12話 その主にして、その使用人
「あら、もうお帰りですか?」
再び一人で考え込み始めた天川をその場に残し、俺は部屋をあとにした。
幸い、今度は特に引き留められることもなく、わりとあっさり外へ出ることができた。
やれやれ、とんでもない目に遭ったぜ……。
そんなふうに小声でぼやきながら廊下へ出た、その瞬間。
俺の視界に飛び込んできたのが、この美人なお姉さんである。
淡く金色を含んだアッシュブロンドの髪をうなじの辺りでまとめて流し、アニメでよく見た執事服を見事に着こなしながら、同時に細身で洗練されたボディライン、雪のように白い肌、知的でありながらどこか穏やかにも見える瞳を完璧に両立させている、まさしく文句のつけようのない美女。
天川と比べてもまったく見劣りしないレベルの美人さんだ。
状況から考えて、おそらく天川の使用人とか、そのあたりだろう。
しかも、執事服という整った装いでありながら、その服越しにも隠しきれないバスト、ウエスト、ヒップの見事な曲線美と抜群のスタイルは、思春期男子にとっては有害図書ならぬ有害人材としてシールでも貼って隔離すべきレベルだった。
いや、むしろ肌の露出が少ないからこそ、清潔感とか端正さとか、そういうものが逆に彼女のエロスを余計に際立たせているのかもしれない。
とはいえ、単なるコスプレと言うには何かが違う。
立ち姿ひとつ、視線の置き方ひとつ、隙のなさそのものが“本職”の気配を放っていた。
メイド服ではなく執事服、という点に多少の違和感はあったものの、それすらも「この人ならありだ」と思わせる完成度である。
……その手にスタンガンさえ握られていなければ、完璧だったのに。
天川がどうやって俺をここまで運び込んだのか、さっきからずっと疑問だった。
だが今、その謎はだいぶ解けた気がする。
ああ、なるほどねーそういうことかー。
このナイスバディな執事お姉さんが、俺をここまで運ぶのに大いに協力してくださったわけですねー。
うん、よーくわかった!
俺は本能的な危機感から一歩後ずさりし、相手が何をしてきても対応できるよう、全身に力を入れた。
……まあ、だからといって、武術や格闘技の達人でもない俺が、本物っぽい相手にどうこうできるとはまったく思っていないのだが。
「ふふっ。 そんなに警戒なさらなくてもいいんですよ?」
――こういう感じで。
一瞬、本気で残像が見えた。
アニメや漫画の中でしか見たことがなかったような動きが、現実に目の前で再現されたのだ。
気づいたときには、執事のお姉さんはすでに、吐息がかかりそうな距離にまで踏み込んできていた。
いや怖い怖い怖い!
何なのこの人!
別の作品から間違って紛れ込んできたんじゃないですか、あなた?!
ラノベ学園ものじゃなくて、剣と魔法のファンタジー世界とかで空飛んでそうな雰囲気なんですけど!
俺は両手を上げて降参の意思を示しつつ、彼女の手にあるスタンガンへ視線を向けた。
「……色々とお聞きしたいことはありますが、まず一つだけ質問いいですか? ……その危なそうな物を使って、俺をここまで連れてきたんですかね?」
「ああ、どうやら誤解なさっているようですね」
お姉さん――執事の美女は、にこやかに微笑んだまま言った。
「こちらはあくまで、お客様が万が一にもお嬢様へ危害を加えようとした場合の制圧用です。 お連れする際には使っておりません」
「……へ?」
「そのときは、もっと穏便に済ませましたので」
そう言うと彼女は、軽く手刀を振るような仕草をしてみせた。
意味は一つしかない。
ほら、漫画でよくあるやつ。 首筋に一発入れて気絶させる的なあれ。
……いやいやいや!
あれ現実でやったら“気絶しました”じゃ済まないからな?!
下手したらそのまま三途の川コースだからな?!
そう言いたげに視線だけで抗議すると、彼女は口元を手で覆い、上品に微笑んだ。
「ご安心くださいませ。 私はその辺りの加減を誤るような素人ではございません。 痣はもちろん、痛みすら残さず落とすことも可能ですので」
左様でございますか。
俺は無言で自分のうなじの辺りに触れてみる。
たしかに痛みはない。
違和感もほとんどない。
悔しいことに、彼女の言っていることはたぶん本当なのだろう。
……何なんだこの人。
元殺し屋です、と言われても、「ああ、やっぱり」と頷ける自信がある。
というか、もし俺が天川に性的な意味で手でも出していたら、あのスタンガンのお世話になっていた可能性が高いわけで……
そう考えた瞬間、背中を冷たい汗がつうっと流れた。
「最近の執事ってのは、暗殺術の一つや二つ、嗜みとして身につけてるものなんですね」
せめてもの抗議として、少し嫌味っぽくそう言ってみたのだが。
執事のお姉さんは少しも気分を害した様子を見せず、むしろ慈愛すら感じさせる微笑みを浮かべた。
「主人に仕える使用人にとって、必要な技能を備えるのは当然のことです」
必要な技能、ねえ。
二、三個も身につければ人間が何人か死にそうな“技能”だな! あははは! ……笑えねぇよ。
不満げな俺の視線を受けても、彼女は優雅さを崩さなかった。
そしてふと思い出したように、ぱんと軽く手を打つ。
「あら、そういえば、まだ名乗っておりませんでしたね」
そう言うと、彼女は流れるように一礼した。
背筋の伸びた、絵に描いたような綺麗なお辞儀だった。
「お館様のご命令により、現在、天川お嬢様にお仕えしております。 シルヴィアと申します。 以後、お見知りおきを」
彼女、シルヴィアの挨拶に俺は心の中で突っ込むしかなかった。
心底、お見知りおきしたくないです。
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