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13話 浸食される脇役ライフ

 入学式の翌日。


 春らしく薄い雲の浮かぶ青空。

 頬を撫でる風は心地よく、陽射しはやたらと優しい。

 そのうえ、隣を歩いているのは我が親友にしてハーレム系ラブコメ主人公、神代かみしろ優人ゆうとまで……!


 ――ああ、何という!


「……登校したくない日なんだろう……」

「……おい、佐助ようすけ。 お前なんか変なもんでも食ったか? もともと変な奴として有名だったけど、今日は輪をかけて変だぞ」


 やかましいわ!

 俺にだって、こういう日くらいあるよん!


 いや、冗談じゃなく、本気で今日は本当にサボりたい気分だった。


 そりゃそうだろう。

 昨日一日で何があったと思ってるんだ。


 なにせ、期待に胸を膨らませて高校へ入学したその初日に!

 放課後になった瞬間、頭のイカれた美少女に拉致されたんだぞ、俺は!


 これが優人だったなら、俺はそれだけで三日は白米だけでも生きていけるくらい満腹になれた自信がある。


 なのに俺みたいな脇役モブに貴重なイベントスチルを浪費するなよ、こんちくしょう!


 しかも、シルヴィアさんによるお見送り(目隠しされた状態で車に乗せられ、駅前に放置されるのを果たしてお見送りと呼んでいいのかは知らないが)を受けて帰宅したあと、天川あまがわ笑兎えとについて調べていたら、気づけば夜が明けていた。


 ある程度の情報は集まった。

 だが、まだ頭の中で整理しきれていない。


 だから本音を言えば、今日はこのまま学校をサボって部屋でゆっくり情報整理でもしていたかった。


 しかし、誠実と書いて月影佐助と読む俺としては、涙を呑んで今日もこうして登校しているわけである。


 ……まあ、本当のことを言えば、今日は優人のラブコメ絡みでちょっとした特大イベントが起きる予定だから来ているだけなのだが。


 まったく、何でこんな日に限って、だ。

 タイミングってものを考えろよ、ほんとに。


「まあ、何だか知らないけどさ。 高校生になったからって、あんまり羽目外すなよ。 まだ一人暮らし始めたばっかなんだろ?」


 軽い口調だったが、その声には間違いなく俺を気遣う色があった。


 やだ、何このさりげない気配り。

 神代優人くん、やっぱり主人公力が高すぎ!

 もう一回惚れ直しちゃう!


 そんな感動を胸に抱えたまま、溢れんばかりの思いを口にしてしまった。


「そういえばさ、昨日の昼休みのあれ、何だったんだ? 覗き魔扱いされて追いかけ回されてたの、お前だろ」


 昨日は天川とのエンカウントのせいで聞きそびれていたことだ。

 改めてぶつけてみると――


「さ、さあ? 何のことでしょうか……」


 優人は明らかに挙動不審になった。

 視線は泳ぐし、口元は引きつるし、冷や汗まで浮かべている。


 ふふふ。

 動揺しているな、神代優人。


 その反応こそが、何より雄弁にお前が犯人だと物語っているぞ!


 さて、どうやって口を割らせてやろうか。

 そうだな、普段と違うアプローチで行くのも一興……


「……」


 ――視界の端に、何かが映った。


 一瞬だけ脳の処理が遅れた。


 そして一拍遅れて理解した瞬間、俺の身体はぴたりと止まっていた。


「佐助? どうした?」


 急に立ち止まった俺を見て、優人が不思議そうに首を傾げる。


 俺は営業用の笑顔を引っ張り出して、できるだけ自然な声を作った。


「悪ぃ。 急用を思い出した。 お前は先に行っててくれ」

「別にいいけど……何かあったのか?」

「大したことじゃない。 気にすんな」

「ふうん。 まあ、なら先行くぞ。 遅刻だけはすんなよ」

「ああ」


 俺はひらひらと手を振って優人を見送った。


 悪いな、優人。


 だが、お前にだけは俺の“脇役らしくない場面”を見せたくない複雑な乙女心、もとい脇役心ってものを理解してくれ。


 優人の姿が角の向こうへ消え、完全に見えなくなったのを確認してから、俺はゆっくりとさっきの場所まで引き返した。


 そして、ちょうど一つ手前の路地の陰で足を止める。


 壁の影にひっそりと紛れるように立っていたその人物へ、俺はできるだけ冷たい声で問いかけた。


「何してんだ、お前」

「佐助、待ってた」


 乾いた、感情の乗らない声だった。


 天川笑兎が、そこにいた。


 人形みたいなその少女は、まるで最初からそこにいた幽霊みたいに、するりと影の中から出てきて、俺の隣へ並ぶと、当然のように俺の顔を見上げた。


 何でそんな顔してるの? とでも聞いてきそうな様子だったが、むしろこっちが聞きたい。


 何でここにいるんだ、お前は。

 しかも、いきなり下の名前呼びかよ。

 お前とそんな仲良くなった覚えはねぇんだが?


 頭痛を押し広げるような感覚に襲われながらも、俺は最優先事項から確認することにした。


「待ってたって……俺を? 何で?」


 天川は表情一つ変えず、いつも通りの声で答えた。


「昨日、言ったから」

「何をだよ」

「自分で考えて、楽しいものを探せって」


 ……言った。

 確かに言った。


「本とか、他の人の言葉じゃなくて、自分で考えろって」


 それも確かに言った。


「だから」


 うん。 だから?


「一番楽しそうな佐助と一緒にいれば、楽しいって何かわかると思った」


 そして、そこで一度も言葉を切らず、天川は当然の帰結でも口にするみたいに続けた。


「だから、今日から佐助と一緒にいる」

「…………は?」


 脳が理解を拒絶した。


 天川は俺の沈黙を、言葉の意味がうまく伝わっていないからだとでも判断したのだろう。

 少しだけ首を傾げ、それから、よりわかりやすく言い直すように続けた。


「佐助と一緒にいれば、楽しさがわかるかもしれない。 だから一緒にいる」


 まるで、決定事項を事務的に伝えるような態度だった。


 俺はしばらくのあいだ、何も言えなかった。


 “最も楽しそうな俺と一緒にいる”

 って、どういう理屈だ。

 どこをどう通ったらそういう結論になる。


 いや、分かっている。 俺の助言とも言えないあの言葉で、こいつはそんな風に結論をだしたのだと。


 つまり――俺の言葉が、そのまま俺に殴り返されてきたわけだ。


 あまりの理不尽さに、頭の中が真っ白になった。


 それから数秒遅れて、じわじわと現実感が押し寄せてきた。


 俺はふらりと視線を上げた。

 どうしようもなく青い空が、何事もないみたいに頭上へ広がっていた。


 春の風が吹く。

 雲が流れる。

 世界は穏やかで、平和そのものだった。


 そして俺は、天を仰いだまま、心の底からの嘆きを絞り出した。


「……なんでそうなるんだよ……!」

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