8話【馳せる】
「あんな、俺な、今すっげえこと発見したんだよ!」
はしゃいでスキップする彰に俺は苦笑いが止まらない。隣にいる咲弥も笑っている。
俺達は俺、咲弥、彰の3人でよく遊んでいる。それと彰の弟の彩斗とも。
年齢がバラバラなのに意気投合していつの間にかよく集まる。彩斗含め4人で遊ぶこともある。彩斗はあまり外で遊びたがらないから家の中でになるが。
10代前半の彰と彩斗、10代後半の咲弥、俺は二十代後半だ。
突飛な事を彰が口走りそれに追従する俺等といういつもの形式。平和で退屈しない日常。それはオミッションが現れ遺漏で混乱が起きても続いている。
俺等の中で彰と彩斗の二人だけ遺漏が発現していなかった。それを少し気にしているように見えるがそれでも明るく振る舞う彰。俺等はそんなの気にせずいつも遊んでいる。特に咲弥はどんな遺漏が発現したのかは語ろうとしなかったから遺漏の話はあまりしていない。
「で?すっげえのって?私を満足させてくれるものか?」
「そうそう。あけぼのクラブってあるじゃん?それと似たの作ろうと思ってさ?ずっと世界が変になって凹んで腐ってるよりいいと思わね?」
「は?まじで言ってる?」
「え?」
咲弥と俺が驚くと「まじで言ってる」と自信ありげだ。
「どうやんの?計画は?」
「………」
「………」
「なんだ、結局考えてないじゃん」
「良いの!これから考えっから!」
彰は地面に寝転ぶ。「汚ねぇぞ」と俺は言うが彰は聞く耳無しだ。そんな事よりと彰は咲弥に問いただす。そんな事じゃないだろ。起き上がって聞けよ。
「結局咲弥の遺漏って何なの?」
「秘密。てか教えない」
俺にも彰にも咲弥は自分の遺漏を教えてくれない。
――――――
外がうるさくて様子を見ると異形…オミッションがまちの家々を破壊して人を襲っては殺していた。
それはクラゲにコウモリが合わさったようで硬い殻をまとったような装甲を身に着けていた。筋肉質な二足歩行で悍ましい気配をまき散らす姿は何処で見たオミッションより恐怖を掻き立てる。
こっちの方角に向かってくる。
「兄ちゃん達は大丈夫かな…」
僕は家に引き篭もりがちだから難を逃れただけで兄ちゃん達は既に…なんて考えてしまう。
「母ちゃん、父ちゃん!裏口から逃げて!」
僕は遺漏を持ってないし兄ちゃんも。あぁ、どうしよう。いや、考える暇なんてない。
僕は家から飛び出し兄ちゃん達の元へ向かった。
「彩斗、何処へ行くの!」
と叫ぶ両親の声が聞こえたが今はそれどころじゃない。
オミッションが他の人達に目を向けているタイミングを狙い走る。心の中でごめんなさいと繰り返す。
ただいくら走っても見つからない。走って走っていつも兄ちゃん達が屯する場所を巡る。しかし見つからず僕は一旦家に帰ると家が軒並み壊されていて家族が少し離れた所で死んでいた。
膝をついて死体を眺めて数秒して絶叫した。
「あっああ、あアッああアァアぁ゙ッッ!!!!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」
もっと僕が側にいて一緒に外にでてたら、
もっと僕が、僕が代わりになれば…。
…………。
「なんで…笑ってるの…」
あぁ、死ねて良かった。あんな惨めな世界に居続けられなくて良かった。
あんな惨めに泣きたくないわね。
そんな声が聞こえる。
嘘だ。母ちゃんも父ちゃんもそんな事言わないはず。
でも、聞こえる。聞こえる。見えるんだって。
あはは、と笑う両親の声。もうこちらを見てはいない。娯楽、再会、幸福。死後の救済を享受してこちらを見やしない。そんなの、あんまりだよ。
僕は何もできない。無力。人の記憶に残ることもできない。
もう死にたい。兄ちゃん達も見つからない。もう、絶望しかない。頭を掻きむしり血が出るのも構わず体中も引っ掻く。
