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16話 モブは幼馴染の冷遇に感謝すべきである

「久しぶり、ユウト」


 休み時間になった瞬間、クラス中から集まる視線などまるで気にした様子もなく、エリナはまっすぐこちらへ――いや、正確には優人のもとへ歩いてきて、そう声をかけた。


「うん、久しぶり。エリナ、日本にはいつ戻ってきたんだ?」

「戻ってきたのは一週間くらい前よ。でも、パパの仕事関係で片づけなきゃいけないこともあったし、私自身の入学手続きもあったしで、入学式には出られなかったの」

「へえ。大変だったんだな。久しぶりの日本だと、時差とかもきつかったんじゃないか?」

「最初の数日はちょっと大変だったけど、今はもう平気。ユウトは、思ってたよりかっこよ――」


 そこまで言って、エリナはぴたりと口をつぐんだ。


「ん? 何だよ。そこで止められると逆に気になるんだけど」

「……べ、別に。何でもないわ」


 どこか誤魔化すようにそっぽを向くエリナと、そんな彼女を不思議そうに見返す優人。


 それを見て俺は一人悶えていた。


 実に微笑ましい!

 実に甘酸っぱい!

 そして実に、主役とヒロイン候補の会話らしい空気! ああ、たまらん!


 エリナがまっすぐ優人に向かったせいで話しかけるタイミングを見失ったクラスの連中は気になって仕方がないという顔でちらちらと盗み見ていた。


 まあ、分かりますぜ、諸君。

 一日遅くに現れたハーフ美少女が、休み時間になった途端、一直線に優人のところへ来て親しげに話し始めたのだ。

 しかも優人の方も普通に自然体で会話している。


 気にならないわけがない。


 入学初日から優人のラッキースケベ被害者となった桜庭さくらばに至っては、どことなく機嫌がよろしくないご様子。

 ノートを書いているようだが、妙に手に力が入りすぎているように見えた。


 まだ優人とそこまで親しい関係ですらないはずなのに、あの反応。

 いやあ、これは少し時間が経てば愉快な修羅場ラブコメ展開も期待できそうで、拙者今から胸が躍りますぞ。 デュフフ!


 そろそろいいタイミングだ。

 仲良し幼馴染みグループに混ざるとしますか!


 俺はタイミングを見計らい、にやけそうになる頬を押さえつつ、二人の会話へ割って入った。


「よ! エリナっち! ひどいじゃん。 ユウトとばっか話してないで、俺も混ぜてくれよー」


 できる限り三流チンピラっぽい軽薄な口調と、わざとらしく馴れ馴れしい笑みを意識して。


 さあ来い、エリナ!

 見せてみろ!

 真のヒロインたるものである、その証明を!


 エリナは、突然割り込んできた俺を見て、あからさまに眉をひそめた。


「……急に何なのあなた。 馴れ馴れしくしないで」

「ぐふぁ……!」


 俺は胸を押さえ、その場で机へ突っ伏した。


 おお。

 これはいい。

 実に、いい!


 鋭い目つきと、冷えた声音。

 その反応、百点満点であります!


 同じ幼なじみだというのに、この対応の差!

 たまりませんな!


 主役に向ける柔らかな表情。

 脇役モブに向ける棘のある態度。


 ああ、素晴らしい。

 これこそが世界のあるべき姿だ。


 天川というイレギュラーに乱されかけていた俺の脇役アイデンティティが、今、急速に修復されていくのを感じる。


 そうだ。

 脇役とは、万人に好かれる必要などない存在なのだ。


 むしろ、主役の親友枠なんてものは、周囲から多少雑に扱われるくらいでちょうどいい。

 いや、ちょうどいいどころか、それこそが正しい。


 どうかもっと俺を、道ばたに転がっているちょっと邪魔な石ころくらいのテンションで扱ってくれぇ!


 ……我ながら気色悪い思考を全開にして身悶えていると、優人が困ったように苦笑しながら俺を指差した。


「エリナ、佐助ようすけだよ。 覚えてないか? 小さい頃、俺たち三人でよく一緒に遊んでただろ?」


 おいこら主役。

 せっかく今、俺の中の脇役魂が気持ちよく満たされてたところに水を差すんじゃない。


「……ヨウスケ? え? これが、あのヨウスケ?」


 エリナは二、三度まばたきをしてから、信じられないものを見るみたいな顔で俺を指差した。


 どうやら、俺のこと自体はちゃんと覚えていたらしい。


 だがその反応を見るに、彼女の中に残っている“月影佐助”像と、今ここにいる俺とでは、どうやらだいぶ差があるようだった。


 まあ、そりゃそうだろうな。


 エリナがこの町にいた頃の俺は、前世の記憶が蘇ってからまだそれほど時間が経っていなかった。

 今みたいに“前世の俺”の自我が強く表に出ていたわけじゃない。


 だから彼女の記憶の中にいる俺は、もっと静かで、もっと引っ込み思案で、今よりずっと“普通の子供”に近い月影佐助なのだろう。


 それが、今ではどうだ。


「どうも! これがあの月影佐助でございます!」


 俺は片手をひらりと上げ、爽やかなイケメンスマイルを決めてみせた。


 するとエリナは、露骨に顔をしかめて一歩引いた。


 ああ、その反応。

 やはりたまらない。


「……嘘でしょ。 もっと静かで、もっと大人しくて、こんなふうに気持ち悪い絡み方してくる子じゃなかったはずなんだけど」

「はははは! そんなに褒めるなよ、照れるじゃないか!」

「褒めてないし、むしろ正直かなり気持ち悪いわよ!」


 エリナはなおも納得がいかない様子で、優人の方を見た。

 まるで「これ本当にあのヨウスケなの?」とでも言いたげな目だった。

 優人は、苦笑混じりに肩をすくめながら、「残念ながら、そうだよ」とでも言いたげに目で伝えていた。


 そのやり取りは正に熟年夫婦のようだった。

 長く離れていたはずなのに、どこか通じ合っているあの感じ。

 さすがは正統派の幼なじみ属性持ちだと感心せざるを得ない!


 やがて休み時間終了のチャイムが鳴った。


 エリナはほんの少し名残惜しそうに優人を見やってから、自分の席へ戻っていく。


 一方の優人はというと、ただ「昔の親しい友達と久しぶりに再会できて嬉しい」くらいの顔しかしていない。


 うむ。

 安心と信頼の鈍感主人公属性、健在である。


 そんな優人の様子に、俺はエリナへほんの少しだけ同情した。


 だが、だからといって脇役の俺にできることなど何もない。


 せいぜい、恋する少女を心の中でそっと応援してやるくらいが関の山だ。


 頑張れ、幼なじみ属性。

 そしてできることなら、その過程で修羅場ラブコメも見せてくれると実に助かる!


 エリナの登場によって、さらに波乱に満ちたものとなるであろう優人のラブコメディに思いを馳せながら、俺はしみじみと思った。



 ――今日、登校して本当によかった!

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