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20話 修羅場の後、脇役の束の間の平和

 腐った魚みたいな目をした優人ゆうとが、ぼそりと俺の名を呼んだ。


「……なあ、佐助ようすけ

「ん? どうした、我が親友よ」

「いや、別に大したことじゃないんだけどさ……女の子って、本当に理解しがたい生き物なんだなって……」


 そう言って、優人は力なく正面を見つめたまま、深々とため息をついた。


 ……まあ、そうなる理由は明白だった。


 俺も優人の視線を追って前方へ目を向ける。


「へえー、そんなところもできたんだ」

「ええ。 とってもおすすめだそうですよ。 よろしければ今度ご一緒しませんか?」

「あ、いいね! あたし賛成。 ねえ、天川あまがわさんはどう?」

「私は別に――」

「えー、そんなこと言わずに行こうよ。 女の子同士で親睦を深めるのって大事でしょ?」

「そうですわ。 ぜひご一緒いたしましょう。 あ、そういえばその近くに評判のクレープ屋さんも――」


 和気藹々としていた。

 あまりにも和気藹々としすぎていた。


 ついさっきまで互いに食い殺さんばかりの勢いで火花を散らしていた少女たちとは、とても思えない光景だった。


 エリナと彩花あやかは、どうやら天川が妙な形で乱入して以降、いったん冷静さを取り戻したらしい。

 あの場の空気もあって、そのまま喧嘩を続けるのも何となく気まずかったのだろう。

 ぎこちなく様子をうかがいながら軽く謝り合い、そこから優人について一言二言と話し始めたかと思えば、気づけばこの有様だ。


 ……あの様子、どう見ても「互いに苦労するわね」とでも言い合いながら、同病相憐れむ方向へ転がっているようにしか見えない。

 まあ、わかるけどね。


 優人側から見れば、何故ああなっているのかさっぱりわからないのだろう。

 さっきの言い争いも、今の急激な意気投合っぷりも、結局は全部自分絡みだというのに、この鈍感主人公は果たしていつになったらそこへ気づくのか。


 ……まあ、いくら何でもそのうち気づくだろう。

 楽観的に見積もって、五十歳くらいには。

 あ、いや。 さすがに今のはちょっと甘かったか?


 ともあれ、エリナと彩花はそうして妙に打ち解けたかと思えば、今度は興味なさそうにしていた天川まで巻き込み、完全にガールズトークモードへ移行していた。


 現在は、日本へ戻ってきたばかりのエリナを案内するついでに、今度の週末に女子3人で出かけようという流れが絶賛進行中である。


 もちろん、コミュニケーションというものにほとんど関心を示さない天川は、隙を見てその場から離脱しようとしていた。

 だが、エリナと彩花の自然すぎる連携の前では、その程度の抵抗に何の意味もないらしい。


「そういえば、そのへんのカフェって今どうなってるんですの? あと雑貨屋も見たいよね。 天川さん、そういうの興味ない?」

「……別に」

「じゃあ逆に新鮮で楽しいかも。 ね、行こ?」

「そうですわね。 きっと良い経験になります」


 逃げ道を塞ぎ、話題をずらし、断る隙すら与えない。

 初対面とは思えない鮮やかな連携だった。


 やっぱり息ぴったりだな、こいつら。


 やがて天川は、これ以上一人では対処不能と判断したのか、ふいとこちらへ視線を向けてきた。

 表情にこそ変化はないが、どう見ても「たすけて」という目だった。


 俺はそんな天川に、深い同情を顔いっぱいに浮かべて、哀れな天川という意味を込めて静かに片手を上げ、ぐっと親指を立ててやった。


 ――自業自得だ。 諦めることだな。


 ずごぉん……と、そんな擬音が天川の背後に見えたような気がした。


 だが、知ったことではない。


 どうせ俺が口を挟むような話でもないし、天川本人にとっても友達ができるなら悪いことではない。

 むしろ、そのまま勢いで俺への興味を失ってくれたら、なお結構。


 できればその流れで、天川も優人ハーレム候補の末席にでも加わってくれればいうことなしの完璧な風向きだ。




 ◇ ◇ ◇




 途中の分かれ道で優人、エリナ、彩花の三人と別れ、俺は大変遺憾ながら天川と二人で歩いていた。


 こいつ、いったいどこまでついてくるつもりなんだ。

 まさか本当に家までか?


 そんな考えが頭をよぎったが、深く考えるのはやめておくことにした。

 考えたところでろくな結論にならないのは、これまでの経験が証明している。


 基本的に、俺と天川の間に会話はない。


 もちろん、こっちから話しかければ返事はするし、ときどき信じられない方向から変化球を投げ込んでくることもある。

 だが、俺が何も言わない限り、天川の方からわざわざ話しかけてくることは滅多にない。


 そのうえこの女、足音すらほとんど立てない猫みたいな歩き方をするので、少し気を抜くと本当に一人で歩いているような錯覚を覚えるのだ。


 ……たとえば、今みたいに。


 どうせ少し後ろを歩いているのだろう、と気楽に振り返った俺は、そこで初めて異変に気づいた。


「……あれ、いない」


 周囲を見回しても、そこに天川の姿はなかった。


 おかしい。

 どこか別の道にでも入ったのか?


 あいつ、妙にぼんやりしたところがあるからな。

 ふと目についた蝶々でも追いかけて、そのままふらふら別方向へ行ってしまったと言われても、あまり否定できないのが困りものだ。


 単に横道へそれただけなら、そのまま放っておいても別に問題はない。


 だが、もし本当に蝶だの猫だの何だのを追いかけているうちに、気づいたら迷子になっていました――みたいな状況だと、ちょっと話が変わってくる。


 そんな天川を放置して先に帰ったりでもしたら、天川本人にではなく、あの有能執事シルヴィアさんに殺される気がする。

 比喩ではない。

 たぶん本当に、音もなく処理される。

 過去に数人葬ったことがありそうな雰囲気だし、間違いない。


「……面倒くさい」


 小さくため息をこぼし、俺はのろのろと来た道を引き返し始めた。


 そのときだった。


「きゃっ! ちょ、ちょっとあなた! いきなり何をするんですか!?」


 甲高い悲鳴が、少し先から聞こえてきた。

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