そう自傷し続けていると暫くしてまた新しいオミッションの様な気配がした。
「兄ちゃん…?」
その動き方、癖、どう見ても兄ちゃんだった。
――――――
何だか外が騒がしい。いつもと違う山で駄弁っていたからよく町の様子が見える。
青いクラゲみたいな頭をしたデカい二足歩行の化け物が町を破壊して人を殺してる。
「なに、なんなの…っ!?」
咲弥は慌てて駆け下りていく。俺も行こうとしたが…俺は遺漏が無い。足手まとい…。一樹も向かって行こうとしている。
既に遺漏を使って戦う町の人達も次々と体を千切られては投げ捨てられてる。
「……俺、俺は…」
でも、弟が駆け回ってる。俺を、俺を探してる。俺は彩斗の下へ向かう二人の後を追いかける。
ただ二人は遺漏者で足が速い。俺は置いていかれながら走る。しかし途中で身体に変な電気が走ったような感覚がして立ち止まる。
「なに…?」
身体が熱い。苦しい。息がしづらい。
孤独感、海の中にいるような。自分の体の輪郭が消えていく感覚。
『バミューダ・トライアングル』そんな単語が頭の中で思い浮かぶ。
その瞬間俺の意識は途切れた。
――――
オミッションが姿を消した。どうやら倒したわけではなく姿を消したようだった。
それを安堵する間もなく次の災厄が現れた。その災厄は私達がよく知る人物だった。
「え?兄ちゃん…?」
彩斗がそう言った相手は…三角形のような化け物。先程見たオミッションよりも悍ましく、そして…何で彩斗は此奴を彰と認識してる?
私は遺漏を使うべきだろう。でも、私の遺漏は悍ましい。使いたくない。でも使わなきゃ…でも…。ウジウジするなんてらしくもないのに。でもこれは…『銃』くらいなら大丈夫か…?
その時一樹が電車で目の前の三角を轢き飛ばす。
「本当に…彰なのか?」
何が…何が起きてるんだよっ…!
「兄ちゃんだよ!!だって、わかるんだよ!!」
「何が分かるんだっ!?あんなバケモンが彰っていうのか!?お前が!?」
思わず怒鳴りつけてしまう。両親を亡くしたばかりの友人に…。
「…ごめん」
「言い過ぎた」
謝るが電車の中で潰れている彰は未だ藻掻いている。すると急に電車が消滅した。
「!?遺漏か…?」
彰は遺漏を持っていなかったはず。なのに…本当に彰なのか?
私は声を上げようとした瞬間隣にいた彩斗の頭が消滅し首が大量にホースのように血が溢れ出る。
その血が大量に私にかかり一瞬で私の血の気が引いた。
「なに…やってんだ…彰…」
一樹がその光景を見てまた電車を飛ばすが吸い込まれるように消えていった。
それを皮切りに更に暴れ回る。建物を人を次々と飲み込んでいく三角形。
――――
僅かに意識が戻る。
オミッションはいない。もう倒したのか?それとも逃げられたのか…?
しかしすぐに身体の方に意識が向く。
何かが突き刺さる感覚がした。
「刺さった!皆今のうちに何でもいいからどんどん刺せ!!」
一樹が叫び咲弥も転がっている鉄の棒を俺に刺す。
「死んでくれ……っ早く…っこれ以上…」
なんで、なんでそんな事言うんだよ。俺は、2人のこと大好きなのに。
皆俺を殺そうとする。
なんで?俺、何も、何もしてない…。
彩斗は何処だ…。咲弥、一樹…。
彩斗の身体が転がってる…。なんで、また、俺の家族が…。気分が悪い。なんでこんなにだるいんだ。
生きなきゃ。守らなきゃ。俺があの思い出を。
………何のために?俺は、今親友2人にも殺されようとしていて…弟も家族の側で死んでいて、俺が生きている意味って…何?親友、町の知り合いとの交流、青春の思い出。
「殺せ!!殺せ!!今のうちに!!」
見る人全てが殺しにかかってくる。
…全部嘘だった。青い空が血に塗れた自分と対照的で自分が酷く惨めに映る。
…あれ、この姿は何だ。なんで人の顔が無い…?
