15話 ハーレム主人公に幼馴染みヒロインは付き物
――人生とは、何が起こるかわからない。
だから備えたところで無駄だ。諦めろ。
……などという、どこぞの偉人のありがたいお言葉を思い出して、俺は朝から一段と陰鬱な気分に沈んでいた。
ちなみに、その偉人は俺だ。
学園へ着くなり天川をどうにかこうにか引き剥がし、ほとんど半分逃げるような勢いで教室まで戻ってきた俺は、自分の席へ座った瞬間、そのまま机へ突っ伏した。
疲れた。
心の底から、疲れた。
天川のやつが別のクラスであることが、せめてもの救いだった。
「……佐助お前、用事があるって言ってたけど、どっかで怪獣とでも戦ってきたみたいな顔してるな。 大丈夫か? そんなに具合悪いなら保健室でも行くか?」
横からかけられた声に、俺は机へ突っ伏したまま薄く笑った。
「……ふっ。ちょっとこの世の絶望を味わってきただけさ……」
「ああ、いつもの重症な方か」
優人は、心配して損したと言いたげに肩をすくめ、そのまま何事もなかったように授業の準備を始めた。
その、いつも通りすぎる雑なあしらい方が、逆に今の俺にはありがたかった。
ああ、これだ。
これなんだよ!
こういう、何の変哲もない朝。
隣には主人公がいて、俺はそのすぐ横で平穏なモブライフを満喫する。
目立たず、騒がず、主役の邪魔もせず、だが必要なときにはそっと支える!
これこそが、脇役のあるべき姿ではないか!
俺は、昨日までの混乱の中で一瞬見失いかけていた、自分の尊い使命を思い出すことができた。
そう!
俺の使命は、主役の陰で主役のラブコメを眺め、主役の活躍に歓喜し、主役の危機には目立たない程度にだけ手を貸すこと!
それこそが、月影佐助という男に神より授けられし天命なのだ!
「ありがとう、優人! おかげで俺が何を為すべきか、改めてはっきり見えた気がする!」
「……お前、もしかして頭でも打った? やっぱり今日休んだ方がいいんじゃないか?」
「はははははっ! 何を言うんだ我が親友よ! 今ほど頭の中が澄みわたっている瞬間など、俺の人生においてそうは存在しないぞ!」
高らかに笑う俺に、優人だけでなくクラスの連中まで微妙に引いた視線を向けてきたので、この辺で自重しておくことにした。
と、そのときだった。
教室の扉が開き、担任の石澤世利花先生が入ってきた。
二十三歳。
新任。
初日から「美人すぎる担任」として新入生男子どもの心を綺麗に持っていった罪深き存在である。
俺の独自調査によれば、校内の若手男性教師たちからもやたらと人気が高いらしい。
「はいはーい、みんな席についてね~。 ホームルーム始めますよ~」
のんびりした声でふわりと笑う先生は、やはり破壊力が高い。
とはいえ、俺にとって重要なのはそこじゃない。
果たしてこの人が優人ハーレムの人材候補に含まれるかどうか――という点だけが重要だ。
そして、数年にわたり主役のラブコメを最前列で観測してきたプロ脇役としての勘で言わせてもらうなら、可能性はかなり高い。
ふふふ……!
こんな近場に有望株が転がっているとは、実に喜ばしいことだ。
そんなことを考えていた俺をよそに、石澤先生は教壇へ立つと、軽く咳払いしてから口を開いた。
「えー、朝の連絡の前に、一人みんなに紹介したい生徒がいまーす。 本当なら昨日、みんなと一緒に入学式へ出るはずだったんだけど、家の事情で一日遅れての登校になった子です。 あ、ちなみにすっごく可愛い女の子だよ?」
石澤先生は、少しだけ楽しそうに微笑んだ。
教室の空気がわずかにざわつく。
男子どもの目が露骨に輝き始めた。
わかる。 転校生とか追加ヒロインとか、そういう単語の匂いがしたら反応せざるを得ないよな。 男子高校生ってそういう生き物だからな。 うんうん。
まあ、厳密には転校生とかではなく同じ新入生だけどな。
そしてここまでの流れで、すでにお分かりになれたかなと思う。
そう!
これこそ俺が登校せざるを得なかったビックイベントなのだ!
「じゃあ、入ってきて」
扉が開く。
その瞬間、教室の空気が変わった。
まず目に飛び込んできたのは、陽の光を溶かし込んだような長い金髪だった。
それを左右で高く結い上げたツインテールが、入室と同時にさらりと揺れる。
次いで、はっきりと日本人離れした整った目鼻立ち。
同年代の女子たちの中に放り込めば、それだけで視線を一手に持っていくだけの華がある。
しかも、それだけでは終わらない。
まだ高校一年生とは思えないほど発育のいい胸元と、すらりと伸びた手足。
どこか気の強そうな勝ち気な表情さえ、その美貌を際立たせる装飾にしかなっていなかった。
混血ゆえの異国的な魅力と、いかにもラブコメの強キャラですと言わんばかりの存在感。
その少女の名前は――
「橘・ローズ・エリナです。 家の事情で数年前この町を離れましたが、高校入学に合わせて戻ってきました。 皆さん、よろしくお願いします。」
流暢な日本語で短く自己紹介を終えて、彼女は軽く頭を下げた。
何を隠そう、彼女こそが――
「……えっ、エリナって……まさか……」
呆然とした声でそう呟いた優人の、もう一人の幼なじみなのだ!
しかも、幼い頃に優人と心温まる結婚の約束まで交わしていた、由緒正しき“幼なじみヒロイン”である!
エリナは、教室中から注がれる視線などまるで意に介さない様子で、どこか期待を滲ませた目で教室の中を見渡していた。
その視線が、やがてぴたりと優人のところで止まる。
目が合った瞬間、優人が信じられないものを見るような顔で固まり、かすれた声で彼女の名を呼んだ。
「……エリナ?」
その一言を聞いた瞬間だった。
エリナの目が、ほんのわずかに潤んだ。
だが次の瞬間には、それすらも飲み込むように、彼女はとびきり綺麗に微笑んだ。
まるで、ずっとこの瞬間を待っていたとでも言うように。
「ただいま、ユウト」
俺は脳内で祭囃子を鳴らさずにはいられなかった。
――ツインテール巨乳幼なじみ、来たァァァァァッ!!!
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