぁー?
ゾッとすること言うな!
「別に、そういう関係じゃない。 誰かさんみたいに、俺の意思なんてまるで気にせず、勝手に張りついてきてるだけだぞ」
「勝手じゃない」
また妙な反応をされると困るので、かなり遠回しな言い方をした。
なお、天川が何か言った気がするけど当然無視だ。
さすがに、これなら大丈夫だろう。
「あっ♥ か、勝手に振る舞ってしまって、申し訳ありません……」
……今の言葉のどこに反応した?
理解不能だ。
誰か説明してくれないだろうか。
できれば俺にもわかる言語で!
隣では隣で、天川が何か不満でもあるのか、俺の服の裾をくいくいと引っ張っていた。
お前はお前で何だ。
本当に何なんだ、この状況は。
俺はため息をつき、キャラメルマキアートをもう一口飲んだ。
そこで、ふと有栖川の言葉に引っかかりを覚える。
「……ちょっと待て。 お前、今『朝も』って言ったか?」
「ひゃぁん! あ、そ、その……」
俺が冷えた視線を向けると、有栖川はそれだけで過剰に反応した。
最初のうちは何とか誤魔化そうとしていたようにも見えたが、途中からはもう隠す気すらなくなっているようだった。
俺ももう諦めた。
どうせこいつの人生だ。
俺が口を出すことではない。
……いや、今は口を出す場面か。
有栖川の今の言葉は、つまり、朝の俺たちを見ていたということだ。
ふと、今朝の出来事を思い出す。
天川が、誰かに見られている気がすると言っていた、あのときのことを。
有栖川の発言と、あのときの天川の反応を合わせれば、導き出される答えは一つしかない。
有栖川は、朝も。
そしておそらく放課後も。
隠れて俺たちを――正確には俺を見ていた。
世間ではそれを、立派なストーカーと呼ぶんですけどね?
俺が呆れていると、有栖川は必死に首を横へ振った。
「ち、違います! あなたが考えているような行為とはまったく違いますわ!」
「何がどう違うんだよ」
「そ、それは……」
有栖川は頬を赤く染め、膝の上で指先をもじもじと動かしながら、途切れ途切れに言った。
「あなたに会いに行きたいとは思っていました。 それは本当です。 けれど、以前わたくしが犯した愚かなこともありますし、どうしても簡単に顔を合わせることができなかったのです……。 それでも、せめて顔だけでも、姿だけでも見たいと思っていたら……その、足が勝手に……」
なるほど。
会いたいけれど会いに行けない。
せめて姿だけでも見たい。
気づけば後をつけていた。
うん。
それを世間では、やはりストーカーと呼ぶぞ。
理解した。
十分すぎるほど理解した。
ストーカーの多くは、だいたい「そんなつもりはなかった」と言うものだな。
勉強になりますね。
知りたくなかった。心底。
もうどうでもよくなってきた。
俺の脳は、連日の疲労と過剰な演算処理を強いられた結果、ついに労働放棄を宣言しようとしている。
よく頑張った。
酷使された俺の頭に、今一度、温かい拍手とエールを送りたい。
そして願わくば、俺自身も小さな自室へ帰って、布団にくるまって眠りたい。
だが、今日できることを明日に回すほど愚かなことはない。
そう考える程度には、俺もまだ完全には壊れていないらしい。
休もうとする脳をどうにか宥めすかし、俺は次に口にすべき言葉を選んだ。
「話はだいたいわかった。 俺のせいで、お前があの日以降、妙なマゾ属性に目覚めたらしいこともな」
「は、はい」
「だが、どうしてわざわざ俺を探しに来た? 俺じゃなくても、お前のその妙な性癖を満たせる相手や状況くらい、いくらでもあるだろ」
俺の言葉に、有栖川は大きく首を横へ振った。
まるで、何という恐ろしいことを言うのか、と叫びたいのに、驚きすぎて声が出ないとでも言いたげな様子だった。
しばらくして、ようやく落ち着いたのか、有栖川は少し顔を赤らめたまま口を開いた。
「実は……わたくしも、最初はそう思って、他の方々にわたくしを罵っていただいたことがありました」
何のプレイだ、それは。
出張罵倒サービスでもよんだのか?
