17話 望まぬ遭遇、そして波乱の予感
その日の放課後。
俺と優人、そしてエリナは三人で並んで下校していた。
……正確に言えば、+αで要らないおまけがついているが、全力で無視を決め込む姿勢でやんす。
エリナはごく自然に優人の隣を陣取り、久々の再会を埋めるように言葉を交わしていた。
その一方で、会話の合間合間に、ちらちらとこちらへ視線を送ってくる。
優人もまた、さっきから何度もこっちを見ていた。
ただし、その意味合いは少し違う。
優人の視線は純粋な好奇心。
対してエリナのものは、明らかに警戒を含んでいた。
まあ、無理もない。
俺のすぐ横では、+αが一言も発さず、まるで最初からそこにいるのが当然とでも言いたげな顔でぴったりついてきているのだから。
そしてついに、エリナの方が耐えきれなくなったらしい。
「……ねえ、その子、誰?」
「……校門を出た瞬間から佐助の隣に自然に立ってたけど、知り合いなのか?」
エリナの問いに、優人もようやく聞きたかったことを聞けるという顔でこちらを見る。
ちっ。
そのまま気づかないふりでもしてくれればよかったものを……!
心の中で舌打ちしつつ、俺はとりあえず無害そうな笑顔を浮かべながら、一歩横へずれて二人の視線を遮る位置に入り込んだ。
「気にするな気にするな。 こいつはただの背景だと思ってくれ」
「いや、背景って……」
当然ながら、そんな答えで納得できるはずもないという顔をされる。
ですよねー。 納得するわけないですよねー。 知ってましたとも。
俺は深々とため息をつき、無表情のまま俺の横に立っている+α――すなわち、校門前でしれっと待ち伏せし、いつの間にか合流していた天川笑兎を睨んだ。
すると天川は、俺の視線に小さく首を傾げたあと、何をどう勘違いしたのか一歩前へ出て、優人とエリナへ向かってぺこりと頭を下げた。
「ヨウスケの夜のお供になったアマガワエト……」
「ちっが―――うぅぅぅぅぅッ!!」
思わず全力で突っ込んでしまった。
クッソ! 俺のクールで理性的なイメージが! どうしてくれるんだよ!
「お前いきなり何を言い出すんだ!? そういう社会的に危ない言い方はやめろ! 人をどういう立場に追い込む気だ!」
我ながら珍しいほど本気で焦っていた。
クールで理性的で落ち着いた大人の男たる俺が、ここまで感情を露わにするとは。 はははは! 全くコノヤロー!
俺はそのまま、ふざけた自己紹介で俺の社会的生命を抹殺しかけた天川の両頬を掴み、左右へぐいーっと引っ張った。
うむ。
やはりこの頬の感触だけは一級品である。
「いひゃい」
何か抗議しているようだったが、当然無視だ。
「……えっと」
「……何これ」
目の前で繰り広げられた奇行に、優人とエリナが揃って微妙な顔になる。
俺はまた一つため息をつき、天川の額を人差し指でぐいぐい押して後ろへ下げながら、二人へ簡潔に説明した。
「名前は天川笑兎。 俺たちと同じ一年だ。 俺とは、まあ……成り行きで知り合った。 正直に言うと、俺も何でこいつがここまで俺に張りついてくるのかはよくわからん。 以上」
俺の紹介に合わせ、天川は小さく頭を下げた。
だが、どう見ても「佐助以外には興味ない」と言わんばかりの空気が全身から漂っている。
話しかけやすさという概念を最初から捨てているタイプの女だ。
本当に困るやつだ。 いろんな意味で。
優人とエリナは少しだけ戸惑ったものの、それでもちゃんと応じた。
「あ、うん。神代優人だよ。 よろしく、天川さん」
「……橘ローズ・エリナよ。 えっと、その……あなた、ヨウスケの彼女かなにか?」
何かとんでもない勘違いしていらっしゃいませんか、この金髪ツインテールは。
「彼女……」
おい、天川。
何でそこで微妙に身体をもじっとさせる。
しかも表情は相変わらず能面みたいに動いていないせいで、余計に「そういう仕草だけ習ってきました」感がすごくムカつく。
表情に変化がない分余計にムカつく!
「え、まさか本当に?」
「はぁ!? よりによって何でこんな冴えないのと!?」
優人は素で驚き、エリナに至っては驚愕といった顔をした。
おい待て。
なんだその結論の出し方は?
失礼だろ。 俺が勿体ないわ!
少しイラッとしたが、そこは人生経験豊富な大人の余裕をもって説明してやることにした。
「誤解するな。 彼女なんかじゃない。 さっきも言っただろ、成り行きで知り合っただけだ。 天川、お前も変な誤解を招くような冗談はするな」
少しだけ本気を込めて、天川の頭をこつんと小突く。
「佐助、痛い」
感情の見えない声で抗議する天川を無視して、俺は目の前の失礼な主人公とツンツン気味の幼なじみヒロイン候補を見た。
優人は何故か残念そうな顔をしていて、もう片方は「やっぱりね」と言いたげな顔で。
特にエリナの方は、天川が優人に興味を持っているわけではないと理解した瞬間、露骨に警戒心を解いていた。
「「なーんだ、冗談か」」
驚くほど見事に声がハモった。
しかも、本人たちはその異常な息の合い方をまるで気にしていない。
何なんだお前ら。
熟年夫婦か?
「お前ら、ほんと仲いいよな。 いっそお前らの方が付き合っちまえば?」
俺がにやにやしながらそう言うと、エリナの顔が一瞬で真っ赤になった。
「なっ、な、ななな何言ってるのよ! べ、別に、そういうのも……なくは……なくも……」
「いや、さすがにそれはないだろ。 冗談でも――あれ、エリナ? 顔が怖いよ?」
「うるさい! このバカ! 鈍感! 知らない!」
ばしっ、とエリナの足が優人の脛を蹴る。
「っ!? い、痛っ! 何で!?」
「うるさいうるさい!」
ぷんすか怒りながら優人を小突くエリナ。
だがその蹴りも、本気で痛めつけるというよりは、拗ねた子供が八つ当たりしている程度の可愛い威力でしかない。
……うむ。
実に良い。
主人公とツンデレ幼なじみの、実に健康的なラブコメ光景で胸が満たされていくのを感じる。
俺は一歩引いた位置からその様子を眺め、満足げに頷きかけたところで、まだ処理すべき案件が一つ残っていることを思い出した。
「それで、さっきのおふざけは何だ」
俺が問うと、頭を小突かれたせいで少しだけずれた兎耳リボン付きカチューシャを直していた天川が、いつものように小さく首を傾げた。
「シルヴィアが、彼女って聞かれたらああするのがいいって」
またあの人かよ!
いや、だろうとは思ってましたけどね!?
もはや驚きませんけどね!?
いつかあの完璧超人執事さんとは真面目に話し合いの場を設けなければならない。
そんな決意を新たにしながら、俺はこめかみをぐりぐりと押した。
このときの俺は、天川の対処にばかり気を取られていて、まだ気づいていなかった。
ここへもう一人、優人のラブコメに新たな火種を放り込む少女が近づいてきていたことに。
「――あら、優人お兄様。こんなところでお会いするなんて、やっぱり運命ですね」
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