今俺は何の為に生きてる…?思い出が汚された…いや、最初から無かった。なら、守る意味、生きる意味。大事にする思い出もない。
また、意識が堕ちていく。
――――――――
「悪魔が死んだ」
舵を切ったかのように歓声が沸き起こる。悪魔なんて…オミッションの方なのか、彰の方なのか。…後者だろう。オミッションより悍ましい見た目で暴れまくって…なんでそっちに向くんだよ。
「あぁ、ああっ…あああっ…!」
私はそれから自分の部屋に引き篭もるようになった。『あけぼのクラブ』に保護されて一樹と暫くそこで過ごしていた。でも私は殆ど荒見以外の人とは顔を合わせたことがない。いつも私の代わりに一樹が対応してくれていたから。
一樹と違って私はずっとずっと社会を恐れてしまうようになった。
彰と彩斗の形見…ペンとか幼い頃一緒に作った工作の大して見栄えも良くない写真立てを大事に持っていると彰が羨んでいるように感じる。
『俺を殺したのにそっちは大事にするんだな』
なんて言われるようで…ずっと物置にしまい込んでいる。
「ごめんなさい」
何度も彰に謝罪する。
後頭部がじんじんと熱くなって何も考えられなくなるほど衝動的に叫びたい。身体を反射的に動かして椅子から転げ落ちる。
彰が偶に此方を見ているんじゃないかって妄想してしまう。
亡霊の彰はいつも私達の側にいてじっと瞬きもせず見つめている。私達が成長していくのを見ている。自身が殺した弟に懺悔して、まだ生きている私達を羨ましそうに見ていて。『なんで殺したのに平然と生きているんだ?』って怒りではなく困惑の気持ちで見ている。
私は私を終わらせたくなる。
そして何度も実行しようとしては手を引っ込める。意気地なし。
人と会う度に彰が『なんでそいつと仲良くするんだ』と責め立てているようで外にも出られなくなった。
そんな私を見て一樹は『アメトリン』を立ち上げより多くの人を救うことで罪悪感を軽減するようになった。私もその仕事で出来ることをやらせてくれて少しずつ社会復帰させようと奮闘してくれていた。今思えば彰の想いも汲もうとしてたんだろう。
――――
俺は夢に見たんだ。
笑顔だ。怪我も傷ついた心も何もない。
彰と彩斗が二人並んで遠くへ行ってしまう。
「楽しかった!またなっ!」
「今までありがとう」
そう言って彼等は手を何度も振り続けて…やがて青空の下。遠くの白い光に向かい歩こうとする。
「まって…!」
「まって、待ってくれ!まって!お願いだからっ!!」
「ごめんなさいっ…!ごめんなさい!!ごめんなさいごめんなさい!!置いてかな、…で!!」
あぁ、なんて身勝手。自分のことばかり考えているようにしか見えない。こんな惨めな俺に構わずさっさと行ってくれ。
そんな事を言う必要もなく二人はどんどん遠くに行き…小さくなっていく。
「…ありがとう…」
そう言うべきだったかはわからない。けれど今まで一緒に遊んでくれた彼等に礼の一つもしないのは失礼だと思った。
目が覚めても自分を責める事を止められない。
「頼むから…俺を恨まないでほしい」
「だけれど…俺がやったことは紛れもない事実。逃げるなんて選択肢は消え去った。」
「何でだ!何故あれしか出来なかった…!」
「彰…彩斗…俺はお前達に何も返せていない。一緒に楽しく過ごしたかったのに」
俺はブツブツと一人で部屋で呟く。咲弥も周りの人達に支えられないと生きていけなくなっていた。
あぁ…そう言えば一つ気になる事がある…。何で…彰はあんな変貌をしたんだろう。何も理由もなくあんな姿になるなんて…。何か見落としていたりするのだろうか。
アメトリンを立ち上げてから一ヶ月くらい経っただろうか。
俺はあけぼのクラブにふらりと立ち寄り双に会った。
それは造花のオダマキ。
『一樹兄さんどうしたの?』
『これやる』
『オダマキの造花?なんで?』
たしか…彰が皆に見せようと作ったやつでそれを偶々形見として見つけた。それが埃を被っているのを見るのが嫌で俺は此処に持ってきた。
『…もう…俺にはそれを持つ資格ないから…』
『……聞かないでおくから…また、このオダマキ見に来てよ!』
『……』
結局俺はは返事もせずその場をあとにした。
夕焼けが眩しくて自然と涙が溢れてきた。