どんなサービスだよ!
「けれど、他の誰にどんな言葉を向けられても、どれほど乱暴な態度を取られても……あのときのあなたとは違うのです。 ただ腹が立つだけで、どうしても……。 あ、あなたでなければ駄目なのです! あなたでなければ、この感覚はどうしても……!」
言うな!
年頃の令嬢がそんなことをカフェで口走るんじゃありません!
俺は心の中で叫びながら、深くため息をついた。
――要するに、だ。
有栖川の話を総合すると、マゾ属性が発動するのは俺が相手のときだけで、他の奴らに対しては相変わらず超高飛車な女王様のまま、ということらしい。
はは。
もう乾いた笑いしか出てこない。
……だが、それはそれとして、線引きは必要だ。
これ以上、面倒なことに巻き込まれないためにも。
「悪いが、俺はお前とどうこうする気なんてない。 お前の性格が変わったのかどうかは知らないし、妙な性癖に目覚めたかどうかも俺には関係ない。 俺にとってお前は、俺の親友を傷つける原因になった敵だ」
俺の言葉に、有栖川は小さく体を震わせた。
それでも何かを必死に言おうとしているようだった。
だが、その口から具体的な言葉は出てこない。
大きな目に、うっすらと涙が浮かび始める。
少し胸が痛まないわけではない。
だが、ここで曖昧にしてはいけない。
俺はこの機会に、きっちり釘を刺しておくことにした。
「それに、お前と一緒にいたら、またあの時みたいに何をしでかすか――」
「もうしません!」
俺の言葉を遮るように、有栖川が声を上げた。
「もう、あんなことはいたしません!」
念を押すつもりで言った言葉が、むしろ彼女の喉につかえていたものを押し出してしまったらしい。
一瞬だけ面食らったが、俺はそれを表に出さず、冷ややかに言い返した。
「どうしてそんなふうに言い切れる? むしろ今のお前なら、わざと俺を怒らせるためにそうするんじゃないかって気さえするんだが」
「いいえ。 そのようなことは決していたしません。 確かに、あのときの一件が原因で、わたくしがこうなってしまったのは事実です。 けれど、だからといって、もう一度あんなことをして、わざとあなたを怒らせようとは思いません」
理解できない。
わざと俺を怒らせた方が、こいつの妙な性癖は満たされるのではないのか?
俺が目だけで「なぜだ」と問いかけると、有栖川は胸元で両手を重ね、ぽつりと呟くように答えた。
「いくら何でも……これ以上、あなたに本気で嫌われたくはありませんもの……」
「……」
その瞬間、俺は何も言えなくなった。
有栖川の口から、まさかそんな言葉が出てくるとは思っていなかったからだ。
「……と、とにかく! 話はこれで終わりだ! 俺はお前とこれ以上関わりたくない」
急いで話を切り上げようとした。
だが、締め方が甘かったのだろう。
有栖川の目は、どう見ても諦めた者の目ではなかった。
嫌な予感がする。
「……そちらの方は、たしか、勝手にあなたへ張りついているとおっしゃいましたわね。 あなたの意思とは関係なく」
「勝手じゃない」
隣で天川が何か言った気がしたが、やはり無視した。
このタイミングでそれを言い出すということは、つまり――
「それなら、わたくしも勝手にあなたのおそばにいます!」
ああ。
やっぱり。
予想通りの言葉を聞いた瞬間、俺はぼんやりと天井を見上げた。
もう、俺が何を言っても無駄なのだろう。
天川といい。
有栖川といい。
どうして。
どうして優人でなく俺がこんな目に!
「どうしてこうなるんだよ……!」
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