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11話 自分の頭で考えろ

 沈黙を破った天川の声に、俺は鼻で笑って切り捨てた。


「知らねぇよ、そんなの。 俺はお前の親でも兄弟でも恋人でも友達でもない。 だから、その質問に関して俺から言ってやれることなんて何一つない。 わかるか?」

「……うん」


 小さく頷く天川の様子が、ほんの少しだけ沈んで見えた。


 ……いや、たぶん気のせいだ。


 こいつの表情は相変わらずほとんど動かないし、声の調子だっていつも通り平坦なまま。

 “そんな風に見える”と、俺が勝手にそう考えているに過ぎない。


 だが、人間の脳というやつは実に面倒くさい。


 一度そうかもしれないと思ってしまうと、もうそうとしか見えなくなってくる。


 ……ああ、くそ。 妙に後味が悪い。


 だから、せめてこれだけは言っておくことにした。


「そんな俺がお前に言えることがあるとしたら、一つだけだ」


 俺はそう言って、天川の額へ軽く一発、こつんと指を当てた。


「お前自らの頭で考えろ。 誰かの言葉とか、変な本に書いてあることとか、そういうのをそのまま信じるな。 人の話を聞いたり、本を読んだりして知識を得るのは別にいい。 参考にはなるだろうさ。 でも、それをそのまま答えだと思うな」


 そこまで言ってから、俺は天川の目を真正面から見た。


「お前にとって何が楽しいのか、何なら楽しめるのか、それを決めるのは――」


 一拍置いて、言い切る。


「どこまでいっても、天川。 お前自身だ」

「……どこまでいっても、私自身……」


 鸚鵡おうむ返しのようにそう繰り返し、天川は納得しきれないように首を傾げた。


 そのまま、またじり、と顔を近づけてくる。


「それで、本当にわかるようになるの?」

「近い近い近い! だから顔を寄せるなって!」


 俺は思わずため息をつきながら、天川の顔を手のひらでぐいと押し返した。


 こいつはそろそろ、自分の顔面偏差値が男子高校生に対して十分凶器になりうる事実を自覚した方がいい。

 危険物だぞ、危険物。

 取扱注意のシールでも貼っておきたいくらいだ。

 もう少し自分の外見が男に対する兵器であることの自覚を持ちなさい!


「さあな。 俺は方向性を示しただけだ。 実際にそれでわかるようになるかどうかまでは知らん……」


 そう言いかけたところで、また天川がこっちへ顔を寄せてきた。


「だから近いっての!」


 両手で額を押して距離を取らせながら、俺は心の中で盛大に毒づく。


 俺は今ここで一体何をやっているんだ……。

 これが俺じゃなくて優人だったら、どれだけ見栄えのするラブコメシーンになったことか。

 主人公補正全開の甘酸っぱい一幕として、背景に花でも飛んでいたに違いない。

 俺はその最高に映える場面を眺めて楽しむだけで十分なんだよ。


 だが、現実はどうだ。

 目の前にあるのは、どう見ても脇役とは縁のなさそうな美少女の顔面である。


 しかも距離が近い。 近すぎる。


 俺は天川の顔を見ながら、改めて心に誓った。


 二度とこんなことにならないよう、もっと気をつけて立ち回ろう。


 脇役は脇役らしく、脇役の範囲からはみ出さないように。

 主役である優人よりも目立たないように、より一層慎重に生きていこう。


 ……と、心の中ではそう固く誓ったが、今はまずこの場を切り抜ける方が先だ。

 反省も決意も、そのあとにいくらでもできる。


 だから俺は、今言える範囲のことだけを口にした。


「お前も一応、怒ることはできたんだ。 だったら、そのうち笑うことだってあるかもしれないだろ」


 天川は相変わらず、表情にも声にも人間味が薄い。

 それでも、目の前にいるこいつが人間であること自体はもう間違いない。


 だったら、いつかそういう日が来る可能性くらいはある。


 ……まあ、正直そこまで自信があるわけじゃないが。


 しばらくして、天川は小さく頷いた。


「……うん。 自分で考えてみる。 あなたの言う通り……」


 そこまで言って、天川はまた首を傾げた。

 それから、俺を指差す。


「名前、知らない」

「……おい」


 危うく盛大にずっこけるところだった。


 二年前から見ていたとか、何度も会いに行ったとか、挙げ句の果てに拉致までしておいて、今さらそこなのか。


 いや、まあ、名前を知る機会がなかったと言われればそれまでかもしれないが、それにしたって色々順番がおかしいだろう。


 俺は深く深くため息をついた。


「……佐助。 月影つきかげ佐助ようすけだ」

「笑兎。 天川あまがわ笑兎えと


 天川は自分の名前を名乗った。


 それ自体は、もう知っている。 

 拉致られる前に調べていたし。


 だが、そのことはあえて口にしないでおく。


 ……こうして改めて本人の口から名乗られると、さっきまでの一連の馬鹿みたいなやり取りが、妙に現実味を帯びた気がした。


 誘拐犯とその被害者が、今さらきちんと名乗り合う。

 冷静に考えると突っ込むどころだらけなくらい、意味がわからない。


 それでも。

 名前を知ったことで、天川笑兎という少女が少しだけ“得体の知れない何か”ではなくなった気がしたのも事実だった。


 ――こうして、俺の記憶の中でもなかなか上位に食い込む衝撃的な出来事となった誘拐事件は、ひとまず一区切りを迎えた。


 ……ひとまず、だけどな。

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